1 イエス・キリストの伝記は、最初からの目撃者であり弟子であった人たちの証言をもとに、すでに幾つかでき上がっています。
2 -
3 しかし私は、すべての記録をもう一度初めから検証し、徹底的に調査した上で、あなたのために順序正しく書いて差し上げたいと思うようになりました。
4 それによって、あなたが教えを受けられたことはみな、正確な事実であることがよくおわかりいただけると思います。
5 私の話は、ヘロデがユダヤの王であった時代に、ユダヤの祭司(神殿で神に仕える人)をしていたザカリヤという人のことから始まります。ザカリヤは神殿で奉仕するアビヤの組の一員で、妻エリサベツも祭司の家系でアロンの子孫でした。
6 この夫婦は神を愛し、神のおきてを忠実に守り、心から従っていました。
7 しかし、エリサベツは子どものできない体だったので、夫婦には子どもがなく、二人ともすっかり年をとっていました。
8 さて、ザカリヤの組が週の当番となり、彼は神殿で祭司の務めをしていましたが、
9 祭司職の習慣に従ってくじを引いたところ、聖所に入って主の前に香をたくという光栄ある務めが当たりました。
10 香がたかれている間、民衆は神殿の庭で祈るのです。大ぜいの人が集まっていました。
11 ザカリヤが聖所で香をたいていると、突然、天使が現れ、香をたく壇の右側に立ったではありませんか。
12 ザカリヤはびっくりし、言い知れぬ恐怖に襲われました。
13 しかし、天使は言いました。「ザカリヤよ。こわがることはありません。うれしい知らせなのだから。神が、あなたの祈りをかなえてくださったのです。エリサベツは男の子を産みます。その子にヨハネという名前をつけなさい。
14 その子はあなたがたの喜びとなり、楽しみとなります。また多くの人もあなたがたと共に喜びます。
15 その子が、主の前に偉大な者となるからです。彼はぶどう酒や強い酒は絶対に飲みません。生まれる前から聖霊に満たされており、
16 やがて多くのユダヤ人を神に立ち返らせるのです。
17 昔の預言者(神に託されたことばを伝える人)エリヤのように、たくましい霊と力にあふれて、メシヤ(ヘブル語で、救い主)の来られる前ぶれをし、人々にメシヤを迎える準備をさせます。大人には子どものような素直な心を呼び覚まし、逆らう者には信仰心を起こさせるのです。」
18 ザカリヤは答えました。「そんなことは信じられません。私はもう老いぼれですし、妻も年をとっているのです。」
19 「私はガブリエル、神の前に立つ者です。神がこの喜びの知らせを伝えるために、私を遣わされたのです。
20 その私のことばをあなたは信じなかったので、あなたは神に打たれて口がきけなくなります。子どもが生まれるまで話すことはできません。その時が来れば、必ず私の言ったとおりになるのです。」
21 外の人たちは、ザカリヤが出て来るのを、今や遅しと待ちかまえていましたが、なぜそんなに手間どっているのか不思議でなりません。
22 そして、ようやく彼が出てきたのですが、口がきけません。しかし人々は、ザカリヤの身ぶりから、きっと神殿の中で幻を見たのだろうと考えました。
23 ザカリヤは残りの期間の奉仕をすませ、家に帰りました。
24 まもなくエリサベツは妊娠し、五か月間、家に引きこもっていました。
25 エリサベツは、「主は私に子どもを与えて、恥を取り除いてくださった。なんとあわれみ深いお方でしょう」と言いました。
26 その翌月、神は天使ガブリエルを、ガリラヤのナザレという町に住むマリヤという処女のところへお遣わしになりました。
27 この娘は、ダビデ王の子孫にあたるヨセフという人の婚約者でした。
28 ガブリエルはマリヤに声をかけました。「おめでとう、恵まれた女よ。主が共におられます。」
29 これを聞いたマリヤは、すっかり戸惑い、このあいさつは、いったいどういう意味なのかと考え込んでしまいました。
30 すると、天使が言いました。「こわがらなくてもいいのです、マリヤ。神様があなたにすばらしいことをしてくださるのです。
31 あなたはみごもって、男の子を産みます。その子を『イエス』と名づけなさい。
32 彼は非常に偉大な人になり、神の子と呼ばれます。神である主は、その子に先祖ダビデの王座をお与えになります。
33 彼は永遠にイスラエルを治め、その国はいつまでも続くのです。」
34 マリヤは尋ねました。「どうして私に子どもができましょう。まだ結婚もしておりませんのに。」
35 「聖霊があなたに下り、神の力があなたをおおうのです。ですから、生まれてくる子どもは聖なる者、神の子と呼ばれます。
36 ちょうど半年前、あなたのいとこのエリサベツも、『不妊の女』と言われていたのに、あの年になってみごもりました。
37 神の約束は、必ずそのとおりになるのです。」
38 「私は主のはしためにすぎません。何もかも主のお言いつけどおりにいたします。どうぞ、いま言われたとおりになりますように。」マリヤがこう言うと、天使は見えなくなりました。
39 数日後、マリヤはユダヤの山地へ急ぎました。そして、ザカリヤの住む町へ行き、エリサベツを訪ねました。
40 -
41 マリヤのあいさつを聞くと、エリサベツの子が、お腹の中で跳びはね、エリサベツは聖霊に満たされました。
42 彼女は喜びを抑えきれず、大声でマリヤに言いました。「あなたほどすばらしい恵みを受けた女性はいないでしょう。あなたの子が、神様の大きな誉れを表すようになるのですから。
43 主のお母様がおいでくださるとは光栄です。
44 あなたが入って来てあいさつされた時、私の子どもがお腹の中で喜び躍りました。
45 神様が語られたことは必ずそのとおりになると信じたので、神様はあなたに、このような祝福をくださったのです。」
46 マリヤは言いました。「ああ、心から主を賛美します。
47 救い主である神様を心から喜びます。
48 神様は取るに足りない私のような者さえ、お心にとめてくださいました。これから永遠に、どの時代の人々も、私を神に祝福された者と呼ぶでしょう。
49 力ある聖なる方が、私に大きなことをしてくださったからです。
50 そのあわれみは、いつまでも、神を恐れ敬う者の上にとどまります。
51 その御手はどんなに力強いことでしょう。主は心の高ぶった者を追い散らし、
52 権力をふるう者を王座から引きずり降ろし、身分の低い者を高く引き上げ、
53 飢え渇いた者を満ち足らせ、金持ちを何も持たせずに追い返されました。
54 主は約束を忘れず、しもべイスラエルをお助けになりました。
55 先祖アブラハムとその子孫を、永遠にあわれむと約束してくださったとおりに。」
56 マリヤは、エリサベツの家に三か月ほどいてから、家に帰りました。
57 さて、エリサベツの待ちに待った日が来て、男の子が生まれました。
58 このニュースはたちまち近所の人たちや親類の間に伝わり、人々は、神がエリサベツを心にかけてくださったことを心から喜び合いました。
59 子どもが生まれて八日目に、友人や親類が集まりました。その子に割礼(男子の性器の包皮を切り取る儀式)を行うためです。だれもが、子どもの名前は父親の名を継いで、「ザカリヤ」になるものとばかり思っていました。
60 ところがエリサベツは、「いいえ、この子にはヨハネという名をつけます」と言うのです。
61 「親族にそのような名前の者は一人もいないのに。」
62 人々は、父親のザカリヤに身ぶりで尋ねました。
63 ザカリヤは、書くものがほしいと合図し、それに「この子の名はヨハネ」と書いたので、みんなはびっくりしました。
64 すると、とたんにザカリヤの口が開き、話せるようになったのです。彼は神を賛美し始めました。
65 これには近所の人たちも驚き、このニュースはユダヤの山地一帯に広まりました。
66 人々はその出来事を心にとめ、「この子はいったい、将来どんな人物になるのだろう。確かにこの子には、主の守りと助けがある」とうわさしました。
67 さて、父親のザカリヤは聖霊に満たされ、こう預言しました。
68 「イスラエルの神、主をほめたたえよう。主は来て、ご自分の民を解放し、
69 そのしもべダビデ王の血筋から、力ある救い主を遣わされた。
70 ずっと昔から、聖なる預言者を通して約束されたとおりに。
71 救い主は、私たちを憎むすべての敵から救い出してくださる。
72 主は私たちの先祖をあわれみ、特にアブラハムをあわれみ、彼と結んだ聖なる契約を果たされた。
73 -
74 私たちを敵の手から解放し、恐れず主に仕える者としてくださった。
75 私たちはきよい者、神の前に立つにふさわしい者とされた。
76 幼い息子よ。おまえは栄光ある神の預言者と呼ばれよう。おまえがメシヤのために道を備え、
77 主の民に、罪を赦され、救われる道を教えるからだ。
78 これはみな、ただ神の深いあわれみによることだ。天の夜明けがいま訪れようとしている。
79 その光は、暗黒と死の陰にうずくまる者たちを照らし、私たちを平和の道へと導くのだ。」
80 ヨハネは成長し、心から神を愛する者となり、イスラエルの人々の前で公に語り始めるまで、たった一人、荒野に住んでいました。
1 そのころ、皇帝アウグストが全ローマ帝国の住民登録をせよと命じました。
2 これは、クレニオがシリヤの総督だった時に行われた最初の住民登録でした。
3 登録のため、国中の者がそれぞれ先祖の故郷へ帰りました。
4 ヨセフは王家の血筋だったので、ガリラヤ地方のナザレから、ダビデ王の出身地ユダヤのベツレヘムまで行かなければなりません。
5 婚約者のマリヤも連れて行きましたが、この時にはもう、マリヤのお腹は目立つほどになっていました。
6 そして、ベツレヘムにいる間に、
7 マリヤは初めての子を産みました。男の子です。彼女はその子を布でくるみ、飼葉おけに寝かせました。宿屋が満員で、泊めてもらえなかったからです。
8 その夜、町はずれの野原では、羊飼いが数人、羊の番をしていました。
9 そこへ突然、天使が現れ、主の栄光があたり一面をさっと照らしたのです。これを見た羊飼いたちは恐ろしさのあまり震え上がりました。
10 天使は言いました。「こわがることはありません。これまで聞いたこともない、すばらしい出来事を知らせてあげましょう。すべての人への喜びの知らせです。
11 今夜、ダビデの町(ベツレヘム)で救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。
12 布にくるまれ、飼葉おけに寝かされている幼子、それが目じるしです。」
13 するとたちまち、さらに大ぜいの天使たちが現れ、神をほめたたえました。
14 「天では、神に栄光があるように。地上では、平和が、神に喜ばれる人々にあるように。」
15 天使の大軍が天に帰ると、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださった、すばらしい出来事を見てこようではないか」と、互いに言い合いました。
16 羊飼いたちは息せき切って町まで駆けて行き、ようやくヨセフとマリヤとを捜しあてました。飼葉おけには幼子が寝ていました。
17 何もかも天使の言ったとおりです。羊飼いたちはこのことをほかの人に話して聞かせました。
18 それを聞いた人たちはみなひどく驚きましたが、
19 マリヤはこれらのことをすべて心に納めて思い巡らしていました。
20 羊飼いたちは、天使が語ったとおり幼子に会えたので、神を賛美しながら帰って行きました。
21 八日たち、割礼を行う日になり、その子は、母の胎内に宿る前から天使に示されたとおり、「イエス」と名づけられました。
22 モーセの律法によるきよめ(母親のきよめと幼子の献児)の時が来ると、両親はイエスを主にささげるため、エルサレムに連れて来ました。
23 モーセの律法には、「女から最初に生まれる子が男であれば、その子を主にささげなければならない」とあったのです。
24 両親は、決まりどおり、「山鳩一つがい、または家鳩のひな二羽」をきよめの供え物としてささげました。
25 その日、神殿には、エルサレムに住むシメオンという人がいました。信仰のあつい正しい人で、聖霊に満たされ、イスラエルにメシヤ(救い主)の来るのを待ち望んでいました。
26 神が遣わされるその方を見るまでは絶対に死なない、と聖霊のお告げを受けていたのです。
27 その日彼は、聖霊に導かれて神殿に来て、マリヤとヨセフがイエスを主にささげるためにやって来るのに出会ったのです。
28 シメオンはイエスを抱き上げ、神を賛美しました。
29 「主よ。今こそ私は安心して死ねます。
30 お約束どおり、この目でメシヤを見、
31 あなたが遣わされた救い主にお会いしたのですから。
32 この方はすべての国を照らす光、あなたの民イスラエルの光栄です。」
33 ヨセフとマリヤはそこに立ったまま、驚いてシメオンの言うことを聞いていました。
34 シメオンは両親を祝福してから、マリヤに言いました。「剣があなたの胸を刺し通すでしょう。イスラエルの多くの人がこの子を信じようとしないで、滅びるからです。しかし、この子によって大きな喜びを受ける人も多くいます。こうして、多くの人の思いが現されるのです。」
35 -
36 その日、女預言者アンナも神殿にいました。彼女はアセル族のパヌエルの娘で、非常に年をとっていました。七年の結婚生活の後、未亡人で通し、もう八十四歳にもなっていたのです。彼女は神殿を一歩も離れず、祈りと断食に明け暮れ、神に仕える毎日を送っていました。
37 -
38 この時、そこにいたアンナも神に感謝をささげ、救い主の来るのを待ちわびていたエルサレムのすべての人に、メシヤがおいでになったことを語りました。
39 モーセの律法どおりにすべてのことをすませると、ヨセフとマリヤはガリラヤのナザレに帰りました。
40 イエスは成長してたくましくなり、たいへん賢い子だと評判になるほどでした。神も絶えずイエスを祝福してくださいました。
41 さて、両親は過越の祭り(パン種を入れないパンを食べる、年に一度のユダヤ人の祭り)には、毎年かかさずエルサレムに行きました。
42 十二歳の時、イエスは祭りの慣習に従って、両親についてエルサレムに行きました。
43 祭りが終わると、両親は帰途につきましたが、イエスはそのままエルサレムに残っていました。そうとは知らない両親は、
44 てっきりほかの人たちといっしょに帰っているものと考え、気にもとめず、その日一日、旅を続けました。ところが、夕方になってもイエスの姿が見あたりません。あわてて、親族や友人たちの間を捜し始めました。
45 それでも見つからず、とうとう、捜しながらエルサレムまで引き返しました。
46 三日後、ようやくイエスの居場所がわかりました。なんと、神殿で律法の教師たちを相手にむずかしい議論をしていたのです。
47 取り巻く見物人はみな、イエスの知恵と答えに舌を巻いていました。
48 両親は、わが子が落ち着きはらって座っているのを見て、驚きました。「どうしてこんなことをしたのです。お父さんもお母さんも、どんなに心配して捜し回ったか知れないんですよ」とマリヤが言いました。
49 ところがイエスは、「なぜ捜したのですか。ぼくが父の家(神殿)にいるとわからなかったのですか」と答えました。
50 こう言われても、どういうことか、両親にはさっぱりわかりませんでした。
51 それからイエスは、両親といっしょにナザレに帰り、彼らによく仕えました。マリヤは、このことをみな心にとめておきました。
52 イエスは身長も伸び、ますます知恵も加わって、神にも人にも愛されました。
1 ローマ皇帝テベリオの治世の十五年目に、神は、荒野に住むザカリヤの子ヨハネにお語りになりました。〔当時、ポンテオ・ピラトがローマから遣わされた全ユダヤの総督で、ヘロデはガリラヤ、その兄弟ピリポがイツリヤとテラコニテ、ルサニヤがアビレネを治めていました。大祭司はアンナスとカヤパでした。〕
2 -
3 ヨハネはヨルダン川周辺をくまなく歩き、罪が赦されるために、今までの生活を悔い改めて、神に立ち返ったことを表明するバプテスマ(洗礼)を受けるようにと、教えを説き始めました。
4 預言者イザヤの書にあるとおりです。「荒野から叫ぶ声が聞こえる。『主の道を準備せよ。主が通られる道をまっすぐにせよ。
5 山はけずられ、谷は埋められ、曲がった所はまっすぐにされ、でこぼこ道は平らにされる。
6 こうして、すべての人が神から遣わされた救い主を見るのだ。』」(イザヤ四〇・三~五)
7 バプテスマを受けに来る人たちに、ヨハネはきびしい口調で話しました。「まむしの子ら!あなたがたは神に立ち返ろうともせず、ただ地獄から逃れたい一心でバプテスマを受けようとしている。
8 その前に、悔い改めたことを行いで示しなさい。アブラハムの子孫だから大丈夫などと思ってはいけない。そんなものは何の役にも立たない。神はこの石ころからでも、今すぐアブラハムの子孫をお造りになれるのだ。
9 今の今でも、神のさばきの斧はふりかぶられ、あなたがたを根もとから切り倒そうと待ちかまえている。だから、良い実を結ばない木はすぐにも切り倒され、火に投げ込まれるのだ。」
10 「では、いったいどうすればいいのですか。」
11 こう尋ねる群衆に、ヨハネは答えました。「下着を二枚持っていたら、一枚は貧しい人に与えなさい。余分な食べ物があるなら、お腹をすかせている人に与えなさい。」
12 取税人たち(ローマに納める税金をあくどいやり方で取り立て、人々からきらわれていた)までもが、バプテスマを受けようとやって来ました。そして、恐る恐る、「私たちはどうしたらよいのでしょう」と尋ねました。
13 「正直になりなさい。ローマ政府が決めた以上の税金を取り立ててはいけない。」
14 兵士たちも尋ねました。「私たちはどうすればいいのですか。」「脅しや暴力で金をゆすったり、何も悪いことをしない人を訴えたりしてはいけない。与えられる給料で満足しなさい。」
15 民衆は、救い主を待望していました。そして、もしかしたらヨハネがキリストではないかと考えたのです。
16 この疑問を、ヨハネはきっぱり否定しました。「私は水でバプテスマを授けているだけだ。しかし、もうすぐ私よりはるかに権威ある方が来られる。その方のしもべとなる価値さえ、私にはない。その方は、聖霊と火でバプテスマをお授けになる。
17 また、麦ともみがらとをふるい分け、麦は倉に納め、もみがらを永久に消えない火で焼き尽くされる。」
18 ヨハネはほかにも多くのことを教え、民衆に福音を伝えました。
19 〔当時、ガリラヤの領主ヘロデ・アンテパスが、兄嫁のヘロデヤを奪い取るなど悪事を行っていたので、ヨハネは彼を非難しました。そのためヨハネは捕らえられ、投獄されました。こうしてヘロデは、多くの悪に悪を重ねました。〕
20 -
21 さて、そうしたある日のこと、イエスは、ヨハネからバプテスマを受ける人々に加わりました。バプテスマを受け、祈っておられると、天が開き、
22 聖霊が鳩のようにイエスに下りました。そして天から、「あなたはわたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ」という声が聞こえました。
23 イエスが公に教え始められたのは、およそ三十歳のころでした。人々はイエスを、ヨセフの息子と思っていました。このヨセフの父はヘリ、ヘリの父はマタテ、マタテの父はレビ、レビの父はメルキ、メルキの父はヤンナイ、ヤンナイの父はヨセフ、ヨセフの父はマタテヤ、マタテヤの父はアモス、アモスの父はナホム、ナホムの父はエスリ、エスリの父はナンガイ、ナンガイの父はマハテ、マハテの父はマタテヤ、マタテヤの父はシメイ、シメイの父はヨセク、ヨセクの父はヨダ、ヨダの父はヨハナン、ヨハナンの父はレサ、レサの父はゾロバベル、ゾロバベルの父はサラテル、サラテルの父はネリ、ネリの父はメルキ、メルキの父はアデイ、アデイの父はコサム、コサムの父はエルマダム、エルマダムの父はエル、エルの父はヨシュア、ヨシュアの父はエリエゼル、エリエゼルの父はヨリム、ヨリムの父はマタテ、マタテの父はレビ、レビの父はシメオン、シメオンの父はユダ、ユダの父はヨセフ、ヨセフの父はヨナム、ヨナムの父はエリヤキム、エリヤキムの父はメレヤ、メレヤの父はメナ、メナの父はマタタ、マタタの父はナタン、ナタンの父はダビデ、ダビデの父はエッサイ、エッサイの父はオベデ、オベデの父はボアズ、ボアズの父はサラ、サラの父はナアソン、ナアソンの父はアミナダブ、アミナダブの父はアデミン、アデミンの父はアルニ、アルニの父はエスロン、エスロンの父はパレス、パレスの父はユダ、ユダの父はヤコブ、ヤコブの父はイサク、イサクの父はアブラハム、アブラハムの父はテラ、テラの父はナホル、ナホルの父はセルグ、セルグの父はレウ、レウの父はペレグ、ペレグの父はエベル、エベルの父はサラ、サラの父はカイナン、カイナンの父はアルパクサデ、アルパクサデの父はセム、セムの父はノア、ノアの父はラメク、ラメクの父はメトセラ、メトセラの父はエノク、エノクの父はヤレデ、ヤレデの父はマハラレル、マハラレルの父はカイナン、カイナンの父はエノス、エノスの父はセツ、セツの父はアダム、アダムの父は神です。
24 -
25 -
26 -
27 -
28 -
29 -
30 -
31 -
32 -
33 -
34 -
35 -
36 -
37 -
38 -
1 さて、イエスは聖霊に満たされ、ヨルダン川をあとにすると、聖霊に導かれるまま、ユダヤの荒野に向かわれました。
2 そこで、悪魔が四十日間、イエスを誘惑したのです。その間イエスは、何も口にしなかったので、空腹を覚えられました。
3 その時、悪魔がたくみに誘いかけました。「もしあなたが神の子なら、ここに転がっている石をパンに変えてみたらどうだ。」
4 しかしイエスは、お答えになりました。「『人はただパンだけで生きるのではない』(申命八・三)と聖書に書いてあるではないか。」
5 次に悪魔は、イエスを高い所へ連れて行き、一瞬のうちに、世界の国々とその繁栄ぶりとを見せて言いました。
6 「さあ、ここにひれ伏して、この私を拝みなさい。そうすれば、これらの国々とその栄光とを、全部あなたにやろう。」
7 -
8 イエスはお答えになりました。「『神である主だけを礼拝し、主にだけ従え』(申命六・一三)と聖書に書いてあるではないか。」
9 さらに悪魔は、イエスをエルサレムへ連れて行き、神殿の頂に立たせて言いました。「さあ、ほんとうに神の子だと言うなら、ここから飛び降りてみなさい。
10 聖書には『神は天使を送って、
11 あなたを支えさせ、あなたが岩の上に落ちて砕かれることのないように守られる』(詩篇九一・一一~一二)と、はっきり書いてあるのだから。」
12 しかしイエスは、お答えになりました。「『あなたの神である主を、試みてはならない』(申命六・一六)とも書いてある。」
13 あの手この手の誘惑のかぎりを尽くすと、悪魔は一時、イエスから離れて行きました。
14 イエスが聖霊の力に満たされてガリラヤに戻られると、まもなくその地方一帯にイエスの評判が広まりました。
15 あちこちの会堂で教えを語るイエスは、人々の賞賛の的でした。
16 それからイエスは、少年時代を過ごしたナザレに帰り、いつものように土曜日(安息日)に会堂へ行かれました。聖書を朗読しようと席を立つと、
17 預言者イザヤの書が手渡されたので、次の箇所をお開きになりました。
18 「わたしの上に主の御霊がとどまっておられる。主は、貧しい人たちにこの福音(神の救いの知らせ)を伝えるために、わたしを任命された。主はわたしを遣わして、捕虜には解放を、盲人には視力の回復をお告げになる。踏みにじられている人を自由にし、主の恵みの年をお告げになる。」(イザヤ六一・一~二)
19 -
20 イエスは朗読を終えると、聖書を閉じ、係の者に返して、腰をおろされました。みんなの目はいっせいにイエスに注がれました。
21 それにこたえるように、イエスはこう言われました。「この聖書のことばは、今日、実現したのです。」
22 人々はみなイエスをほめ、そのことばのすばらしさに驚きました。しかし一方では、「いったいどうなっているのだ。ただのヨセフのせがれではないか」とささやき合いました。
23 そこで、イエスは言われました。「きっとあなたがたは、『医者よ、自分を治せ』ということわざを引いて、『カペナウムで行った奇跡を、自分の郷里でもしてくれ』と言うのでしょう。
24 はっきり言いましょう。どんな預言者でも、故郷では歓迎されないものです。
25 エリヤはどうだったでしょうか。三年半のあいだ雨がなく、国中が大ききんに見舞われた時、イスラエルには助けを求める未亡人が多くいました。しかしエリヤは、そういう人たちのところへではなく、シドンのツァレファテに住む外国人の未亡人のところへ遣わされ、奇跡によって彼女を助けました。
26 -
27 また、預言者エリシャの場合はどうだったでしょうか。ユダヤにもツァラアト(皮膚が冒され、汚れているとされた当時の疾患)の人がたくさんいたというのに、そのだれもがいやされず、ただシリヤ人ナアマンだけがいやされたではありませんか。」
28 こう言われて、会堂にいた人たちはひどく腹を立て、
29 どっとイエスに襲いかかり、その町の丘のがけっぷちまで連れて行きました。そこから突き落とすつもりだったのです。
30 ところがイエスは、群衆の間をすり抜け、去って行かれました。
31 それからイエスは、ガリラヤの町カペナウムに帰り、毎土曜日、会堂で教えられました。
32 ここでもまた、人々はイエスの教えに驚きました。イエスが、権威あることばで真理を語られたからです。
33 ある時、会堂で教えておられると、悪霊につかれた男が、イエスに向かって大声でわめき立てました。
34 「ナザレのイエス。お願いだから出て行ってくれ!おれたちをどうしようというのだ。おれたちを滅ぼしに来たのだろう。あなたがだれなのか、よくわかっている。神のきよい御子だ。」
35 イエスは悪霊をさえぎり、「黙りなさい。その人から出て行きなさい」とお命じになりました。すると突然、悪霊は、人々の目の前で男を投げ倒しましたが、それ以上は何の危害も加えずに出て行きました。
36 あっけにとられた人々は、口々に言いました。「悪霊までが言うことを聞くとは、この方のことばにはなんと力があるのだろう。」
37 こうしてイエスのうわさは、この地方一帯に非常な勢いで広まりました。
38 その日イエスは、会堂からシモン(ペテロ)の家へ行かれました。すると、シモンのしゅうとめが高熱にうなされているところでした。「お願いです。治してやってください」と人々に頼まれて、
39 イエスは彼女の枕もとに立ち、熱病をおしかりになりました。するとどうでしょう。たちまち熱が引き、平熱に戻ったしゅうとめはすぐに起き上がり、食事の用意を始めたではありませんか。
40 夕方になると、病人を連れた村の人たちが、ぞくぞくとイエスのもとに詰めかけました。イエスは、どんな病気であろうと、連れて来られた病人の一人一人にさわり、治されました。
41 中には悪霊につかれた人もいましたが、イエスが命令すると、悪霊は大声で、「あなたは神の子だ!」と叫びながら出て行きました。しかし、イエスは悪霊がものを言うことを許されませんでした。悪霊は、イエスがキリスト(ギリシャ語で、救い主)であることを知っていたからです。
42 翌朝早く、イエスはただ一人、人気のない寂しい所へ行かれました。人々はあちこち捜し回り、やっとのことでイエスを見つけ出すと、もうどこへも行かないように頼みました。
43 しかし、イエスはお答えになりました。「ほかの町々にも、神の福音(救いの知らせ)を伝えなければならないのです。そのために、わたしは来たのですから。」
44 こうしてイエスは、ユダヤ中を旅し、各地の会堂で教えられました。
1 ある日、イエスがゲネサレ湖(ガリラヤ湖)のほとりで教えておられると、群衆が神のことばを聞こうと押し寄せました。
2 見ると、水ぎわの二そうの小舟のそばで、漁師たちが網を洗っています。イエスはそのうちの一そうに乗り込んで、持ち主のシモンに少しこぎ出してもらい、舟の中に座ったまま群衆に教えられました。
3 -
4 話が終わると、イエスはシモンに言われました。「さあ、もっと沖へこぎ出して、網をおろしてごらんなさい。」
5 「でも先生。私たちは夜通し一生懸命働きましたが、雑魚一匹とれなかったのです。でも、せっかくのおことばですから、もう一度やってみましょう。」
6 するとどうでしょう。今度は網が破れるほどたくさんの魚がとれたのです。
7 あまりに多くて、手がつけられません。大声で助けを求めました。仲間の舟が来ましたが、二そうとも魚でいっぱいになり、今にも沈みそうになりました。
8 シモン・ペテロは、あわててイエスの前にひれ伏し、「先生。どうぞ私みたいな者から離れてください。私は罪深い人間で、とてもおそばには寄れません」と叫びました。
9 あまりの大漁に、ペテロも仲間たちも恐ろしくなったからです。
10 仲間には、ゼベダイの息子のヤコブとヨハネもいました。イエスはシモンに、「こわがることはありません。あなたは今からは人間をとる漁師になるのです」と言われました。
11 岸へ上がると、彼らはすべてを捨てて、イエスに従いました。
12 イエスがある村におられた時のことです。そこに、ツァラアトに全身を冒された男がいました。彼はイエスを見るや、その前にひれ伏し、額を地面にこすりつけて頼みました。「主よ。お願いでございます。どうぞ私の体をもとどおりにしてください。お気持ちひとつで治るのですから。」
13 イエスは手を伸ばして男にさわり、「治してあげましょう。さあ、もう大丈夫です」と言われました。すると驚いたことに、ツァラアトはたちまち消え去り、あとかたもなくなったのです。
14 「このことをだれにも話してはいけません。すぐに祭司のところへ行って、体を調べてもらい、モーセの律法どおりのささげ物をしなさい。そうすれば、治ったことがみんなの前で証明されるのです。」しかし、
15 イエスのうわさはあっという間に広まり、多くの人が、教えを聞こう、病気を治してもらおうと集まって来ました。
16 しかしイエスは、何度も荒野に身を避け、祈っておられました。
17 ある日、イエスが教えておられると、パリサイ人(特におきてを守ることに熱心なユダヤ教の一派)と律法の専門家たちもそばに座っていました〔ガリラヤやユダヤの村々、またエルサレムから来た人たちです〕。イエスには、病気を治す神の力がありました。
18 その時、数人の人がやって来ました。見ると、中風(脳出血などによる半身不随、手足のまひ等の症状)の男を、それも床のままかついでいます。彼らは何とか群衆をかき分けてイエスのところへ行こうとしましたが、人が多くて、とても近づけたものではありません。しかたなく彼らは屋根にのぼり、天井に穴をあけ、病人をふとんごと、人々の真ん中に立っておられるイエスの目の前につり降ろしました。
19 -
20 イエスはこれほどまでの信仰を見て、病人に、「あなたの罪は赦されました」と宣言なさいました。
21 すると、「なんと罰あたりなことばだ!いったい自分をだれだと思っているのか。明らかに神への冒瀆だ!罪を赦すことなど、神にしかできないことなのに」と、パリサイ人や律法の専門家たちは、心の中で強く反発しました。
22 それを見抜いたイエスは、「なぜ、わたしのことばが神を汚すことになるのですか。
23 この人に、『あなたの罪は赦されました』と言うのと、『起きて歩きなさい』と言うのと、どちらがむずかしいですか。わたしは病気を治す力も、罪を赦す権威も持っているのです。それを証明してみせましょう」と言い、中風の男に、「さあ、起きなさい。床をたたんで、家に帰りなさい」とお命じになりました。
24 -
25 男はすぐにはね起き、床をたたむと、並み居る人をしり目に、神を賛美しながら帰って行きました。
26 居合わせた人たちは、みな恐れに満たされて、「不思議だ。まるで考えられないことだ」と幾度もくり返しては、神をほめたたえました。
27 このあと、イエスが町を出ようとされた時、一人の取税人が税金取立所に座っているのが見えました。その男の名はレビ(マタイ)と言いました。「さあ、ついて来て、わたしの弟子になりなさい。」
28 イエスの誘いに、レビは何もかも捨てて立ち上がり、あとに従いました。
29 まもなくレビは、家で、イエスのために盛大な歓迎会を催しました。取税人仲間をはじめ、大ぜいの人が招かれました。
30 ところが、パリサイ人や律法の専門家たちはこの光景を見て、弟子たちに激しい非難をあびせました。「あなたたちは、どうしてこんなくずのような連中といっしょに食事をするのか。」
31 イエスは、お答えになりました。「医者が必要なのは病人で、健康な人ではありません。
32 わたしは、自分を正しいと思う人を招くためではなく、罪人を招いて、罪を悔い改めさせるために来たのです。」
33 彼らも負けてはいません。今度は違った面から、詰め寄りました。「バプテスマのヨハネの弟子たちは、いつも断食して祈っている。パリサイ人の弟子たちも同様だ。なのに、あなたの弟子たちときたら、平気で飲み食いしている。そのわけを聞かせてもらいたい。」
34 イエスは言われました。「幸せな人が断食しますか。結婚披露宴で、花婿の招待客がお腹をすかせたままでいることがあるでしょうか。もちろん、ありえません。
35 しかし、花婿が彼らから引き離される日が来ます。その時こそ断食するのです。」
36 続いて、もう一つのたとえを話されました。「古い着物に継ぎを当てるのに、新しい着物から布切れを切り取る人がいるでしょうか。そんなことをしたら、新しい着物もだめになるし、古い着物も継ぎ目が破れて、結局どちらもだいなしです。
37 また、新しいぶどう酒を古い皮袋に入れる人がいるでしょうか。そんなことをしたら、古い皮袋は新しいぶどう酒の圧力で張り裂け、ぶどう酒もこぼれてしまいます。
38 新しいぶどう酒は、新しい皮袋に入れるものです。
39 こうも言えます。だれでも古いぶどう酒を飲んだあとで、新しいぶどう酒を口にしたいとは思わないでしょう。『古い物は良い』と言われるとおりです。」
1 ある安息日(神の定めた休息日)のことです。イエスと弟子たちは麦畑の中を歩いていました。弟子たちは歩きながら、麦の穂を摘んでは、手でもみ、殻を取って食べました。
2 パリサイ人たちが目ざとくそれを見つけ、非難しました。「どう見ても律法違反だ!弟子たちのやっていることは、明らかに刈り入れではないか。安息日の労働はユダヤのおきてで禁じられているというのに。」
3 イエスは、お答えになりました。「聖書を読んだことがないのですか。ダビデ王とその家来たちが空腹になった時、どうしたでしょうか。
4 ダビデ王は神殿に入り、主に供えられた特別なパンを取って食べたではありませんか。これはおきてに反することでしたが、自分ばかりか、家来たちにも分けてやりました。」
5 また、こうも言われました。「わたしは安息日の主です。」
6 今度は別の安息日のことです。イエスは会堂で教えておられました。ちょうどそこに、右手の不自由な男が居合わせました。
7 安息日だというので、律法の専門家やパリサイ人たちは、イエスがこの男を治すかどうか、様子をうかがっていました。何とかしてイエスを訴える口実を見つけようと必死だったのです。
8 彼らの魂胆を見抜いたイエスは、その男に、「さあ、みんなの真ん中に立ちなさい」とお命じになりました。男が言われたとおりにすると、
9 イエスはパリサイ人たちに、「ひとつ聞きたいのですが、安息日に良いことをするのと悪いことをするのと、どちらが正しいでしょうか。人のいのちを救うのと、いのちを奪うのと、どちらが正しいでしょうか」とお尋ねになりました。
10 それから、会衆をぐるりと見回し、男に、「さあ、手を伸ばしなさい」と言われました。男がそのとおりにすると、なんと彼の右手はすっかり治っていました。
11 これを見たパリサイ人たちはすっかり逆上し、イエスを殺そうとたくらみ始めました。
12 それからまもなく、イエスは山へ行き、夜通し祈られました。
13 夜明けごろ、弟子たちを呼び寄せると、その中から十二人を選び、「使徒」という名をおつけになりました。
14 十二人の名前は次のとおりです。シモン〔イエスはペテロともお呼びになった〕、アンデレ〔シモンの兄弟〕、ヤコブ、ヨハネ、ピリポ、バルトロマイ、マタイ、トマス、ヤコブ〔アルパヨの息子〕、シモン〔「熱心党」というユダヤ教の急進派グループのメンバー〕、ユダ〔タダイとも呼ばれた〕、イスカリオテのユダ〔後にイエスを裏切った男〕。
15 -
16 -
17 イエスは弟子たちといっしょに山を降り、広々とした所にお立ちになりました。すると、ほかの大ぜいの弟子と群衆が集まって来て、たちまちイエスの回りは人の波で埋めつくされました。ユダヤ全地、エルサレム、はるか北のツロやシドンの海岸地方などから、イエスの話を聞き、また病気を治してもらおうと、はるばるやって来た人ばかりです。ここでは、悪霊に苦しめられている人もいやされました。
18 -
19 だれもがみな、イエスにさわろうと押し合いへし合いの大騒ぎです。さわれば、病気を治す力がイエスから出て、どんな病気もいやされたからです。
20 それからイエスは、弟子たちのほうをふり向き、話し始められました。「あなたがた貧しい人は幸福です。神の国はあなたがたのものだからです。
21 いま空腹な人は幸福です。やがて十分満足するようになるからです。泣いている人は幸福です。もうすぐ笑うようになるからです。
22 わたしの弟子だというので、憎まれたり、追い出されたり、悪口を言われたりするなら、なんと幸いなことでしょう。
23 そんなことになったら、心から喜びなさい。躍り上がって喜びなさい。やがて天国で、目をみはるばかりの報いがいただけるからです。そして、同じような扱いを受けた、昔の預言者たちの仲間入りができるのです。
24 これとは反対に、金持ちたちを待ち受けているのは悲しみだけです。彼らの幸福はこの地上限りのものだからです。
25 肥え太り、今は栄えていても、やがて飢え渇く日が来れば、彼らの笑いは一瞬にして悲しみに変わるでしょう。
26 ほめそやされる者はあわれです。偽預言者はいつの時代でも、そのような扱いを受けたからです。
27 いいですか、よく聞きなさい。あなたの敵を愛しなさい。あなたを憎む者によくしてあげなさい。
28 あなたをのろう者を祝福しなさい。あなたを侮辱する者に神の祝福を祈り求めなさい。
29 もしだれかが頬をなぐったら、もう一方の頬もなぐらせなさい。また、もしだれかが上着を取ろうとしたら、下着もつけてやりなさい。
30 持ち物は何でも、ほしがる人にあげなさい。盗難にあっても、取り返そうと気をもんではいけません。
31 また、人からしてほしいと思うことを、そのとおり人にもしてあげなさい。
32 自分を愛してくれる人だけを愛したところで、ほめられたことでも何でもありません。神を知らない人でさえ、それぐらいのことはします。
33 よくしてくれる人にだけよくしたところで、何の意味があるのでしょう。罪人でさえ、それぐらいのことはします。
34 返してもらえる人にだけお金を貸したところで、善行と言えるでしょうか。全額戻るとわかっていれば、どんな悪党でも仲間にお金を貸してやります。
35 自分の敵を愛しなさい。彼らによくしてやり、返してもらうことなど当てにせずに貸してあげなさい。そうすれば、天からすばらしい報いがあり、あなたがたは神の子どもになれるのです。神は、恩知らずの者や極悪人にも、あわれみ深い方だからです。
36 あなたがたも、天の父のように、あわれみ深い者になりなさい。
37 人のあら捜しをしたり、悪口を言ったりしてはいけません。自分もそうされないためです。人には広い心で接しなさい。そうすれば、彼らも同じようにしてくれるでしょう。
38 与えなさい。そうすれば与えられます。彼らは、量りのますに、押し込んだり、揺すり入れたりしてたっぷり量り、あふれるばかりにして返してくれます。自分が量るそのはかりで、自分も量り返されるのです。」
39 イエスはさらに、もう一つのたとえを話されました。「盲人が盲人の道案内をしたら、どうなるでしょう。一人が穴に落ち込めば、もう一人も巻き添えになるでしょう。
40 弟子が師より偉くなれますか。しかし、一生懸命努力すれば、自分の師と同じぐらいにはなれます。
41 また、自分の目に大きなごみが入っているのに、どうしてほかの人の目の中にある、小さなちりを気にするのでしょう。
42 自分の目の大きなごみで、よく見えもしないのに、どうして、『あなたの目にごみが入ってるから、取ってあげよう』などと言うのでしょう。偽善者よ。まず自分の目のごみを取り除きなさい。そうすれば、はっきり見えるようになって、ほかの人の小さなごみを取ってあげることもできるのです。
43 おいしい実をつける木が、まずい実をつけるはずはないし、まずい実をつける木が、おいしい実をつけるはずもありません。
44 つまり、木は実によって見分けることができるのです。いばらにいちじくの実はならないし、野ばらにぶどうの実はなりません。
45 良い人は、良い心から良い行いを生み出します。悪い人は、隠された悪い心から悪い行いを生み出します。心に秘めたことが、ことばになってあふれ出るからです。
46 なぜ、『主よ、主よ』と呼びながら、わたしに従おうとはしないのですか。
47 そばに来て、わたしの教えを聞き、そのとおり実行する人はみな、
48 地面を深く掘って、岩の上に土台をすえ、その上に家を建てる人のようです。洪水になり、激流に洗われても、家はびくともしません。土台がしっかりしているからです。
49 しかし、わたしのことばを聞いても実行しない人は、ちょうど、土台なしで家を建てる人のようです。水が押し寄せると、家はあとかたもなく流されてしまいます。」
1 これらの話を終えると、イエスはカペナウムの町に帰って行かれました。
2 ちょうどそのころ、あるローマ軍の隊長が目をかけていた召使が、病気で死にかかっていました。
3 イエスの評判を聞いた隊長は、日頃みんなに尊敬されているユダヤ人の長老たちをイエスのところにやり、召使のいのちを助けに来てくださいと願いました。
4 長老たちは、この隊長がどんなにすばらしい人物かを説明し、熱心にイエスに頼みました。「あなたに助けていただく価値のある人がいるとしたら、この方こそふさわしい人です。
5 ユダヤ人を愛し、会堂も建ててくれました。」
6 そこで、イエスは長老たちといっしょに出かけました。家まであとわずかという時、隊長の友人たちが来て、彼のことづけを伝えました。「先生。わざわざおいでくださいませんように。とてもそんな名誉を受ける資格はございません。自分でお迎えに上がることさえ失礼と存じます。どうぞ今おられる所で、おことばをください。それで十分でございます。そうすれば、召使は必ず治ります。
7 -
8 私は上官の権威の下にある者ですが、その私でさえ、部下には権威があります。私が『行け』と命じれば行きますし、『来い』と言えば来ます。また奴隷にも、『あれをやれ』『これをやれ』と言えば、そのとおりにするのです。」
9 これを聞くと、イエスはたいへん驚き、群衆のほうをふり向いて言われました。「皆さん。これほどの信仰を持った人は、イスラエル中でも見たことがありません。」
10 使いの者たちが戻ってみると、召使はすっかり治っていました。
11 それからまもなく、イエスは弟子たちといっしょにナインの町へ行かれました。いつものように、あとから大ぜいの人の群れがついて行きます。
12 町の門の近くで、葬式の列にばったり出会いました。死んだのは、夫に先立たれた女の一人息子でした。町の人が大ぜい母親に付き添っています。
13 痛々しい母親の姿を見てかわいそうに思ったイエスは、「泣かなくてもいいのですよ」と、やさしく声をおかけになりました。
14 そして歩み寄り、棺に手をかけると、かついでいた人たちが立ち止まったので、「少年よ、起きなさい」と言われました。
15 すると少年はすぐに起き上がり、回りの人たちに話しかけるではありませんか。イエスは少年を母親に返しました。
16 人々はびっくりし、ことばも出ませんでしたが、次の瞬間、あちこちから神を賛美する声がわき上がりました。「大預言者だ!」「神様のお働きだ!この目で見たぞ!」
17 この日の出来事は、あっという間にユダヤ全土と回りの地方一帯に広まりました。
18 イエスのこうしたわざの数々は、バプテスマのヨハネの弟子たちの耳にも入り、細大もらさずヨハネに報告されました。
19 ヨハネは、弟子を二人イエスのもとへやり、こう尋ねさせました。「あなたは、ほんとうに私たちの待ち続けてきたお方ですか。それとも、まだ別の方をお待ちしなければならないのでしょうか。」
20 -
21 ちょうどその時、イエスはさまざまな病気にかかった大ぜいの病人を治し、盲人を見えるようにし、悪霊を追い出しておられるところでした。
22 イエスの答えはこうでした。「帰って、ヨハネに、今ここで見聞きしたことを話しなさい。盲人が見えるようになり、立てなかった人が今は自分で歩けるようになり、ツァラアトの人が治り、耳の聞こえなかった人が聞こえるようになり、死人が生き返り、貧しい人々が福音(神の救いの知らせ)を聞いていることなどを。
23 それから、わたしを疑わない人は幸いです、と伝えなさい。」
24 ヨハネの弟子たちが帰ってから、イエスは人々に、ヨハネのことを話し始められました。「あなたがたは、ヨハネに会いに荒野へ出かけた時、どんな人物だと考えていましたか。風にそよぐ葦のような人だとでも思ったのですか。
25 それとも、きらびやかに着飾った人に会えるとでも……。ぜいたくな暮らしをしている人なら宮殿にいます。荒野にはいません。
26 あるいは、預言者に会えると期待したのですか。そのとおり、ヨハネは預言者以上の者です。
27 彼こそ聖書の中で、『見よ。わたしはあなたより先に使者を送る。その使者は人々に、あなたを迎える準備をさせる』(マラキ三・一)と言われている、その人です。
28 今まで生まれた人の中で、ヨハネほどすぐれた働きをした人はいません。けれども、神の国で一番小さい者でも、ヨハネよりはずっと偉大なのです。
29 ヨハネの教えを聞いた人はみな、取税人たちでさえ、神の正しさを認め、バプテスマ(洗礼)を受けました。
30 ただ、パリサイ人と律法の専門家だけが受け入れなかったのです。彼らはあつかましくも、神のご計画を退け、ヨハネのバプテスマを拒否したのです。
31 このような人々のことを、どう言ったらいいでしょう。
32 まるで遊び友達に文句を言っている子どものようです。『結婚式ごっこをしようって言ったのに、ちっともうれしがってくれないし、それで葬式ごっこにしたら、今度はぜんぜん悲しがってくれない』と嘆くのです。
33 つまり、バプテスマのヨハネが何度も断食し、生涯、酒も飲まずにいると、『彼は気が変になっている』と言い、
34 わたしが食事をしたり、ぶどう酒を飲んだりすると、『あいつは大食いで大酒飲み、一番たちの悪い罪人どもの仲間だ』とののしります。
35 けれども、神の知恵の正しさは、神を信じる者たちが証明するのです。」
36 あるパリサイ人から食事に招待されたので、イエスはその家に入りました。一同が食卓に着いていると、
37 町の女が一人、高価な香油の入った美しいつぼを持ってやって来ました。この女は不道徳な生活をしていました。
38 女は部屋に入るなり、イエスのうしろにひざまずき、さめざめと泣きました。あまり泣いたので、イエスの足が涙でぬれるほどでした。女はていねいに自分の髪でイエスの足の涙をぬぐい、心を込めて足に口づけしてから、その上に香油を注ぎかけました。
39 イエスを招待したパリサイ人はこの出来事を見て、「これで、やつが預言者でないことがはっきりした。もしほんとうに神から遣わされた者なら、この女の正体がわかるはずだから」とひそかに思いました。
40 ところが、イエスはすべてを見通しておられました。「シモンよ。あなたに言っておきたいことがあります。」「はい、先生。何でしょう。」
41 「ある男が二人の人に金を貸しました。一人は五百デナリ(一デナリは一日の賃金)、もう一人は五十デナリ借りました。
42 ところが二人とも、どうしても借金を返せません。金を貸した男はたいへん思いやりのある人だったので、二人の借金を帳消しにしてやりました。この二人のうちどちらの人がよけいに貸し主に感謝し、彼を愛したでしょうか。」
43 「たくさん借りていたほうでしょう。」シモンの答えに、イエスも、「そのとおりです」とうなずかれました。
44 それから、ひざまずいている女のほうをふり向き、シモンに言われました。「ほら、この女を見なさい。わたしがこの家に来た時、あなたは足を洗う水さえ出してくれませんでした。ところがこの女は、涙でわたしの足を洗い、髪でふいてくれました。
45 あなたはあいさつの口づけをしてくれませんでしたが、この女はわたしが入って来た時から、何度も足に口づけしてくれました。
46 あなたはわたしの頭にオリーブ油を注いでくれましたか。この女は、わたしの足にこんなに高価な香油を注いでくれたのです。
47 この女の多くの罪が赦されたからです。そして、わたしを多く愛してくれたからです。少ししか赦されていない者は、少ししか愛さないのです。」
48 そして女に言われました。「あなたの罪は赦されています。」
49 その場に同席していた人たちは、心の中でつぶやき始めました。「罪を赦すなんて、いったい自分をだれだと思っているのだろう。」
50 しかし、イエスは女に、「あなたの信仰があなたを救ったのです。安心してお帰りなさい」と言われました。
1 その後しばらくして、イエスはガリラヤの町や村を回り、神の福音を伝え始められました。十二人の弟子も同行しました。
2 イエスに悪霊を追い出してもらったり、病気を治してもらったりした女たちもいっしょでした。この中には、七つの悪霊を追い出してもらったマグダラのマリヤや、
3 ヘロデ王の執事クーザの妻ヨハンナ、スザンナをはじめ、自分の財をもって、イエスや弟子たちの世話をする大ぜいの女性がいました。
4 ある日、話を聞こうと、大ぜいの群衆が町々村々から押しかけたので、イエスはこんなたとえ話をなさいました。
5 「農夫が、種まきをしようと畑に出かけました。種をまいているうちに、ある種は道ばたに落ちて、踏みつけられ、そのうち鳥が来て食べてしまいました。
6 土の浅い石地に落ちた種もありました。それは芽を出したのですが、水分が足りないので、すぐ枯れてしまいました。
7 いばらの中に落ちた種もありましたが、いばらがいっしょに生え出て、結局、成長できませんでした。
8 しかし、中には良い土壌に落ちた種もありました。それはぐんぐん育ち、百倍もの実を結びました。」イエスは話しながら、「聞く耳のある人はよく聞きなさい」と、みんなの注意をうながされました。
9 「そのたとえはどういう意味ですか。」弟子たちに質問されて、
10 イエスはお答えになりました。「あなたがたには神の国の奥深い真理を理解することが許されていますが、群衆はそうではありません。だから、たとえで話すのです。彼らは見たり聞いたりしても、少しも理解しようとしません。
11 さて、このたとえの意味を説明しましょう。種とは神の教えのことです。
12 ある種が落ちた道ばたとは、神のことばを聞いても、受け入れない頑固な心を表します。やがて悪魔が来て、それを持ち去り、信じて救われるのをじゃまするのです。
13 次に、土の浅い石地とは、喜んで教えは聞くものの、ほんとうの意味で心に根を張らない状態のことです。教えられたことはいちいちもっともだと納得し、しばらくの間は信じているのですが、迫害の嵐がやってくると、すぐにぐらついてしまうのです。
14 いばらの中の種とは、聞いて信じても、その後、いろいろな心配事や金銭欲、また人生のさまざまな重荷や快楽などに、信仰を妨げられてしまう人のことです。これでは、せっかく教えを聞いても、実を結びません。
15 良い土壌とは、素直で正直な心の人を表します。こういう人は、神のことばを聞くと、それをしっかり守り、実を結びます。」
16 また、次のようなたとえも話されました。「ランプをつけてから、すっぽりおおいをかけ、光をさえぎる人がいるでしょうか。ランプはあたりを照らすように台の上に置くものです。
17 これは、いつの日か、すべてのことが明るみに出されることを示しています。
18 だから、神のことばをどのように聞いたらよいか、よく注意しなさい。持っている者はさらにたくさん与えられ、持っていない者は、持っているつもりの物までも取り上げられてしまうからです。」
19 ある時、イエスの母と弟たちがイエスに会いに来ました。ところが、イエスが教えておられた家は黒山の人だかりで、とても中へは入れません。
20 だれかが、「先生。お母様と弟さんがたがお見えですよ」と知らせると、
21 イエスはみんなを見回し、「わたしの母、わたしの兄弟たちとは、神のことばを聞いて、それを守る人たちのことです」とお答えになりました。
22 そのころのことです。ある日、イエスは弟子たちと舟に乗り込み、「さあ、湖の向こう岸に渡ろう」と言われました。
23 途中、イエスが横になり、眠っておられると、風が出てきました。風はだんだん強くなります。恐ろしい嵐になり、舟は水をかぶって、今にも沈みそうになりました。もう一刻の猶予もありません。
24 弟子たちはあわててイエスを揺り起こし、「先生、先生。舟が沈みそうです!」と叫びました。そこで、イエスはゆっくり起き上がると、「静まれ!」と嵐に命じました。すると、たちまち風も波もおさまり、何事もなかったかのように静かになりました。
25 イエスはおっしゃいました。「ああ、あなたがたの信仰はどこにあるのですか。」弟子たちは驚くやら恐ろしいやらで、「なんてすごいお方だろう。風や波までが言うことを聞くとは」とささやき合いました。
26 こうして一行は、無事、ガリラヤの対岸にあるゲラサ人の地方に着きました。
27 彼らが舟から上がると、この町に住む男が一人、イエスに会いに来ました。長年、悪霊につかれ、家もなく、裸のまま墓場をねぐらにしている男でした。
28 男はイエスを見るやいなや、恐ろしい叫び声をあげて、その場に倒れました。「おれをどうしようというんだ!いと高き神の子イエスよ。お願いだから苦しめないでくれ!」
29 こう叫んだのは、イエスが悪霊に、出て行けとお命じになったからです。今までは、悪霊が何度も男に取りつくので、鎖でしっかり縛りつけておいたのですが、どんなに太い鎖でも、男はいつもそれを引きちぎり、荒野へ逃げてしまうのでした。
30 「あなたの名前は?」とイエスが尋ねると、悪霊は、「レギオン(ローマ軍の一軍団で多数を意味する)だ」と答えました。男には何千という悪霊が入り込んでいたからです。
31 悪霊どもは、底なしの穴に行かせることだけはしないでほしいと、必死に願いました。
32 ちょうど近くの山の中腹で、豚の群れがえさをあさっていました。そこで悪霊どもは、その豚の中に入らせてくれと頼みました。イエスがお許しになると、
33 悪霊どもはすぐさまその男から出て、豚の中に入りました。すると、豚の群れはいっせいにがけを駆け降り、湖に飛び込んで、おぼれ死んでしまいました。
34 びっくりした豚飼いたちは近くの町や村に逃げ込み、この出来事を言いふらしました。
35 まもなく、大ぜいの者が、自分の目で確かめようと集まって来ました。と、どうでしょう。今まで悪霊につかれていた男が、きちんと服を着て、すっかり正気に戻って、イエスの前に座っているではありませんか。みんなは、あっけにとられてしまいました。
36 初めから一部始終を目撃していた人たちが、事細かにその時の状況を説明しました。
37 それを聞くと、人々はますます恐ろしくなり、イエスに、ここから立ちのいて、もうこれ以上かかわり合わないでほしいと頼み始めました。それで、イエスは舟に戻り、また向こう岸へ帰って行かれました。
38 悪霊の去った男がお伴を願い出ましたが、イエスはお許しになりませんでした。
39 「家族のところへ帰りなさい。神がどんなにすばらしいことをしてくださったかを、話してあげるのです。」こう言われて、男は町中の人に、イエスのすばらしい奇跡を話して回りました。
40 ガリラヤに帰ると、イエスは心からの歓迎を受けました。人々はイエスを待ちわびていたのです。
41 その時、ユダヤの会堂管理人で、ヤイロという名の人が来て、イエスの足もとにひれ伏し、家に来ていただきたいと願いました。
42 十二歳になる一人娘が、危篤状態だったからです。熱心な頼みに、イエスは人垣をかき分けるようにして、ヤイロの家に向かわれました。
43 けれども途中で、一人の女が、いやされたい一心で、うしろからイエスにさわりました。十二年もの間、出血の止まらない病気に悩まされ、どんなことをしても治らなかったのです。ところが、イエスの着物のふさにさわったとたん、出血が止まりました。
44 -
45 イエスは、「わたしにさわったのはだれですか」とお尋ねになりました。みなが自分ではないと答えたので、ペテロは言いました。「先生。わかるわけがありません。回りにはこんなにたくさんの人がひしめき合っているんですよ。」
46 「いや、だれかがさわりました。力が出て行くのを感じたのですから。」
47 女は、イエスがすべてをご存じなので、わなわなと震えだしました。とても隠しきれないと知って、イエスの前にひれ伏し、さわった訳とすっかりよくなったこととを、包み隠さず打ち明けました。
48 イエスは女に、「あなたの信仰があなたを治したのです。さあ、安心してお帰りなさい」と言われました。
49 まだイエスが話し終えないうちに、ヤイロの家から使いの者が駆けつけ、主人にこう言いました。「だんな様!お嬢様は、たった今お亡くなりになりました。先生にわざわざおいでいただいても、手遅れでございます。」
50 これを聞いて、イエスはヤイロに言われました。「恐れないで、わたしを信じていなさい。娘さんは必ずよくなりますから。」
51 家に着くと、イエスはペテロ、ヨハネ、ヤコブの三人の弟子と、両親のほかはだれも、中へ入らないように言われました。
52 家の中では、みな泣き悲しんでいました。「もう泣くのはやめなさい。娘さんは死んだのではありません。ただ眠っているだけです。」
53 娘が死んだことをよく知っていた人々は、このイエスのことばをあざ笑いました。
54 しかしイエスが手を取り、「さあ、起きなさい」と呼びかけると、
55 その瞬間、娘は生き返り、すぐに起き上がったのです。イエスは何か食べさせるようにと言いつけられました。
56 あまりのことに、両親が驚いていると、イエスはこのことをだれにも話さないように堅く口止めなさいました。
1 ある日、イエスは十二人の弟子を呼び集め、悪霊を追い出し、病気を治す力と権威をお授けになりました。
2 こうして、すべての人に神の国が来ることを告げ知らせ、病人をいやすために、彼らを派遣したのです。
3 イエスの指示はこうでした。「杖も、旅行袋も、食べ物も、お金も持って行ってはいけません。また下着も二枚はいりません。
4 どの町でも、ずっと同じ家に泊まりなさい。
5 もし、町の人たちがあなたがたのことばに耳を貸さないなら、急いでその町から出なさい。その時は、彼らが神を拒んだという証拠に、足のちりを払い落としなさい。」
6 弟子たちは村々を巡り、福音を伝え、病人をいやして歩きました。
7 イエスの奇跡のうわさを耳にした領主ヘロデは、ひどくとまどいました。「きっとバプテスマのヨハネが生き返ったのだ」と言う人もあれば、
8 「いや、エリヤか昔の預言者の一人だろう」と主張する人もいるというぐあいに、それぞれ、かってなことを言い合っていたからです。うわさはうわさを呼び、いろいろな憶測が国中に乱れ飛びました。
9 「ヨハネなら、確かに私が首をはねた。だとしたら、この不思議なうわさの主はいったい何者だろう。」そこでヘロデは、自分でイエスに会ってみようと思いました。
10 さて、旅から帰った弟子たちは、経過を残らず報告しました。イエスは彼らを連れ、ひそかにベツサイダの町に行かれましたが、
11 人々の目を逃れることはできませんでした。大ぜいの群衆が、あとを追って来たのです。そのような彼らをイエスは心から喜んで迎え、神の国について教えたり、病人をいやしたりなさいました。
12 そのうち、日も暮れ始めたので、十二人の弟子たちはイエスのところへ来て頼みました。「先生。この人たちを解散させてください。近くの村や農場に行って、食べ物と今夜の宿を見つけることができるようにしてやらなければ……。こんな寂しい所では、何もありませんから。」
13 「いいえ。あなたがたで、みんなに食べ物をあげるのです。」イエスの答えに、弟子たちはあきれ顔で言いました。「手もとには、パンが五つと魚が二匹あるだけです。これだけ大ぜいの人が食べる物を買い出しに行けとおっしゃるのですか。」
14 こう言うのも、むりはありません。男だけでも五千人はいたのですから。しかし、イエスは、「さあ、みんなを五十人ぐらいずつに分けて座らせなさい」と言われます。
15 弟子たちは訳がわからないながらも、そのとおりにしました。
16 そこでイエスは、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げ、感謝の祈りをささげました。それからパンをちぎり、人々に配るため、弟子たちに手渡されました。
17 みんなが食べて満腹したあと、パン切れを集めると、なんと十二かごにもなりました。
18 ある日のこと、イエスは一人で祈っておられました。弟子たちは少し離れた所で待っていましたが、しばらくして、イエスは彼らに、「人々は、わたしのことをだれだと言っていますか」とお尋ねになりました。
19 「バプテスマのヨハネだと言う者もいますし、エリヤだと言う者もいます。それに、昔の預言者が生き返ったのだと言っている者も……。」
20 「では、あなたがたはどう思っているのですか。」即座にペテロが答えました。「あなたこそ神のキリスト(ギリシャ語で、救い主)です。」
21 するとイエスは、このことをだれにも言ってはいけないときびしく戒められ、
22 「わたしは多くの苦しみを受け、ユダヤ人の指導者たち、長老、祭司長、律法の専門家たちに捨てられ、殺され、そして三日目に復活するのです」と話しました。
23 それから、一同に言われました。「いいですか。わたしについて来たい人はだれでも、自分のつごうや利益を考えてはいけません。日々自分の十字架を背負い、わたしのあとについて来なさい。
24 自分のいのちを救おうとする者は、かえってそれを失います。ですが、わたしのために自分のいのちを捨てる者は、それを救うのです。
25 人はたとえ全世界を手に入れても、自分自身を失ってしまったら何にもなりません。
26 わたしが自分と父と聖なる天使との栄光を帯びてやって来る時、わたしとわたしのことばとを恥じるような者たちのことを、わたしも恥じるでしょう。
27 よく言っておきますが、あなたがたの中には、神の国を見ないうちは決して死なない者たちがいます。」
28 それから八日ほどたって、イエスはペテロ、ヨハネ、ヤコブを連れ、祈るために山に登られました。
29 祈っているうちにイエスの顔は輝きだし、着物はまばゆいばかりに白くなりました。
30 その時、二人の人が現れ、親しげにイエスと話し始めました。なんとモーセとエリヤで、
31 彼らの姿も輝いていました。三人は、イエスがエルサレムで最期を遂げることについて話し合っていたのです。
32 ペテロとほかの二人は、眠くてまぶたが重くなっていましたが、はっと気がつくと、イエスは栄光に包まれ、モーセとエリヤといっしょに立っておられました。
33 その二人が立ち去ろうとするのを見て、すっかり動転していたペテロは、何を言ってよいのかもわからないまま、思わず口走りました。「先生。なんとすばらしいのでしょう!そうだ。幕屋(神がイスラエルの民と会う聖所)を三つ建てましょう。一つは先生のために。それから、モーセとエリヤのためにも一つずつ。」
34 ペテロがまだ言い終わらないうちに、光り輝く雲が立ち込め、一同をすっぽりおおったので、弟子たちは恐ろしさのあまり、がたがた震えだしました。
35 すると雲の中から、「これはわたしの子、わたしの選んだ者。彼の言うことを聞きなさい」という声がしました。
36 その声がやむと、イエスの姿しか見あたりません。三人の弟子たちは、この時のことを、ずっとあとになるまで、だれにも話しませんでした。
37 次の日、一行が山から降りて来ると、大ぜいの群衆が待ちかまえていました。
38 この時、群衆の中から一人の男が叫びました。「先生、どうかお助けを!息子を見てやってください。たった一人の息子なんです。
39 ひとたび悪霊が取りつくと、大声で叫びだし、ひきつけを起こして口からあわを吹かせ、なかなか離れようとしません。
40 そこで、ここにいらっしゃるお弟子たちに、悪霊を追い出してくださいとお願いしたのですが、だめでした。」
41 イエスは弟子たちに言われました。「ああ、全く手に負えない、不信仰な人たちよ。いつまで我慢しなければならないのでしょう。さあ、その子を連れて来なさい。」
42 少年が近寄ると、悪霊はその子を押し倒し、激しくひきつけさせました。イエスは悪霊に出て行けと命じ、すっかり元気になった少年を、父親の手に返してやりました。
43 人々は、こんなことは神にしかできないと考え、恐ろしくなりました。人々がイエスのなさるさまざまの不思議なわざについて驚いていると、イエスは弟子たちにおっしゃいました。
44 「いいですか、よく聞いて、しっかり覚えておきなさい。メシヤ(救い主)であるわたしは、やがて裏切られます。」
45 ところが弟子たちには、何のことを言っているのかさっぱりわかりませんでした。このことばの真意が隠されていたからです。それに、聞き返すのもこわかったのです。
46 さて、弟子たちの間で、やがて来る神の国ではだれが一番偉いかという議論が持ち上がりました。
47 彼らの考えを見抜いたイエスは、小さな子どもを一人そばに立たせて、
48 お話しになりました。「だれでも、このような小さな子どもを受け入れる者は、わたしを受け入れているのです。またわたしを受け入れる者は、わたしを遣わされた神を受け入れているのです。あなたがたの中で最も謙遜な者が、最も偉い者なのです。」
49 弟子のヨハネが、そばに来て報告しました。「先生。無断であなたのお名前を使い、悪霊を追い出している人を見かけました。仲間ではなかったので、すぐやめさせました。」
50 ところが、イエスは言われました。「そんなことをしてはいけません。あなたがたに敵対しない者は、あなたがたの味方なのです。」
51 天に上げられる日がだんだん近づいてきたイエスは、固い決意を持って、エルサレムを目指してひたすら進んで行かれました。
52 そんなある日、イエスはあらかじめ使いを出して、サマリヤ人の村で泊まろうとなさいましたが、
53 使いの者は追い返されてしまいました。彼らがエルサレムに向かう一行だとわかり、サマリヤ人が村に迎え入れるのをいやがったからです。
54 これを聞いたヤコブとヨハネはかっとなって、「先生。天から火を呼び下し、彼らを焼き滅ぼしましょうか」と言いました。
55 しかし、イエスはふり返り、二人をおしかりになりました。
56 そして、一行は別の村に向かいました。
57 道を歩いている時、ある人がイエスに言いました。「あなたがおいでになる所なら、どんな所へでもまいります。」
58 イエスはお答えになりました。「これだけは、よく覚えておきなさい。わたしには寝る所さえないのです。きつねにも穴があり、鳥にも巣があるというのに、天から来たメシヤのわたしには、この地上では住む家もないのです。」
59 またある時、イエスは別の人に、弟子になるようにと声をおかけになりました。彼は、父親の葬式を出すまで待ってくださいと頼みました。
60 イエスはお答えになりました。「死人のことは、あとに残った者たちに任せておきなさい。あなたの務めは、出て行って、世界中の人たちに神の国が来ると伝えることです。」
61 別の人はこうも言いました。「先生。喜んでお従いします。でもその前に、家族に別れを告げてきたいのですが。」
62 しかし、イエスは言われました。「ほんの片時でも、自分のために計画された仕事から目をそらす者は、神の国にふさわしくありません。」
1 さてイエスは、ほかに七十人の弟子を選び、これから訪問する予定の町や村に、二人一組で、先に派遣しました。
2 その時、イエスは彼らに、次のような注意をお与えになりました。「収穫はたくさんあるのに、働く人があまりにも少ないのです。ですから、収穫の責任者である主に、もっと大ぜいの働き手を送ってくださるように願いなさい。
3 さあ、出かけなさい。だが、これだけは忘れないように。あなたがたを派遣するのは、まるで羊を狼の群れの中に送るようなものです。
4 お金も旅行袋も、はき替えのくつも持たないで行きなさい。途中、道草を食ってはいけません。
5 どんな家に入っても、神の祝福があるようにと祈りなさい。
6 その家が祝福を受けるに値するようなら、祝福はとどまるし、そうでなければ、あなたがたのところに返って来ます。
7 一つの村に入ったら、あっちこっち家々を渡り歩いてはいけません。同じ家に泊まり、出される物をいただきなさい。ていねいなもてなしを遠慮することはありません。働く者が報酬を受けるのは当然です。
8 喜んで迎えてくれる町では、次のことを守りなさい。出された物は何でも食べることと、病人をいやし、『神の国が、すぐそこまで来ている』と宣言すること、この二つです。
9 -
10 しかし、歓迎してくれないような町では、大通りに出て、こう言いなさい。
11 『あなたがたは必ず滅びます。これがそのしるしです。この町のちりは、私の足から払い落として行きます。ただ、神の国がすぐそこまで来ていることは知っておきなさい。』
12 よく言っておきますが、さばきの日には、あの邪悪な町ソドム(悪行のため、神に滅ぼされた町)のほうが、その町より罰が軽いのです。
13 ああコラジンよ。ああベツサイダの町よ。どんな恐ろしいことが待ち受けていることか。わたしがあなたがたにしたような奇跡を、ツロとシドン(悪行のため、神に滅ぼされた町)でしていたら、そこの人々はとうの昔に荒布をまとい、頭に灰をかぶって嘆き悲しみ、罪を悔い改めたことでしょう。
14 さばきの日には、ツロとシドンのほうが、あなたがたより罰が軽いのです。
15 ああカペナウムの町よ。あなたがたはどうでしょう。天に上げられるとうぬぼれている者たち。あなたがたは地獄に突き落とされるのです。」
16 イエスは、さらに続けて言われました。「あなたがたを受け入れる人は、わたしを受け入れるのです。あなたがたを受け入れない人は、わたしを受け入れないばかりか、わたしを遣わされた神をも受け入れないのです。」
17 その後、七十人の弟子たちは喜び勇んで旅から帰って来て、イエスに報告しました。「あなたのお名前を使うと、悪霊どもでさえ言うことを聞きました。」
18 「そうです。まるでいなずまのように、サタンが天から落ちるのをわたしは見ました。
19 あなたがたには、敵のあらゆる力に打ち勝ち、蛇やさそりを踏みつぶす権威を与えてあります。だから、あなたがたに危害を加えるものなど、一つもないのです。
20 しかし、悪霊どもが言うことを聞くからといって、喜んではいけません。ただ、あなたがたの名前が天国の市民として記されていることを喜びなさい。」
21 この時、イエスの心は、聖霊が与えてくださる喜びであふれました。「父よ。天地の主であるあなたをほめたたえます。これらのことを賢い者や知恵ある者たちには隠して、小さい子どものように、神を信じきっている者に示してくださいました。ほんとうにありがとうございます。これが、あなたのお心にかなったことでした。
22 すべてのことで、わたしはあなたに任せられた役割を務めます。あなただけが子であるわたしの、ほんとうの姿をご存じですし、あなたのことをほんとうに知っているのは、子のわたしと、あなたを知らせようとわたしが選んだ者たちだけなのです。」
23 それから弟子たちのほうを向いて、そっと言われました。「あなたがたの目はなんと幸せなことでしょうか。この上なくすばらしいものを見ているのですから。
24 多くの預言者や王たちが、あなたがたの見聞きしたことを、見たい、聞きたいと、どれほど願ったか知れませんが、その願いはかなえられなかったのです。」
25 ある日、律法の専門家がやって来て、イエスを試そうとしました。「先生。お聞きしたいのですが、永遠のいのちを受けるには、何をしたらよろしいでしょうか。」
26 「モーセの律法には、何と書いてありますか。」
27 「『心を尽くし、たましいを尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい』(申命六・五)、それに、『自分自身を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい』(レビ一九・一八)とありますが。」
28 「そう、そのとおりにすればいいのです。そうすれば、永遠のいのちを得られます。」
29 しかし律法の専門家は、自分がある人々を愛していないことを正当化しようと、「隣人とはだれのことですか?」と聞き返しました。
30 イエスは直接答える代わりに、たとえを話されました。「エルサレムからエリコへ旅をしていたユダヤ人が、強盗に襲われました。強盗どもは、身ぐるみはぎ取り、あり金全部を奪うと、その人を殴ったり、蹴ったりして半殺しにし、道ばたに放り出して逃げて行きました。
31 ちょうどそこへ、ユダヤの祭司が通りかかりました。ふと見ると、旅人が倒れています。でも、めんどうに巻き込まれたくなかったので、道の反対側へ回り、何くわぬ顔で通り過ぎてしまいました。
32 しばらくすると、今度はレビ人(神殿で奉仕する人)が通りかかりましたが、彼も、倒れている旅人を横目でちらりとながめただけで行ってしまいました。
33 ところが、常日頃ユダヤ人に軽蔑されていたサマリヤ人がたまたま通りかかり、旅人を見つけました。その人をかわいそうに思ったサマリヤ人は、
34 急いでそばに近づいて、傷口に薬をぬり、包帯を巻いて応急手当をしました。それから自分のろばに乗せ、宿屋まで運んで、一晩中、看病してあげました。
35 翌日、宿屋の主人にデナリ銀貨二枚を渡し、『あの人を介抱してあげてください。足りない分は、私が帰りに寄って払いますから』と頼みました。
36 この三人のうちだれが、強盗に襲われた人の隣人になったと思いますか。」
37 律法の専門家は答えました。「もちろん、親切にしてやった人です。」この答えを聞くと、イエスは言われました。「そのとおりです。あなたも同じようにしなさい。」
38 エルサレムへの旅の途中で、イエスはある村に立ち寄られました。マルタという女が、喜んで一行を家に迎えました。
39 マルタにはマリヤという妹がいました。マリヤはイエスのそばに座り込んで、その話にじっと聞き入っていました。
40 一方マルタはというと、てんてこ舞いの忙しさで、「どんなおもてなしをしようかしら。あれがいいかしら、それとも……」と、気が落ち着きません。とうとう彼女は、イエスのところへ来て、文句を言いました。「先生。私が目が回るほど忙しい思いをしているのに、妹ときたら、何もしないで座っているだけなんです。少しは手伝いをするように、おっしゃってください。」
41 しかし主は、マルタに言われました。「マルタ。あなたは、あまりにも多くのことに気を遣いすぎているようです。
42 でも、どうしても必要なことはただ一つだけです。マリヤはそれを見つけたのです。彼女からそれを取り上げてはいけません。」
1 ある時、イエスは外で祈っておられました。ちょうど祈り終えたところへ一人の弟子が来て、「主よ。バプテスマのヨハネが弟子たちに教えたように、私たちにも祈りを教えてください」と願いました。
2 そこでイエスは、「このように祈りなさい」とお教えになりました。「天のお父様。あなたのきよい御名があがめられますように。あなたの御国がすぐに来ますように。
3 私たちに日々必要な食物をお与えください。
4 私たちの罪をお赦しください。私たちも、私たちに罪を犯した者を赦します。私たちを誘惑に会わせないでください。」
5 祈りについての教えはまだ続きました。それが、このたとえです。「真夜中に、どうしてもパンを三つ借りなければならなくなって、友達の家に駆けつけたとします。戸をドンドンたたき、声を張り上げて、『迷惑をかけてすまない。突然のお客があったのだけど、あいにく、家には一切れのパンもないんだ。お願いだから貸してくれないか』と頼みます。
6 -
7 友達は何と答えるでしょう。中から、『かんべんしてくれ。いま何時だと思っているんだ。戸じまりもしてしまったし、もうみんな寝ている。何も出してやれないよ』と返って来るだけかもしれません。
8 しかし、友達だからというのでは何もしてくれなくても、しつこく戸をたたき続けるなら、その根気に負けて、必要な物を出してくれるでしょう。
9 祈りも同じです。あきらめずに求め続けなさい。そうすれば与えられます。捜し続けなさい。そうすれば見つかります。戸をたたきなさい。そうすれば開けてもらえます。
10 求める人は与えられ、捜す人は見つけ出し、戸をたたく人は開けてもらえるのです。
11 パンをねだる子どもに、石ころを与える父親がいるでしょうか。魚が食べたいと言う子どもに、毒蛇を与える親がいるでしょうか。
12 卵がほしいと言うのに、さそりを渡したりするでしょうか。もちろん、そんなはずはありません。
13 罪深い人間でさえ、子どもには良い物を与えたいと思うのが人情です。そうだとしたら天の父が、求める者に聖霊を下さらないわけはありません。」
14 ある時、イエスは、悪霊につかれて口がきけない男から悪霊を追い出されました。すると、男がしゃべりだしたのです。その場に居合わせた人々はすっかり驚いてしまいました。
15 しかし中には、意地悪く中傷する者もいました。「別に驚くほどのことじゃない。悪霊を追い出すことなんか朝飯前だろう。なにしろイエスは、悪霊の王ベルゼブル(サタン)の力をもらっているのだから。」
16 またほかの者は、ほんとうにイエスがメシヤ(救い主)なら、その証拠に、何か天からのしるしを見せてほしいと求めました。
17 そういう一人一人の心を見抜いて、イエスは言われました。「内乱の絶えない国は滅びます。争ったり、けんかばかりしている家庭も同じことです。
18 あなたがたの言うように、ベルゼブルがわたしに悪霊を追い出す力を与えて、自分自身と戦っているとしたら、どうしてサタンの国はやっていけるでしょう。
19 あなたがたの仲間にも、悪霊を追い出す人がいるではありませんか。もしわたしがベルゼブルの力で悪霊を追い出しているというのなら、彼らだってそうでしょう。あなたがたの考えが正しいかどうか、その人たちに聞いてみたらどうです。
20 しかし、わたしが神の力で悪霊を追い出しているのなら、もう神の国があなたがたのところに来ている証拠です。
21 強く、完全武装したサタンが宮殿を守っているうちは、彼の国は安泰です。
22 しかし、もっと強く、もっと強力な武器を持った者が襲いかかったら、難なく倒され、武器も持ち物も、一つ残らず取り上げられてしまうでしょう。
23 わたしに味方しない者はみな敵です。助けてくれない者はじゃまをする者です。
24 悪霊が人から追い出されると、別の住みかはないかと荒野をあちこちうろつき回ります。ところが適当な場所が見つからないので、やっぱりもとの所へ戻って行きます。
25 帰って見ると、もとの家はすみずみまで掃除が行き届き、きれいになっています。
26 すると、自分よりたちの悪い七つの悪霊を連れて来て住みつくのです。そうなったら、その人の状態は以前よりもっと悪くなります。」
27 こう話しておられると、群衆の中から、一人の女が感きわまって叫びました。「あなたのお母様はなんと幸せな方でしょう!あなたを宿したお腹、あなたの吸った乳房はなんと祝福されているでしょう!」
28 しかしイエスは、「そのとおりです。でも、神のことばを聞いて、そのとおり実行する人のほうが、もっと祝福されているのです」と言われました。
29 群衆の数はどんどんふくれ上がる一方でした。そこで、イエスは教え始められました。「今の時代は、悪のはびこる悪い時代です。人々は寄ってたかって、メシヤなら何か不思議なしるしを起こして見せろと、しつこく求めます。けれども、見せられる証拠はただ一つ、ヨナの奇跡だけです。
30 ヨナの経験は、ニネベの人たちの目に、神がヨナを派遣されたことの明らかな証拠と映りました。わたしも、このヨナと同じような経験をします。それが、わたしをこの世の人たちのところへ遣わしたのは神だという、動かぬ証拠となるのです。
31 さばきの日には、シェバの女王が立ち上がり、この時代の人々を名指しで断罪します。彼女は、ソロモンから知恵のことばを聞くために、あれほど遠い国から旅して来ることをいとわなかったからです。けれども、そのソロモンよりはるかに偉大な者が、ここにいるのです。それなのに、だれ一人見向きもしません。
32 ニネベの人たちも立ち上がり、この時代の人々を罪に定めます。彼らはヨナの教えを聞いて、それまでの堕落しきった生活を悔い改めたからです。けれども、そのヨナよりもっと偉大な者が、ここにいるのです。ところが、耳を傾ける人は一人もいません。
33 ランプをつけて、わざわざそれを隠す人がいますか?ランプは部屋を明るく照らすものだから、燭台の上に置かなければ何にもなりません。
34 目は、心の中まで明るくします。澄みきった目は、たましいの中まで光を通します。肉欲に汚れた目は、光をさえぎり、あなたを暗闇に閉じ込めてしまいます。
35 ですから、光がおおい隠されないように、よく気をつけなさい。
36 心の内面が光で満ちあふれている人は、顔も、光をあてられたように明るく輝きます。」
37 話が一段落したところで、あるパリサイ人がイエスを食事に招待しました。イエスは誘われるまま彼の家に行き、食卓に着かれました。ところが、その時、イエスはきよめの手洗いをなさいませんでした。この儀式はユダヤでは必ず行う習慣だったので、それを見た家の主人は驚きました。
38 -
39 イエスはおっしゃいました。「あなたがたパリサイ人は、確かに外側はきれいに洗います。しかし、内側はどうですか。汚れたままで、貪欲や邪悪でいっぱいではありませんか。
40 愚かな人たち。神は外側だけを造られたのですか。神は内側も造られたのです。
41 内面のきよさは行いに表れます。貧しい人たちにどれだけ愛を実践するかによって、はっきりと表れるのです。
42 あなたがたパリサイ人は、実にいまわしい者です。どんなわずかな収入でも、実にきちょうめんに十分の一をささげていながら、正義を行うことと神を愛することは、きれいさっぱり忘れているのですから。もちろん、十分の一献金は大いにけっこうです。しかし、もっと大切なことをなおざりにしては意味がありません。
43 あなたがたパリサイ人は、実にいまわしい者です。会堂で上座に座ったり、市場で、みんなからていねいなあいさつを受けたりするのが、何より好きなのです。
44 そんなあなたがたを待っているのは何でしょう。恐ろしいさばきです。あなたがたはまるで、野原にある、人目につかない墓のようです。人々は、汚れたものが近くにあるとは気づかず、平気でそばを通り過ぎるのです。」
45 そばに立って話を聞いていた律法の専門家が、我慢がならないといったふうに、食ってかかりました。「ことばがすぎませんか。私たちを侮辱することを言うとは。」
46 イエスは言われました。「そんなことはありません。律法の専門家たち。あなたがたにも恐ろしいさばきが待ち受けているのです。とうてい実行できない命令を与えて、人々を押しつぶしておきながら、自分は守ろうともしないのですから。
47 あなたがたは、いまわしい者です。昔、預言者たちを殺した先祖とそっくりです。
48 人殺しと少しも変わりません。先祖が殺した預言者たちの記念碑を建て、『先祖は正しかった』と認めているのですから。だから、あなたがたも、きっと同じことをしたでしょう。
49 神はこう言っておられます。『わたしは預言者や使徒たちを派遣します。しかしあなたがたは、彼らを殺したり、迫害したりするのです。』
50 今の時代に生きるあなたがたは、世界の初めからずっと、すなわち、アベルが殺された時(創世四・八)から、ザカリヤが聖所と祭壇との間で殺された時(Ⅱ歴代二四・二〇~二二)まで、神の預言者たちを殺し続けてきた責任を問われます。そうです。確かにあなたがたには責任があるのです。
51 -
52 律法の専門家たちよ、あなたがたはわざわいです。人々の目から真理を隠しているのですから。あなたがたは自分が真理を信じないばかりか、ほかの人たちが信じるチャンスまでも奪っているのです。」
53 それは、パリサイ人や律法の専門家たちに激しい敵対心を生じさせました。この時からです。彼らがむずかしい質問を矢のようにあびせて、何とかイエスをわなにかけ、逮捕する口実を得ようとし始めたのは。
54 -
1 そのうちに、群衆の数はますますふくれ上がり、足の踏み場もない有様です。イエスはまず、弟子たちに警告なさいました。「何よりも、パリサイ人の偽善ぶりに注意しなさい。ほんとうは悪いことをたくらんでいるのに善人ぶる者たちのやり方に、ごまかされてはいけません。
2 しかし、そういう偽善は、いつまでも隠しおおせるものではありません。やがてパン種(パンの製造に使用する酵母)のようにふくれ始め、だれの目にもはっきりします。
3 暗闇にまぎれて言ったことがみな、明るみで聞かれ、奥の部屋でささやいたことが屋上から大声で宣伝されるのです。
4 親しい友よ。体を殺しても、たましいには指一本ふれることができない者たちを恐れてはいけません。
5 ほんとうに恐れなければならない方を教えましょう。殺した後に、地獄に投げ込む力を持っておられる神を恐れなさい。神こそ、ほんとうに恐れなければならない方です。
6 雀五羽はいったい、いくらで売られていますか。たったの二アサリオン(一日分の賃金一デナリの八分の一)ではありませんか。こんな雀の一羽でさえ、神はお見捨てにならないのです。
7 それどころか、あなたがたの髪の毛の数さえご存じです。だから、恐れることはありません。あなたがたは、たくさんの雀よりはるかに価値があるのですから。
8 次のことをはっきりさせておきましょう。この地上で、わたしを友とはっきり認める人を、メシヤであるわたしも、天使の前で、確かにわたしの友だと認めます。
9 だが、もし人前でわたしを知らないと言うなら、わたしも天使の前で、こんな人は見覚えもないと言います。
10 たとえ、わたしに逆らっても赦されます。しかし、聖霊を汚す者は絶対に赦されないのです。
11 裁判を受けるために役人や会堂の権力者たちの前に引き出されても、どう釈明しようかなどと心配してはいけません。
12 聖霊が、時にかなったことばを教えてくださるからです。」
13 その時、群衆の中から一人の男が叫びました。「先生!どうぞ兄に、父の遺産を分けてくれるよう言ってください。」
14 「だれがわたしを、そんなことの裁判官にしたのですか。」
15 続けてイエスは群衆に言われました。「貪欲にはくれぐれも注意しなさい。どんな金持ちでも、人のいのちは財産とは無関係なのですから。」
16 それからイエスは、たとえ話を一つなさいました。「ある金持ちが、良い作物のとれる肥えた畑を持っていました。
17 倉はいっぱいで、収穫物を全部納めきれないほどです。あれこれ考えたあげく、うまい考えを思いつきました。
18 『こうすればいい。あの倉を取りこわして、もっと大きいのを建てる。そうすれば、作物を全部納められる。』
19 ひとり満足した金持ちは、われとわが身に言い聞かせたのです。『もう何も心配はいらないぞ。これから先何年分もの食料がたっぷりある。さあ、食べて、飲んで、楽しくやろう。』
20 しかし神は、こう言われました。『愚か者よ!あなたのいのちは、今夜にもなくなる。そうしたら、ここにある物は、いったいだれのものになるのか。』
21 いいですか。この地上でいくらため込んでも、天国に財産を持っていない者は、愚か者なのです。」
22 それからまた、弟子たちのほうを向き、先を続けられました。「ですから、言っておきましょう。食べ物は十分か、着る物はあるか、といったことでいちいち心配するのはやめなさい。
23 人のいのちは、食べ物や着る物よりどれだけ価値があるか知れないのです。
24 からすを見なさい。種もまかず、刈り入れもせず、倉を持っているわけでもありません。それでもゆうゆうと構えていられるのは、神が養ってくださるからです。神の目には、からすなどより、あなたがたのほうが大切なのです。
25 それに、くよくよしたところで、どうにもなりません。心配すれば、寿命が一日でも延びるのですか。
26 こんな小さなことさえできない者が、もっと大きなことを心配したところで何になるでしょう。
27 ゆりの花を見なさい。どうして育つのでしょう。紡いだり、織ったりするわけではありません。栄華をきわめたソロモンでさえ、この花ほど着飾ってはいませんでした。
28 今日は咲き誇っていても、明日はしぼんでしまう花でさえ、神はこのように装ってくださるのです。そうだとしたら、疑い深い人たちよ、神がどんなに良くしてくださるかとは考えないのですか。
29 何を食べようか、何を飲もうかと心配をするのはやめなさい。神が用意してくださるのに、思いわずらってはいけません。
30 人は毎日のパンのためにあくせく働きますが、天の父は、あなたがたが必要なものをすべてご存じなのです。
31 神の国を第一に考えるなら、神は私たちに必要なものを毎日与えてくださるのです。
32 また、たとえ少数派でも恐れることはありません。神は喜んで、あなたがたを神の国に導いてくださるのです。
33 持ち物を売り払って、貧しい人たちに分けてあげなさい。そうすれば、天にある財布はふくらんで、はち切れそうになること間違いありません。ところが、この財布は破れもしなければ、穴があくこともないから、財産がなくなることは絶対にありません。どろぼうに盗まれることも、虫に食われる心配もありません。
34 宝のある所に、自分の心と思いもあるのです。
35 きちんと身じたくを整え、あかりをともしていなさい。
36 主人が婚礼から戻るのを待っている人のように。こうしていれば、主人がノックすると同時に、戸を開けて迎えることができます。
37 そのように忠実な姿を見られる人は幸いです。主人は感心して、食卓で、反対に自分のほうから給仕してくれるでしょう。
38 主人の帰りは夜の九時になるか、真夜中になるかわかりません。しかし、いつ帰って来てもいいように準備のできている人は幸いです。
39 どろぼうがいつ入るかわかっていれば、家人は、てぐすね引いて待ちかまえているでしょう。同様に、主人の帰りが何時ごろかはっきりわかっていれば、準備をして待つのはあたりまえです。
40 だから、いつでも用意していなさい。メシヤのわたしは、思いがけない時に来るのです。」
41 ペテロが、いぶかしげに尋ねました。「主よ。今のお話は、私たちにだけ話されたのですか。それとも、ここにいるみんなのためなのですか。」
42 イエスは、お答えになりました。「では、こう言えばわかるでしょうか。主人の留守中、ほかの召使たちの面倒を見る責任を負わされた、忠実で賢い人たちに話しているのです。主人が戻った時、かいがいしく働いているところを見られるなら、ほんとうに幸いです。主人から全財産を任されることになるでしょう。
43 -
44 -
45 ところが、『主人はまだまだお帰りになるまい』とたかをくくり、召使たちを打ちたたき、食べたり飲んだりしていたらどうでしょう。
46 主人は出し抜けに帰って来て、この有様を見ます。不届き者は、責任ある地位からはずされ、不忠実な者と同じ仕事につけられるのでしょう。
47 自分の義務を心得ながら、果たそうとしなかった罰です。
48 しかし、自分でも気がつかないうちに悪いことをした人の罰は、軽くてすみます。だれでも多く与えられた者は多く求められ、多く任された者は多く要求されるのです。
49 わたしは、この地上に火を投げ込むために来ました。ああ、この仕事がもうすでに終わっていたらよかったのですが。
50 しかし、わたしには受けるべきバプテスマ(洗礼)が待っています。それが成し遂げられるまで、どんなに苦しむことでしょう。
51 このわたしが、地上に平和を与えるために来たと思っているとしたら、そうではありません。それどころか、争いと分裂を引き起こすために来たのです。
52 今から後、家庭内に分裂が生じるでしょう。五人家族であれば、三人対二人というように、わたしに賛成するか反対するかで分かれて争うことになります。
53 わたしのことで、息子は父に逆らうでしょう。母と娘は一致しなくなり、しゅうとめも嫁に退けられるでしょう。」
54 群衆にもこう語られました。「あなたがたは天気を予測するのがとても上手です。西の空に雲がわき上がれば、『にわか雨が来る』と言い、まさにそのとおりになります。
55 また南風が吹けば、『ひどく暑い日になるぞ』と言い、それもまた予測どおりになるのです。
56 偽善者たちよ!これほど上手に空模様を見分けられるのに、目前に迫る危機については少しの注意もはらおうとしないのですか。
57 どうして、何が正しいかを見分けようとしないのですか。
58 裁判所へ行く途中、あなたを訴える人と出会ったら、裁判官の前に出るまでに、問題を解決するよう努力しなさい。さもないと、牢獄に入れられてしまいます。
59 そうなったら、最後の一レプタ(最小単位の銅貨)まで罰金を払いきらなければ、出してもらえないのです。」
1 そのころ、ガリラヤ出身のユダヤ人が数名、エルサレムの神殿で供え物をしていた時、ピラトに殺害されたというニュースが、イエスに伝えられました。
2 これを聞いたイエスは言われました。「この人たちが、ほかのどのガリラヤ出身の人よりも罪が深かったから、こんな災難に会ったと思いますか。
3 それは違います。あなたがたも、悔い改めて神に立ち返らなければ、同じように滅びるのです。
4 また、シロアムの塔の下敷きになって、十八人が死にました。彼らのことはどう思いますか。エルサレムで一番罪深い人たちだったのでしょうか。
5 そんなことはありません。あなたがたも罪を悔い改めないなら、同じように滅びるのです。」
6 そして、次のようなたとえを話されました。「ある人が、ぶどう園にいちじくの木を植えました。そして、実がなっているかどうか、何度も見に行きました。ところが、期待はいつも裏切られてばかりです。
7 とうとう主人は怒って、『こんなろくでもない木は切り倒してしまいなさい』と番人に命じました。『三年も待ったのに、一つも実がなったためしがない。もうこれ以上、手をかけることはない。何のために土地をふさいでいるのか。』
8 すると番人は、何とか思いとどまらせようと、なだめにかかりました。『ご主人様。もう一年だけお待ちください。念入りに肥料をやってみましょう。
9 それで来年実がなれば、もうけものです。だめなら、それから切り倒しても遅くはありません。』」
10 ある安息日のこと、イエスは会堂で教えておられました。
11 そこに、十八年もの間、病で腰が曲がったきりで伸ばすことのできない女がいました。
12 イエスが女をそばへ呼び、「さあ、あなたの病気は治りました」とおっしゃって、
13 手をふれると、女の腰は伸びました。女は喜びを抑えきれず、神をあがめ、賛美しました。
14 ところが、会堂の責任を持っていた、この地方のユダヤ人指導者は、それが安息日だというので腹を立て、群衆に怒りをぶちまけました。「よりによって安息日に病気を治してもらうなど、もってのほかだ!仕事のできる日は、一週間に六日もあるのだから、その間に治してもらえばいいのだ。」
15 しかし、イエスは言われました。「いいえ、あなたがたこそ偽善者です。安息日に働いていないと言いきれるのですか。安息日でも、家畜を小屋から出して、水を飲ませに連れて行くではありませんか。
16 わたしは今、十八年もの間サタンに束縛されていた、ユダヤ人の女を解放してあげたのです。たまたまそれが安息日だったからといって、どこがいけないのですか。」
17 このイエスのことばに、敵対する者たちは恥じ入り、群衆はみな、イエスの行ったすばらしいみわざを喜びました。
18 そこでイエスは、神の国について教え始められました。「神の国は何に似ているでしょう。どういうふうに説明したらいいでしょう。
19 神の国は、畑にまいた小さなからし種のようです。やがて大きな木に成長し、鳥が枝に巣をかけるほどになるのです。
20 また神の国は、パン種のようだとも言えます。目には見えないけれども、少しずつ確実に作用して、パン全体を大きくふくらませるのです。」
21 -
22 イエスは町々村々を通り、人々に教えながら、ひたすらエルサレムへと進んで行かれました。
23 ある人がイエスに、「救われる人は少ないのでしょうか」と尋ねました。イエスはお答えになりました。
24 「天国への門は狭いのです。できるかぎりの努力をして、そこから入りなさい。よく言っておきますが、入ろうとしても、入れない人がたくさんいるのです。
25 家の主人が戸を閉めてからでは遅すぎます。外に立ち、どんどんたたきながら、『ご主人様!開けてください、お願いでございます』と、なりふりかまわず頼んでも、中からは、『おまえたちなど全然知らない』と、冷たい返事が返ってくるだけです。
26 あなたがたはそれでもあきらめず、『何かのまちがいでは?私たちは、あなたと食事をごいっしょしたこともありますし、大通りで教えをいただきました』と食い下がるでしょう。
27 けれども主人は、けんもほろろに答えるのです。『おまえたちなど知らないと言うのが、聞こえないのか。おまえたちのような者は、ここには入れないのだ。とっとと行ってしまいなさい。』
28 アブラハム、イサク、ヤコブ、それに預言者たちもみな神の国に入っているのに、あなたがたはいつまでも外に立ち尽くして、泣きわめき、歯ぎしりするのです。
29 人々は、あちらからもこちらからも来て、神の国に迎え入れられ、席に着きます。
30 いいですか。このことを肝に銘じておきなさい。今は軽んじられている者が、その時には大いにほめたたえられ、今は重んじられている者が、その時には最も軽んじられるのです。」
31 ちょうどその時、数人のパリサイ人が近寄って来て、イエスに忠告しました。「いのちが惜しかったら、ここから出て行きなさい。ヘロデ王があなたを殺そうとねらっています。」
32 イエスはお答えになりました。「あのきつねにこう言ってやりなさい。今日も、明日も、わたしは悪霊を追い出し、病人をいやし、そして三日目に目的を果たします。
33 今日も、明日も、その次の日も、わたしは進んで行くのです。神から遣わされた預言者が、エルサレム以外の場所で殺されることはありえないからです。
34 ああ、エルサレムよ。なんという町でしょう。預言者たちを殺し、町を救うために遣わされた人たちを石で打ち殺すとは。めんどりがひなを翼の下にかばうように、わたしは何度あなたの子どもたちを集めようとしたことでしょう。しかし、あなたがたはそれを拒んだのです。
35 だから今、あなたがたの家は荒れ果てたまま見捨てられます。はっきり言いましょう。あなたがたが、『主の名によって来られる方、祝福あれ』と言うその日まで、わたしの姿を二度と見ることはないのです。」
1 ある安息日のこと、イエスはパリサイ派の指導者の家に入られました。パリサイ人たちは、イエスがその場にいた水腫を患っている男をどうするかを、息をこらし、目をさらのようにして見ていました。
2 -
3 するとイエスは、回りに立っているパリサイ人や律法の専門家たちに、「ところで、安息日に病気を治すことは、おきてにかないますか。それとも違反でしょうか」とお尋ねになりました。
4 だれも、押し黙って答えません。イエスは男の手を取り、病気を治すと、すぐに家にお帰しになりました。
5 それから、パリサイ人たちに面と向かってお尋ねになりました。「あなたがたのうちで、安息日に絶対働かない者がいますか。自分の息子や牛が穴に落ちたら、安息日だろうが何だろうが、すぐに引き上げてやるのではありませんか。」
6 今度も、あえて答える者はいませんでした。
7 イエスは、招かれた人たちが、少しでも上席に座ろうとしているのに気づいて、こう忠告されました。
8 「婚礼に招かれた時、いつでも上席に座ろうとしてはいけません。あなたよりもっと名誉ある人が招かれていた場合のことを考えてごらんなさい。その人が姿を見せたら、
9 主人は、『すみませんが、こちらの方と替わっていただけませんか』と申し出るでしょう。そうなると、あなたは赤恥をかいた上に、末席に着かなければならないのです。
10 招かれた時には、まず末席に座りなさい。そうすれば、主人が来て、『どうぞご遠慮なさらないで、もっと上席にお進みください』と勧めるでしょう。あなたは居並ぶ客の前で面目を施すことになるのです。
11 自分から名誉を受けようとする人は低くされ、自分を低くする人は名誉を受けるのです。」
12 それからイエスは、ご自分を招いてくれた人にも話されました。「食事をふるまう時には、友人や兄弟、親類、それにお金持ちの知人などを招かないようにしなさい。彼らはお返しに、あなたを招くからです。
13 むしろ、貧しい人や体の不自由な人、足の不自由な人、盲人たちを招待しなさい。
14 幸い、そういう人たちはお返しができないので、やがて神を敬う者たちの復活の日に、神があなたにその分を報いてくださるでしょう。」
15 この忠告を聞いて、同席していた客の一人が、「神の国で食事をする、それ以上の幸せ者はいないでしょう」と言いました。
16 イエスは、遠回しにたとえでお答えになりました。「ある人が盛大な宴会を催そうと、大ぜいの人に招待状を送りました。
17 準備がすっかり整ったので、召使に、『宴会が始まる時間です』とふれ回らせました。
18 ところがなんと、招待客はみな、そろいもそろって口実をつくり、出席を断り始めたのです。一人は、ちょうど畑を買ったところなので、これから見に行かなければならないと断り、
19 ほかの人は、五くびき(十頭)の牛を買ったので試してみたいと言いわけをしました。
20 またある人は、結婚したばかりで行くことができないと断りました。
21 召使は戻り、そのとおり主人に報告しました。主人はかんかんになって怒り、『よし、それなら、今度は大通りや裏通りに行って、貧しい人や体の不自由な人、足の不自由な人、盲人たちを残らず招待して来なさい』と命じました。
22 そうやって客を集めても、会場にはまだ空席が目立ちます。
23 それで、主人は言いました。『もうこうなったら、家がいっぱいになるように、街道や垣根の外へ行って、出会った者はだれでも、むりにでも連れて来なさい。
24 初めに招待した者たちの中には、宴会の食事を味わうことのできる者は一人もいないのだ。』」
25 さて、イエスのあとには大ぜいの群衆がついて行きました。イエスはふり返り、彼らに言われました。
26 「だれでも、わたしに従いたければ、父、母、妻、子、兄弟、姉妹以上に、いや、自分のいのち以上にわたしを愛しなさい。
27 また、自分の十字架を負い、わたしに従って来なければ、わたしの弟子になることはできません。
28 仕事に手をつけるのは、必要な経費を見積もってからにしなさい。家を建てるのに、資金の見通しが立たないうちに建て始める人がいますか。
29 そんなことをすれば、土台を据えただけで、資金切れとなるかもしれません。それこそいい物笑いです。
30 人々は、『あれをごらん。建てかけで金がなくなったんだとさ』と、あざ笑うでしょう。
31 また、一万人の兵を持つ王が、二万人の敵軍と交戦しようとする時は、必ず参謀会議を開き、はたして勝ち目があるかどうか、あらゆる角度から検討するでしょう。
32 どうしても勝ち目がないとわかれば、敵軍がまだ遠くにいるうちに使者を送り、何としても講和を求めるでしょう。
33 そういうわけで、だれでも、自分の財産を数え上げ、それを全部わたしのために捨てるのでなければ、わたしの弟子になることはできません。
34 塩が塩けをなくしたら、何の役に立ちますか。
35 塩の価値のない塩など、肥やしにもなりません。捨てるほかないのです。聞く耳のある人は、よく聞きなさい。」
1 イエスの教えを聞きに来る人たちの中には、あくどい取り立てをする取税人や罪人といわれる者たちがかなりいました。
2 ユダヤ教の指導者や律法の専門家は、イエスがそういう問題の多い人々とつきあい、時には食事までいっしょにするのを見て、批判しました。
3 そこでイエスは、次のようなたとえ話をなさいました。
4 「羊を百匹持っているとします。そのうちの一匹が迷い出て、荒野で行方がわからなくなったらどうしますか。ほかの九十九匹は放っておいて、いなくなった一匹が見つかるまで捜し歩くでしょう。
5 そして、見つかったら、大喜びで羊を肩にかつぎ上げ、
6 家に帰ると、さっそく友達や近所の人たちを呼び集めて、いっしょに喜んでもらうでしょう。
7 それと同じことです。迷い出た一人の罪人が神のもとに帰った時は、迷ったことのない九十九人を合わせたよりも大きな喜びが、天にあふれるのです。
8 別のたとえで話してみましょう。女が銀貨を十枚持っていて、もし一枚なくしてしまったら、女はランプをつけ、家の中をすみからすみまで掃除して、その一枚を見つけるまで、必死で捜し回るでしょう。
9 そして見つけ出したら、友達や近所の人を呼び、いっしょに喜んでもらうでしょう。
10 同じように、一人の罪人が罪を悔いて神のもとに帰った時、天使たちはたいへんな喜びにわくのです。」
11 イエスはもっとよく説明しようと、また別のたとえも話されました。「ある人に息子が二人いました。
12 ある日、弟のほうが出し抜けに、『お父さん。あなたが亡くなってからでなく、今すぐ財産の分け前がほしいんです』と言いだしたのです。それで父親は、二人にそれぞれ財産を分けてやりました。
13 もらう物をもらうと、何日もたたないうちに、弟は荷物をまとめ、遠い国に旅立ちました。そこで放蕩に明け暮れ、財産を使い果たしてしまいました。
14 一文なしになった時、その国に大ききんが起こり、食べる物にも事欠くようになりました。
15 それで彼は、その国のある人のもとで、畑で豚を飼う仕事をもらいました。
16 あまりのひもじさに、豚のえさのいなご豆さえ食べたいほどでしたが、だれも食べる物をくれません。
17 こんな毎日を送るうち、彼もやっと目が覚めました。『お父さんの家なら雇い人にだって、あり余るほど食べ物があるだろうに。なのに自分は、なんてみじめなんだ。こんな所で飢え死にしかけている。
18 そうだ、家に帰ろう。帰って、お父さんに頼もう。「お父さん。すみませんでした。神様にもお父さんにも、罪を犯してしまいました。
19 もう息子と呼ばれる資格はありません。どうか、雇い人として使ってください。」』
20 決心がつくと、彼は父親のもとに帰って行きました。ところが、家まではまだ遠く離れていたというのに、父親は息子の姿をいち早く見つけたのです。『あれが帰って来た。かわいそうに、あんなみすぼらしいなりで。』こう思うと、じっと待ってなどいられません。走り寄って抱きしめ、口づけしました。
21 『お父さん。すみませんでした。ぼくは、神様にもお父さんにも、罪を犯してしまいました。もう息子と呼ばれる資格はありません。』
22 ところが父親は、使用人たちにこう言いつけたのです。『さあ、何をぼやぼやしている。一番良い服を出して、この子に着せてやりなさい。宝石のついた指輪も、くつもだ。
23 それから肥えた子牛を料理して、盛大な祝宴の用意をしなさい。
24 死んだものとあきらめていた息子が生き返り、行方の知れなかった息子が帰って来たのだから。』こうして祝宴が始まりました。
25 ところで、兄のほうはどうだったでしょう。彼は、その日も畑で働いていました。家に戻ってみると、何やら楽しげな踊りの音楽が聞こえます。
26 いったい何事かと、使用人の一人に尋ねると、
27 『弟さんが帰って来られたのです。だんな様は、たいへんなお喜びで、肥えた子牛を料理し、ご無事を祝う宴会を開いておられるのです』というのです。
28 事情を聞いて、兄は無性に腹が立ってきました。家に入ろうともしません。父親が出て来てなだめましたが、
29 兄は父に食ってかかりました。『私はこれまで、お父さんのために汗水流して働いてきました。お父さんの言いつけに、ただの一度もそむいたことはありません。なのに、友達と宴会を開けと言って、子やぎ一匹くれたことがありますか。
30 ところが、遊女におぼれてあなたのお金を使い果たした弟のためには、最上の子牛を料理して、お祭り騒ぎをするのですか。』
31 すると、父親は言いました。『いいか、よく聞きなさい。おまえはいつだって、私のそばにいたではないか。私のものは全部おまえのものだ。
32 考えてもみなさい。あれはおまえの弟なのだよ。死んだと思ってあきらめていたのが、無事に帰って来たのだ。いなくなっていたのが見つかったのだから、お祝いするのはあたりまえではないか。』」
1 さてイエスは、弟子たちにも話をされました。「ある金持ちが会計の管理者を雇いました。ところが、この管理者はずる賢い男で数字をごまかしている、といううわさを聞きました。
2 さっそく金持ちは彼を呼びつけて、言いました。『帳簿をごまかしているという、もっぱらのうわさだ。なんということをしたのか。もう任せておけないから、やめてもらおう。報告書を出しなさい。』
3 男は考え込みました。『さて、どうしたものか。首になるのは時間の問題だ。力仕事はできないし、かといって、物ごいをするのも恥だ。
4 待てよ。そうだ、こうしよう。これなら、いつ首になっても、みんなが面倒を見てくれるに違いない。』
5 どうしたかというと、彼は雇い主からお金を借りている人を一人一人呼び出して、話し合ったのです。まず、最初の人とはこんなぐあいに。『主人にいくら借りがありますか。』
6 『オリーブ油百バテ(三千五百リットル)です。』『そうですか。これが証文ですね。さあ、これを破って。代わりに、その半分を借りたという証文を書くのです。』
7 次の人にも同じように、『あなたの借りはどのくらいですか。』『小麦百コル(三十トン)です。』『いいでしょう。では、新しく八十コルの証文を書いてください。これと取り替えてあげるから。』
8 この抜け目のなさには、さすがの金持ちも舌を巻き、うまいやり方だ、とほめないわけにはいきませんでした。確かに、この世の人々のほうが、神を信じる者たちよりずっと抜け目がないのです。
9 不正の富を利用してでも、親しい友をつくりなさい。そうしておけば、富がなくなった時、親切にしてやった人たちが、永遠の天の住まいに迎え入れてくれるでしょう。
10 小さなことに忠実な人は、大きなことにも忠実です。小さなことに不忠実な人は、大きな責任を与えられても、忠実に果たすことはできません。
11 この世の富も任せられない人に、どうして、天にあるほんとうの富を任せることができるでしょう。
12 他人の富に忠実でなかったら、自分の富さえ任せてもらえないのです。
13 だれも、二人の主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方に忠実であるか、あるいは、一方を重んじて他方は軽んじるようになるからです。神と富の両方に仕えることはできないのです。」
14 何よりもお金に目のないパリサイ人たちは、この話を聞いて、イエスをあざけりました。
15 そんな彼らに、イエスはおっしゃいました。「あなたがたは、人前ではいかにも上品でうやうやしい態度をとっています。しかし神は、あなたがたの悪い心をお見通しです。いくら人の目をごまかし、賞賛を受けても、神には憎まれるのです。
16 バプテスマのヨハネが現れて教えを説き始めるまで、モーセの律法と預言者たちのことば(旧約聖書)が、あなたがたの指針でした。しかしヨハネ以後は、神の国の福音が宣べ伝えられ、大ぜいの人がむりにでも入ろうと、押し合いへし合いしています。
17 しかし、律法の一つでも効力を失ったわけではありません。たとえ天地が滅びようと、律法はびくともしないのです。
18 だれでも、妻を離縁してほかの女と結婚する者は、姦通罪を犯すことになり、夫に離縁された女と結婚する者も同罪なのです。」
19 イエスは話を続けられました。「ある金持ちがいました。きらびやかな服を着、ぜいたく三昧の暮らしでした。
20 ある日のこと、その家の門前に、ひどい病気にかかったラザロという物ごいが横になっていました。
21 金持ちの家の食べ残しでもいい、とにかく食べ物にありつきたいと思っていたのです。かわいそうに、犬までがおできだらけのラザロの体をなめ回しています。
22 やがて彼は死にました。天使たちに連れられて行った先は、生前神を信じ、正しい生活を送った人たちのところでした。そこで、アブラハムのそばにいることになったのです。そのうち、あの金持ちも死んで葬られましたが、
23 彼のたましいは地獄に落ちました。苦しみあえぎながら、ふと目を上げると、はるかかなたにアブラハムといっしょにいるラザロの姿が見えます。
24 金持ちはあらんかぎりの声を張り上げました。『アブラハム様!どうぞお助けを。お願いでございます。ラザロをよこし、水に浸した指先で、ほんのちょっとでも舌を冷やさせてください。この炎の中で、苦しくてたまりません。』
25 しかし、アブラハムは答えました。『思い出してみなさい。おまえは生きている間、ほしい物は何でも手に入れ、思うままの生活をした。だがラザロは、全くの無一物だった。それで今は反対に、ラザロは慰められ、おまえは苦しんでいる。
26 それに、そちらとの間には大きな淵があって、とても行き来はできないのだ。』
27 金持ちは言いました。『ああ、アブラハム様。それならせめて、ラザロを私の父の家にやってください。
28 まだ五人の兄弟が残っているのです。彼らだけは、こんな目に会わせたくありません。どうぞ、この恐ろしい苦しみの場所があることを教えてやってください。』
29 『それは聖書が教えていることではないか。その言うことを聞くべきだ。』
30 金持ちはあきらめません。『でも、アブラハム様。彼らは聖書を読みたがらないのです。ですが、もしだれかが死人の中から遣わされたら、彼らも罪深い生活を悔い改めるに違いありません。』
31 アブラハムはきっぱり言いました。『モーセと預言者たちのことばに耳を貸さないのなら、だれかが生き返って話したところで、彼らは聞き入れないだろう。』」
1 ある日のこと、イエスは弟子たちにお話しになりました。「罪を犯させようとする誘惑は、いつもあなたがたにつきまとっています。誘惑する者はいまわしいものです。
2 これら小さい者の心につまずきを与える者は、首に大きな石をくくりつけられて、海に投げ込まれるほうがましです。
3 いいですか。友達が罪を犯したら、注意してあげなさい。そして悔い改めたら、赦してあげなさい。
4 あなたに対して日に七度罪を犯しても、そのたびに『悪かった。赦してくれ』とあやまるなら、赦してあげなさい。」
5 ある日、使徒たちが主に、「もっと信仰が強くなりたいのですが、どうしたらいいでしょう」と尋ねました。
6 イエスの答えはこうでした。「ほら、あそこに桑の木があるでしょう。ほんの小さな、からし種ほどの信仰でもあれば、あの木を根こそぎ海の中へ投げ込むことぐらい簡単なことです。そう命令しさえすれば、たちまちそのとおりになります。
7 ところで、畑を耕すか、羊の番をするかして一日中働いた奴隷が、帰って来るなりどっかと腰をおろし、食事を始めるなどということがあるでしょうか。まず主人の食事のしたくをし、給仕をすませ、それから自分の食事をするのが普通です。しかも、そうしたからといって取り立てて感謝されるわけでもありません。当然のことをしただけです。
8 -
9 -
10 あなたがたがわたしに従って来るのも同じことです。『私たちはただ、するべきことを果たしているにすぎないのです』と言いなさい。」
11 一行はエルサレムを目指して進み、途中サマリヤとガリラヤの境を通りました。
12 ある村に入ると、十人のツァラアトの人がずっと向こうのほうから、
13 「イエス様!どうぞお助けを!」と大声で叫んでいました。
14 イエスはそちらに目をやり、「さあ、祭司のところへ行き、ツァラアトが治ったことを見せてきなさい」と言われました。彼らがそのとおり出かけて行くと、途中でツァラアトはきれいに治りました。
15 その中の一人が、イエスのところに引き返し、足もとにひれ伏して、「ありがとうございます。おっしゃるとおり、すっかりよくなりました。神様に栄光がありますように」と言いました。実はこの人は、ユダヤ人から軽蔑されていたサマリヤ人でした。
16 -
17 「はて、十人全部がいやされたはずだが、ほかの九人はどうしたのですか。
18 神を賛美するために帰って来たのは、この外国人のほかにはいないのですか。」
19 こう言ってから、イエスはその男に、「さあ、立って帰りなさい。あなたの信仰があなたを治したのです」と言われました。
20 ある日、パリサイ人たちがイエスに尋ねました。「神の国はいったい、いつ来るのですか。」イエスは答えて言われました。「神の国は、目に見える形では来ません。
21 『ここに来た』とか、『あそこに来た』とか言えるものではないのです。はっきり言いましょう。神の国は、あなたがたの中にあるのです。」
22 そのあとで、イエスは神の国についてもう一度、弟子たちにお話しになりました。「まもなく、一日でいいから、わたしといっしょにいたいと願っても、もういっしょにいられない日が来ます。
23 その時にはまた、『主が帰って来られた。ここにおられるぞ』とか、『いや、あそこだ』というふうに、情報が乱れ飛ぶでしょう。そんなうわさを信じたり、彼らの扇動に乗ってあとを追いかけたりしてはいけません。
24 わたしが帰って来る時には、はっきりわかるからです。ちょうど、いなずまが空の端から端までひらめき渡るように、一目瞭然なのです。
25 しかしその前に、わたしはひどい苦しみを受け、この国の人々全部から、つまはじきにされなければなりません。
26 わたしが帰って来る時、人々は、かつてのノアの時代のように、神のことなどにはまるで無関心でしょう。
27 ノアが箱舟に入り、洪水が押し寄せ、何もかも滅ぼし尽くすまで、人々は飲んだり、食べたり、結婚したり、いつもと変わらない生活をしていました(創世六章)。
28 また、ロトの時代の人々とも比べることができるでしょう。当時も、人々はいつもと同じように、食べたり飲んだり、売ったり買ったり、植えたり建てたりの生活をしていましたが、
29 ロトがソドムの町を抜け出した日に、火と硫黄が天から降り注ぎ、一人残らず滅ぼされてしまったのです(創世一九章)。
30 わたしが再び来る時も同じです。その瞬間まで、すべてがいつものとおりなのです。
31 その日、外出中の者は、荷物を取りに家へ戻ってはいけません。畑で働いている者も、家に帰ってはいけません。
32 ロトの妻がどんな目に会ったか、思い出しなさい。
33 だれでも、いのちにしがみつく者はそれを失い、いのちを捨てる者がかえってそれを自分のものにできるのです。
34 よく言っておきます。その夜二人の男が一つの部屋に寝ていると、一人は天に上げられ、一人は残されます。
35 家事をしている二人の女のうち、一人は天に上げられ、一人は残されます。また、畑でいっしょに働いている二人の男も同様です。」
36 -
37 「主よ。どこでそんなことが起こるのですか。」「死体のあるところに、はげたかも集まるのです。」
1 ある日、イエスは弟子たちに、いつでも祈り、また答えられるまで祈り続けることを教えようと、一つのたとえを話されました。
2 「ある町に、少しも神を恐れず、人を人とも思わない裁判官がいました。
3 同じ町に住む一人の未亡人が、たびたびこの裁判官のところへ押しかけ、『訴えられて困っています。どうか私を守ってください』と願い出ました。
4 裁判官はしばらくの間、相手にしませんでしたが、あまりのしつこさに我慢できなくなり、心の中でこう考えました。『私は神だろうが人間だろうがこわくないが、あの女ときたらうるさくてかなわない。しかたがない。裁判をしてやることにしよう。そうすれば、もうわずらわしい思いをしなくてすむだろう。』」
5 -
6 主は続けて言われました。「このように、悪徳裁判官でさえ音を上げてしまうのなら、
7 まして神は、昼も夜もひたすら訴え続ける信者たちを、必ず正しく取り扱ってくださるはずです。そうは思いませんか。
8 神はすぐにも答えてくださるのです。ただ問題は、メシヤのわたしが帰って来る時、いったいどれだけの人が信仰を持って祈り続けているかです。」
9 それから、自分を正しい者とし、他人を軽蔑する人たちに、こんな話をなさいました。
10 「二人の男が祈るために神殿へ行きました。一人は自尊心が強く、あくまで自分を正しいと主張するパリサイ人、もう一人は、人のお金をだまし取る取税人でした。
11 パリサイ人は心の中で祈りました。『神様。ありがとうございます。私はほかの人々、特に、ここにいる取税人のような罪人ではありません。人をだましたこともなければ、姦淫したこともありません。
12 一週間に二回は必ず断食し、全収入の十分の一もきちんと献金しています。』
13 一方、取税人は遠く離れて立ち、目を伏せ、悲しみのあまり胸をたたきながら、『神様。罪人の私をあわれんでください』と叫びました。
14 よく言っておきますが、罪を赦されて帰ったのは、パリサイ人ではなく、この罪人のほうです。高慢な者は卑しい者とされ、謙遜な者には大きな名誉が与えられるのです。」
15 ある日のことです。イエスにさわって祝福していただこうと、人々が子どもたちを連れて来ました。ところが弟子たちはそれを見て、じゃまだとしかりました。
16 するとイエスは、子どもたちを呼び寄せ、弟子たちに言われました。「いいから、子どもたちを自由に来させなさい。追い返してはいけません。
17 神の国は、この子どもたちのように、素直に信じる心を持っている人たちのものなのです。」
18 ある時、一人のユダヤ教の指導者がイエスに尋ねました。「先生。あなたは尊いお方です。そこでお聞きしたいのですが、永遠のいのちを受けるにはどうすればよいのでしょう。」
19 「わたしのことを『尊い』と言うのですか。それがどういうことか、わかっていますか。尊い方は、ただ神お一人だけです。
20 それはそれとして、質問に答えましょう。モーセの戒めはよく知っていますね。『姦淫してはいけない。殺してはいけない。盗んではいけない。うそをついてはいけない。父と母を敬え』とあります。」
21 すると、彼は言いました。「子どものころから、戒めはきちんと守ってきました。」
22 「でも、あなたには一つだけ欠けたところがあります。財産を全部売り払って、貧しい人たちに分けてあげなさい。天に宝をたくわえるのです。それから、わたしについて来なさい。」
23 このイエスのことばに、その人は肩を落として立ち去りました。たいへんな金持ちだったからです。
24 そのうしろ姿を見つめていたイエスは、弟子たちに言われました。「金持ちが神の国に入るのは、なんとむずかしいことでしょう。
25 それよりは、らくだが針の穴を通るほうが、よほどやさしいのです。」
26 これには弟子たちも驚き、思わずことばを返しました。「そんなにむずかしいのですか。だとしたら、救われる人などいるでしょうか。」
27 「人にはできません。だが、神にはできるのです。」
28 すかさずペテロが口をはさみました。「私たちは家も捨てて、お従いしました。」
29 「そうです。あなたがたのように、神の国のために、家、妻、兄弟、両親、子どもを捨てた者はだれでも、
30 この世ではその何倍もの報いを受け、やがて来る世では、永遠のいのちまでいただけるのです。」
31 ここでイエスは、十二人の弟子たちをそばに呼び寄せ、特に言って聞かせました。「あなたがたも知っているように、わたしたちはエルサレムへ行くところです。そこで、昔の預言者たちのことばどおりのことが、わたしの身に起こります。
32 わたしは外国人の手に渡され、あざけられ、侮辱され、つばをかけられ、
33 むち打たれ、ついには殺されますが、三日目に復活するのです。」
34 ところが弟子たちには、イエスの言われることが全く理解できず、「先生はきっと、なぞをかけておられるのだろう」としか考えられませんでした。
35 ほどなくエリコという町に近づくと、盲人が一人、道ばたに座り込み、通りがかりの人に物ごいをしていました。
36 大ぜいの人があわただしく通り過ぎ、あたりの様子がざわついてきたので、いったいどうしたのかと思った盲人は、そばにいた人をつかまえて尋ねました。
37 すると、ナザレのイエスがお通りになると言います。
38 盲人は、この時とばかり大声で訴えました。「イエス様!ダビデ王の子よ!どうぞ、私にあわれみを!」
39 イエスの前を進んで来た人たちが黙らせようとしましたが、そうすればするほど、ますます大声で叫び立てます。「ダビデ王の子よ!あわれみを!」
40 その時、イエスは足を止め、「あの人を連れて来なさい」と言われました。
41 それから、彼にお尋ねになりました。「わたしにどうしてほしいのですか。」「主よ。見えるようになりたいのです!」
42 「さあ、見えるようになりなさい。あなたの信仰があなたを治したのです。」
43 その瞬間、彼の目は見えるようになりました。そして、心から神をほめたたえながら、イエスについて行きました。この出来事を見ていた人たちもみな、神を賛美しました。
1 それからイエスはエリコに入り、町をお通りになりました。この町には、ローマに収める税金を取り立てる仕事をしているザアカイという男がいました。取税人の中でもとりわけ権力をふるっていた大金持ちでした。
2 -
3 このザアカイも、ひと目イエスを見ようと思いましたが、背が低かったので、いくら背伸びをしても、人垣のうしろからは何も見えません。
4 そこで、ずっと先のほうに走って行き、道ばたにあったいちじく桑の木によじ登って、見下ろしていました。
5 やがて、そこへ差しかかったイエスは足を止め、ザアカイを見上げると、「ザアカイ。早く降りてきなさい。今晩はあなたの家に泊めてもらうつもりでいますから」と言われました。
6 ザアカイはびっくりして、急いで降りると、大喜びでイエスを家に迎えました。
7 これを見ていた人々の心中は、おだやかではありません。「なにも、あの札つきの悪党の家の客にならなくても……」と言って、つぶやきました。
8 しかし、ザアカイは主の前でこう告白しました。「先生。今からは、財産の半分を貧しい人たちに分けてあげます。税金を取り過ぎた人たちには、四倍にして払い戻します。」
9 イエスは言われました。「その告白こそ、今日この家に救いが来たことのあかしです。この人も迷い出たアブラハムの子どもの一人なのだから。メシヤ(救い主)のわたしは、このような人を捜し出して救うために来たのです。」
10 -
11 イエスがいよいよエルサレムに近づくのを見て、今すぐにでも神の国が実現するのではないか、と早合点した人々がいました。その誤解を正そうと、イエスは一つのたとえ話をなさいました。
12 「ある所に身分の高い人が住んでいました。やがてその地方の王に任命されるため、遠くの都に出かけることになりました。
13 そこで、出発前に十人の家来を呼び寄せ、留守中に事業を始めるように、めいめいに一ミナ(一ミナは当時の約百日分の賃金に当たる)ずつ渡しました。
14 ところがそこの住民の中には、その人が王になるのを快く思わない人々があり、反対の声を送りつけました。
15 さて、その人は王位を受けて帰ると、さっそく資金を預けた家来たちを呼び集め、報告をさせました。
16 最初の家来は、元金の十倍というすばらしい利益をあげたことを報告しました。
17 王は非常に喜び、『よくやった!感心なやつだ。少しばかりのものにも忠実に励んでくれた。ほうびに、十の町を治めさせよう』と言いました。
18 次の家来が進み出て、元金の五倍の利益をあげたことを報告しました。
19 『よくやった!おまえには五つの町を治めてもらおう。』王は上きげんで言いました。
20 ところが、三番目の家来は、預かった資金をそっくりそのまま差し出すではありませんか。『私はお金を大切に保管しておきました。
21 せっかくもうけても、横取りされてしまうのではつまりません。あなたはほんとうにひどい方で、ご自分のものでないものまで取り立て、他人の作った穀物さえ取り上げる方ですから。』
22 王は激しく怒って言いました。『なんて悪いやつだ!わしが、そんなにひどい人間だと言うのか。それほどよくわかっていたのなら、
23 なぜ銀行に預けておかなかったのか。そうすれば、利息ぐらいついたのに。』
24 王は側近の者たちに、『さあ、彼から金を取り上げ、一番多くもうけた者に与えなさい』と命じました。
25 『ですが王様。あの者はもうすでに、たくさん持っていますが。』
26 王は言いました。『そのとおり。しかし、持っている者はさらに多く与えられ、持っていない者は、そのわずかな物さえ失ってしまうのだ。
27 それから、謀反を起こした者たちはすぐここに連れて来て、わしの目の前で殺してしまえ。』」
28 話を終えると、イエスは先頭に立ち、エルサレムに向かわれました。
29 一行がオリーブ山のふもとのベテパゲとベタニヤの村に近づいた時、イエスは、先に二人の弟子を使いに出して、こう指示されました。
30 「さあ、あの村へ行って、道ばたにつないであるろばの子を捜しなさい。まだだれも乗ったことのないろばの子です。見つけたら、綱をほどいて連れて来るのです。
31 もしだれかにとがめられたら、『主がお入用なのです』とだけ答えなさい。」
32 二人は、言われたとおりろばの子を見つけました。
33 綱をほどいていると、持ち主が来て、「何をしているのだ。おれたちのろばの子をどうしようというのだ」と聞きただしました。
34 弟子たちは、「主がお入用なのです」と答え、
35 ろばの子を連れて来ました。そして、その背中に自分たちの上着を敷き、イエスをお乗せしました。
36 イエスがろばの子に乗って進んで行かれると、大ぜいの人が次々と上着を脱ぎ、道に敷いて並べました。この一団がオリーブ山のふもとに差しかかった時、群衆の中から大きな声が上がりました。イエスが行われたすばらしい奇跡のことで、神を賛美し始めたのです。
37 -
38 「神がお立てくださったわれらの王に祝福があるように。天よ、喜べ。いと高き天で、神に栄光があるように。」
39 群衆の中にいたパリサイ人たちは、これが気に入りません。「先生。あんなことを言ってます。しかってください。」
40 ところが、イエスはお答えになりました。「その人たちが黙っても、道ばたの石が叫びだします。」
41 さらにエルサレムに近づいた時、イエスは都をごらんになり、都のために涙をこぼされました。
42 「永遠の平和がすぐ手の届くところにあったのに、この町はそれをはねつけてしまいました。もう遅すぎます。
43 敵が城壁に土塁を築き、町を包囲し、攻め寄せ、
44 子どもたちもろとも地面にたたきつけるでしょう。一つの石もほかの石の上に残らないほど、完全に破壊されます。この町は神の訪れの時を知らなかったからです。」
45 このあと、イエスは宮(神殿)に入り、境内で商売していた者たちを追い出しにかかりました。そして、強い調子で言われました。
46 「聖書に、『わたしの家(神殿)は祈りの家と呼ばれる』(イザヤ五六・七)と、はっきり書いてあるではありませんか。それなのに、あなたがたは強盗の巣にしてしまったのです。」
47 その日からイエスは、毎日、宮で教え始められました。一方、祭司長や他の宗教的指導者、それに町の実力者たちは、イエスを殺すうまい方法はないかと、機会をねらっていましたが、
48 手出しができませんでした。民衆がみな、イエスを英雄視し、イエスの話に熱心に耳を傾けていたからです。
1 ある日、イエスが宮の中で人々を教え、福音を宣べ伝えておられると、祭司長や他の宗教的指導者たちが、イエスと対決しようとやって来ました。
2 彼らは、何の権威で商人たちを宮から追い出したのか、とイエスに詰め寄りました。
3 イエスはお答えになりました。「答える前に、まず、わたしから質問します。
4 バプテスマのヨハネは神に遣わされて来たのですか。それとも、ただ自分の考えを主張しただけですか。」
5 彼らは集まって、ひそひそ相談しました。「ヨハネの語ったことが神からの教えだと答えたら、なぜ信じなかったのかと言われるだろう。
6 かといって、神からでないと答えるわけにもいくまい。そんなことをしたら、今度は群衆が襲いかかって来るだろう。みな、ヨハネを預言者だと信じ込んでいるから。」
7 そこで彼らは、「わかりません」と答えました。
8 イエスは、「そうですか。では、わたしも答えません」とおっしゃいました。
9 それから、イエスはまた人々のほうを向き、次のようなたとえを話されました。「ある人がぶどう園を造り、それを数人の農夫に貸して外国へ行き、長いことそこに住んでいました。
10 やがて、収穫の季節になりました。主人は代理の者をやり、自分の分を受け取ろうとしました。ところが、農夫たちはどうしたでしょう。代理人を袋だたきにし、手ぶらで追い返したのです。
11 また別の代理人を送りましたが、彼もまた袋だたきにされ、さんざん侮辱されたあげく、手ぶらで追い返されました。
12 三人目の代理人も同じで、傷を負わされ、やっとの思いで逃げ帰りました。
13 考えあぐねた主人は、一人つぶやきました。『いったい、どうしたものか。そうだ、かわいい息子をやろう。息子なら、きっと農夫たちも一目おくに違いない。』
14 ところが、当の農夫たちは、主人の息子が来るのを見て、『おい、絶好のチャンスだぞ。あれは跡取り息子だ。さあ、あいつを殺そう。そうすれば、ぶどう園はおれたちのものだ』とささやき合いました。
15 そのことばどおり、農夫たちは息子をぶどう園の外に引きずり出し、殺してしまいました。さて、主人はどうするでしょう。
16 今度は自分で乗り込み、悪い農夫たちを皆殺しにし、ぶどう園はほかの人たちに貸すに決まっています。」この話を聞いていた人たちは、「そんな恐ろしいことがあるなんて、とても考えられません」と答えました。
17 しかしイエスは、人々の顔を見回しながら、おっしゃいました。「では、聖書に、『建築士たちの捨てた石が、最も重要な土台石となった』(詩篇一一八・二二)と書いてあるのは、どういう意味ですか。」
18 さらにことばを続け、「この石につまずく者はみな、打ち砕かれます。反対に、この石が落ちてくれば、だれもかれも粉みじんになります」と言われました。
19 祭司長や宗教的指導者たちは、この話を聞いて、その悪い農夫が自分たちを指していることに気づき、すぐにもイエスを捕らえたいと思いました。しかし群衆の暴動がこわくて、どうにもできません。
20 そこで、ローマ総督に逮捕の理由として報告できるようなことを、何とかしてイエスに言わせようとしました。こうして機会をねらっていた彼らは、良い人物を装った回し者をイエスのもとに送り、
21 こう質問させました。「先生。私どもは、あなたがどんなに正しい教師かよく承知しております。あなたはいつも真理を語り、分け隔てなく、神の道を教えておられます。
22 それで、ぜひお教えいただきたいのですが、ローマ政府に税金を納めるのは正しいことでしょうか。それとも正しくないことでしょうか。」
23 彼らの計略は見えすいていました。イエスは言われました。
24 「銀貨を見せなさい。ここに刻まれているのは、だれの肖像、だれの名前ですか。」「カイザル(ローマ皇帝)のです。」
25 「それなら、皇帝のものは、皇帝に返せばいいでしょう。しかし、神のものはみな、神に返さなければなりません。」
26 公衆の面前でイエスのことばじりをとらえようとするたくらみは、みごと失敗に終わりました。彼らはイエスの答えに恐れ入り、返すことばもありませんでした。
27 次にやって来たのは、人は死んでしまえばそれまでで、復活などありえないと主張していたサドカイ人(神殿を支配していた祭司階級。ユダヤ教の主流派)たちでした。
28 「モーセの律法には、もしある人が子どものないまま死んだら、その弟は残された未亡人と結婚しなければならず、二人の間にできた子どもは、法律的には死んだ者の子として家を継ぐ、と書いてあります。
29 ところで、七人兄弟がいたとします。長男は結婚しましたが、子どもがないまま死んだので、
30 次男がその未亡人と結婚しました。ところが、彼も子どもができずに死にました。
31 こうして、兄弟が次々にこの未亡人と結婚したのですが、七人とも子どもがないまま死にました。
32 最後に、未亡人も死にました。
33 そこでお尋ねしたいのですが、この女は復活の時、いったいだれの妻になるのでしょう。兄弟みなが彼女と結婚したのですが。」
34 イエスは言われました。「結婚とは、この地上に住む人たちのものです。死から復活したのちに、天国へ行く資格があると認められた人たちは、結婚などしません。
35 -
36 二度と死ぬこともありません。この点では、天使と変わりなく、また、死人の中から新しいいのちへと復活したのですから、神の子どもなのです。
37 しかし、あなたがたがほんとうに聞きたいのは、復活があるかないかということでしょう。モーセ自身は何と書き残していますか。燃えさかる柴の中に現れた神とお会いした時、モーセは神を、『アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神』(出エジプト三・六)と呼びました。主を彼らの神と呼んでいる以上、彼らは生きているはずです。神は死んだ者の神ではありません。神に対して、みなが生きているのです。」
38 -
39 その場にいた律法の専門家たちは、「先生。非の打ちどころのないお答えです」と言い、
40 それ以上、尋ねようとはしませんでした。
41 すると今度は、イエスが質問なさいました。「あなたがたはどうして、キリストをダビデの子だと言うのですか。
42 ダビデ自身が、聖書の詩篇の中でこう歌っています。『神が私の主に言われた。「わたしがあなたの敵をあなたの足の下に置くまで、わたしの右に座っていなさい。」』(詩篇一一〇・一)
43 -
44 キリストはダビデの子であると同時に、ダビデの主なのです。」
45 人々がイエスのことばに耳を傾けていると、イエスは弟子たちに言われました。
46 「ユダヤ教の学者たちを警戒しなさい。彼らはぜいたくな着物を着て歩き回り、通りで人々からていねいなあいさつを受けるのが何より好きです。また会堂や宴会で、上座に着くのも大好きです。
47 うわべは、さも信心深そうに、長々と祈りますが、実際は、未亡人をだまして財産をかすめ奪おうとしています。こういう人々には、神から最もきびしい罰が下るのです。」
1 さて、宮の中でのことです。イエスは、金持ちたちが次々と献金箱に献金を投げ込む様子を見ておられました。
2 そこへ貧しい身なりの未亡人がやって来て、レプタ銅貨(最小単位の銅貨)を二個そっと投げ入れました。
3 それを見たイエスは、「この女は、だれよりも多くささげたのです。
4 ほかの人たちはあり余る中からほんのわずかだけささげたのに、この女は、乏しい中から持っている全部をささげたからです」と言われました。
5 弟子たちの何人かが、宮のすばらしい石細工や壁の装飾に目を奪われ、感心していました。
6 するとイエスは、彼らに言われました。「今は賞賛の的になっているこれらのものが、一つも崩れずにほかの石の上に残らないほど完全に破壊され、瓦礫の山となる日がもうすぐ来ます。」
7 驚いた弟子たちが質問しました。「いつのことですか!その前に、何か前兆があるのでしょうか。」
8 イエスはお答えになりました。「だれにもだまされないようにしなさい。『私がキリストだ。今こそ時が来た』と言う者が大ぜい現れるからです。そういう人々を信じてはいけません。
9 また、戦争や暴動が始まったということを聞いても、あわてふためかないようにしなさい。戦争は必ず起こりますが、すぐに終わりが来るわけではありません。
10 民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、
11 すさまじい地震が起こり、多くの国がききんに見舞われ、伝染病が流行し、恐ろしい異変が天に現れます。
12 しかし、これらのことが起こる前に、まず大きな迫害の時代が来ます。あなたがたは、わたしを信じているばかりに、会堂や牢獄、王や総督の前に引き立てて行かれます。
13 その結果、かえってメシヤ(救い主)のことが広く知られ、あがめられるようになるのです。
14 だから、人々の訴えにどう釈明しようかと心配してはいけません。
15 答えることは、わたしが教えてあげます。どんな反対者も反論できないことばと知恵です。
16 最も身近な両親、兄弟、親類、友人までもがあなたがたを裏切るようになるでしょう。中には殺される者もあります。
17 わたしの弟子だというので、みながあなたがたを憎むようになるでしょう。
18 しかし、あなたがたの髪の毛一本さえ失われることはありません。
19 忍耐して忍び通せば、いのちを得るのです。
20 しかし、エルサレムが軍隊に包囲されるのを見たら、滅びの時が来たと思いなさい。
21 ユダヤにいる人たちは山へ逃げなさい。エルサレムにいる人たちは市外へ逃げなさい。地方の人たちは都に逃げ込んではいけません。
22 神のさばきの日だからです。預言者が書いた聖書のことばどおりのことが起こるのです。
23 その日、妊娠している女と乳飲み子をかかえた母親はかわいそうです。この国に大きな苦難がふりかかり、神の怒りが下るからです。
24 人々は敵の手にかかって、むごい殺され方をするでしょう。また、捕虜となって多くの国々に連れ去られたり、追放されたりする人もいます。エルサレムは占領され、神の恵みの時が来て、外国人の勝利の期間が終わるまで、彼らに踏みにじられるのです。
25 それから、天に不思議な現象が起こります。太陽と月と星には不吉な前兆が現れ、地上では荒れ狂う海と高潮のために、諸国民はおじ惑います。
26 人々は、何かとてつもなく恐ろしいことが起こるのではないかという不安にかられ、意気阻喪します。不動と信じられていた天が揺れ動くのですから、むりもありません。
27 その時、地上にいる人々は、メシヤのわたしが雲に乗り、力と輝かしい栄光を帯びてやって来るのを見るでしょう。
28 いま言ったようなことが起こり始めたら、しっかりと立ち、天を見上げなさい。救いの時が近づいているのです。」
29 このあとイエスは、人々にたとえで話されました。「いちじくの木やほかの木を注意して見ていなさい。
30 葉が出てくれば、ああ、もうすぐ夏だなと思うでしょう。
31 同じように、こうした現象が起こるのを見たら、神の国はもうそこまで来ていると考えなさい。
32 はっきり言いましょう。これらのことが全部起こってから、世の終わりが来るのです。
33 天と地とは消えてなくなります。けれどもわたしのことばは、永遠に真実なものとして残るのです。
34 気をつけなさい。わたしは不意に来ます。その時になって、あわてふためかないようにしなさい。遊び騒いだり、酒におぼれたり、この世の心配事のために駆けずり回ったりしている姿を見られないようにしなさい。
35 -
36 少しも油断してはいけません。こんな恐ろしい目に会わずにわたしの前に出られるように、熱心に祈っていなさい。」
37 イエスは毎日、宮で教えておられました。人々は朝早くから、話を聞こうと集まって来ました。そして夜になると、イエスはオリーブ山に戻って行かれました。
38 -
1 パン種を入れないパンを食べる、ユダヤ人の過越の祭りが近づいていました。
2 祭司長や他の宗教的指導者たちは、何とかしてイエスを殺そうと、あれこれ陰謀を巡らしていました。群衆の暴動を引き起こさずにイエスを葬り去る方法がないものかと、やっきになっていたのです。
3 さて、十二人の弟子の一人イスカリオテのユダの心に、サタンが忍び込みました。
4 ユダは祭司長や神殿の警備隊長たちのところへ出かけ、イエスを彼らに売り渡すのに、一番よい方法を相談しました。
5 彼らは大喜びし、ユダに報酬を与える約束をしました。
6 それでユダは、群衆が回りにいない時に、ひそかにイエスを逮捕させようと、チャンスをうかがい始めました。
7 さて、過越の小羊を種を入れないパンといっしょに食べる、その日になりました。
8 イエスはペテロとヨハネを先に遣わして、過越の食事をする場所を探させました。
9 「どこへ行けば、よろしいでしょう。」
10 「エルサレムに入るとすぐ、水がめを運んでいる男に出会うから、そのあとについて行きなさい。
11 彼が入った家の主人に、『私どもの先生が、弟子たちといっしょに過越の食事のできる客間を見せていただきたい、と申しておりますが』と言いなさい。
12 主人は、用意万端ととのった二階の広間を見せてくれるでしょう。そこで食事の用意をしなさい。さあ、急いで。」
13 二人が町に行ってみると、何もかも言われたとおりです。こうして、食事の準備はできあがりました。
14 やがて時間になり、一同は、その広間でそろって食卓に着きました。
15 まず口火を切ったのはイエスです。「苦しみの始まる前に、ぜひ、いっしょに過越の食事をしたいと思っていました。
16 あなたがたに言いますが、神の国で過越が実現するまで、わたしは二度と過越の食事をとることはありません。」
17 それから、ぶどう酒の杯を取り、感謝の祈りをささげてから、こう言われました。「これを分け合いなさい。
18 わたしは神の国が来るまで、もうぶどう酒を飲むことはありません。」
19 次にパンを取り、神に感謝してから、それをちぎり、弟子たち一人一人に分け与えながら言われました。「これはあなたがたに与えるわたしの体です。わたしの記念として、これを食べなさい。」
20 食事のあと、杯を弟子たちに渡して言われました。「この杯は、神があなたがたを救ってくださるという新しい契約を保証するものです。つまり、あなたがたのたましいを買い戻すために、わたしが流す血を表します。
21 しかし、この食事の席にいっしょに座っている一人が、わたしを裏切ります。
22 わたしは死ななければなりません。それが神のご計画なのです。しかし裏切り者には、どんな恐ろしいのろいが待ち受けていることでしょうか。」
23 弟子たちは、そんなことをする者はいったいだれだろう、といぶかりました。
24 また彼らの間で、やがて実現する御国でだれが一番偉いかということで議論が起こりました。
25 イエスは、それを見て言われました。「この世では、王や高官たちが支配者として権力をほしいままにしています。
26 だが、あなたがたの間では違います。一番よく人に仕える人こそ、よく人を治める人になるのです。
27 この世では、主人が食卓に着き、召使に給仕をさせます。しかし、あなたがたの間では、このわたしが給仕をするのです。
28 それにしてもあなたがたは、わたしにふりかかったさまざまの試練の時に、よくいっしょに耐え抜いてくれました。
29 だから、父がわたしに御国をお任せくださったように、わたしも、あなたがたにすばらしい特権をあげましょう。
30 御国でわたしの食卓に着き、共に食事をする特権、また王座に座って、イスラエルの十二の部族をさばく特権です。
31 シモン、シモン。いいですか。サタンがあなたがたを麦のように、ふるいにかけることを願い出ました。
32 しかし、安心しなさい。あなたの信仰がなくならないように、祈ってあげました。だから、悔い改めて立ち直った時には、仲間の者たちもしっかり立てるように、力づけてやりなさい。」
33 するとシモンは言いました。「主よ、何をおっしゃるのです。牢獄までもついてまいります。ごいっしょに死ぬ覚悟もできております。」
34 「ペテロよ。残念ですが、はっきり言います。明日の朝、鶏が鳴くまでに、あなたは三度、わたしを知らないと言うでしょう。」
35 それから、弟子たちにお尋ねになりました。「救いの福音を伝えようと、わたしがあなたがたを派遣した時、わずかのお金も、旅行袋も、着替えも持たせませんでした。その時、旅先で何か不自由しましたか。」「いいえ、何もありませんでした。」
36 「しかし今は、手持ちの物があれば、旅行袋も財布も持って行きなさい。剣がなかったら、着物を売り払ってでも手に入れなさい。
37 『彼は罪人の一人に数えられた』(イザヤ五三・一二)という預言どおりのことが、わたしに起こるのです。わたしについて言われたことは、必ずそのとおりになるのです。」
38 「先生。剣なら二振りありますが。」「それで十分です。」
39 それから、イエスは弟子たちと連れ立って部屋を出て、いつものようにオリーブ山に行かれました。
40 「誘惑に負けないように、神に祈りなさい。」
41 こう言い残すと、イエスは、石を投げれば届くあたりまで歩いて行き、ひざまずいて祈り始められました。「父よ。許していただけるなら、どうぞこの恐ろしい杯を取り除いてください。ですが、わたしの思いどおりにではなく、あなたのお心のままになさってください。」
42 -
43 この時、天から天使が現れ、イエスを力づけました。
44 イエスは苦しみもだえながら、いよいよ力を込めて祈られました。大粒の汗が、まるで血のしずくのようにしたたり落ちました。
45 ようやく立ち上がり、弟子たちのところに帰って来ると、弟子たちは悲しみのあまり、疲れ果てて眠り込んでいました。
46 「どうして眠っているのですか。さあ、起きなさい。誘惑に負けないように、祈っていなさい。」
47 こう言い終わらないうちに、十二弟子の一人ユダに先導されて、大ぜいの群衆がやって来ました。ユダはイエスに駆け寄り、さも親しげに頰に口づけのあいさつをしました。
48 しかしイエスは、あわれむように、「ユダよ。口づけでメシヤを裏切るのですか」と言われました。
49 事態の急変に取り乱した弟子たちは、「戦いましょう、先生。やつらをたたき切ってやりましょう!」と騒ぎだしました。
50 そして一人が、大祭司のしもべに襲いかかり、右の耳を切り落としました。
51 「やめなさい。それ以上手向かってはいけません。」イエスはこう命じてから、そのしもべの傷口にさわって、いやされました。
52 次に、群衆の先頭にいた祭司長、宮の警備隊長、ユダヤ人の指導者たちに向かって言われました。「剣やこん棒で武装をして来なければならないほど、わたしは凶悪犯なのですか。
53 わたしは毎日宮にいたのに、なぜそこで捕らえなかったのですか。しかし、今はあなたがたの時、サタンが勝ち誇る時なのです。」
54 人々はイエスを捕らえ、大祭司の家に引っ立てました。遠くから、ペテロが恐る恐るあとをつけて行きました。
55 家の中庭では、兵士たちがたき火を囲んで暖まっています。ペテロもその中にまぎれて座り込みました。
56 そのうち、一人の女中が火のあかりでペテロに気づき、「この人、イエスといっしょだったわ!」と叫びました。
57 「と、とんでもない!そんな人は知らんよ。」ペテロはあわてて打ち消しました。
58 しばらくすると、ほかの男が、「いいや、おまえはやつらの仲間に違いない」と言い寄りました。「違う、違う。絶対そんなことはない。」ペテロは否定しました。
59 それから一時間ほどたって、また別の男が、「おまえは確かにイエスの弟子だ。その証拠に、二人ともガリラヤ人じゃないか」と言いました。
60 ペテロは夢中で否定しました。「何のことだ!さっぱりわからない。」ペテロがこう言い終わらないうちに、鶏の鳴き声が聞こえました。
61 その瞬間、イエスはふり向き、ペテロを見つめました。ペテロは、はっと我に返りました。「明日の朝、鶏が鳴くまでに、あなたは三度、わたしを知らないと言うでしょう」と言われたイエスのことばを思い出したのです。
62 ペテロは外へ走り出て、泣きくずれました。
63 さて、見張りの警備員たちは、イエスをからかい始めました。目隠しをしては、こぶしでなぐり、「おい、今なぐったのはだれだ。当ててみろよ、預言者様」とはやし立てるなど、
64 -
65 ありとあらゆる侮辱を加えました。
66 夜が明けそめるころ、ユダヤの最高議会が開かれました。祭司長をはじめ、国中の指導者が勢ぞろいしています。そこへイエスは引き出され、
67 尋問が始まりました。「ほんとうに、おまえはメシヤ(救い主)なのか。はっきり言いなさい。」イエスは言われました。「そうだと言ったところで、信じる気はないでしょう。釈明させるつもりも。
68 -
69 しかし、栄光のメシヤであるわたしが、全能の神の右の座につく時はもうすぐ来ます。」
70 議会は騒然となり、尋問の声も荒立ってきました。「なに!あくまで神の子だと言いはるつもりか!」「そのとおりです。」イエスはお答えになりました。
71 「これだけ聞けば十分だ!彼の口から確かに聞いたのだから。」議員たちは叫びました。
1 衆議一決し、全議員がそろって、イエスを総督ピラトのもとに連れて行きました。
2 そして口々に訴えました。「この男は、ローマ政府に税金を納めるなとか、自分こそメシヤだの、王だのと言って、国民を惑わした不届き者です。」
3 ピラトはイエスに問いただしました。「ほんとうに、おまえはユダヤ人のメシヤで、王なのか。」「そのとおりです。」
4 ピラトは祭司長や群衆のほうを向き、「この男には何の罪もないではないか」と言いました。
5 これを聞いて人々は、必死になって叫びました。「この男はガリラヤからエルサレムまで、ユダヤ全国で民衆をたきつけ、暴動を起こそうとしたんですよ!」
6 そこでピラトは、「では、この男はガリラヤ人なのか」と尋ね、
7 人々がそうだと答えると、イエスをヘロデ王(ヘロデ・アンテパス)のもとへ連行するように命じました。ガリラヤはヘロデの支配下にあり、その時ヘロデは、ちょうどエルサレムに滞在中だったからです。
8 イエスに会えて、ヘロデは大喜びでした。前々からイエスのうわさを耳にし、一度、イエスが行う奇跡を見てみたいと思っていたのです。
9 ヘロデはイエスを前にして、次から次へと質問をあびせました。ところがイエスは口をつぐみ、何一つ答えません。
10 祭司長や他の宗教的指導者たちは、そばに立ち、激しい口調でイエスを訴えました。
11 ヘロデと部下の兵士たちは、さんざんイエスをばかにし、あざけったあげく、王が着るようなガウンを着せて、ピラトのもとに送り返しました。
12 それまで敵対していたヘロデとピラトがたいそう親しくなったのは、この日からです。
13 ピラトは、祭司長とユダヤ人の指導者たち、それに民衆もみないっしょに呼び出し、
14 判決を言い渡しました。「おまえたちは、この男を、ローマ政府への反乱を指導したかどで訴えた。それでくわしく調べてみたが、そのような容疑事実はない。この男は無罪だ。
15 ヘロデも同じ結論に達し、私のもとに送り返してきた。この男は死刑にあたるようなことは何もしていない。
16 だから、むちで打ってから釈放しようと思う。」
17 しかし、人々はいっせいに叫び立てました。「そいつを殺せ!バラバを釈放しろ!」
18 -
19 バラバとは、エルサレムで政府転覆を図った罪と殺人罪とで投獄されていた男でした。
20 ピラトは、なんとかしてイエスを釈放しようと、なおも群衆を説得しましたが、
21 彼らは聞き入れません。「十字架だ!十字架につけろ!」と叫び続けるばかりです。
22 ピラトは、三度も念を押しました。「どうしてだ。この男がどんな悪事を働いたというのか。死刑を宣告する理由など見つからん。だから、むち打ってから釈放してやるつもりだ。」
23 それでも騒ぎはおさまりません。ますます大声で、イエスを十字架につけろと要求する群衆の声に、ついにピラトも負けてしまいました。
24 しかたなく彼らの要求どおりに、イエスに死刑を宣告し、
25 反逆罪と殺人罪で投獄されていたバラバを釈放しました。一方、イエスのほうは、すぐに人々の手に渡し、彼らの好きなようにさせました。
26 人々は、イエスを刑場に引いて行く途中、田舎からエルサレムに着いたばかりの、シモンというクレネ人にむりやり十字架を背負わせ、イエスのうしろから運ばせました。
27 大ぜいの民衆や、イエスのことを悲しむ女たちがあとからついて行きます。
28 イエスは女たちのほうをふり向き、とぎれとぎれに言われました。「エルサレムの娘たちよ。わたしのために泣いてはならない。自分と、自分の子どもたちのために泣きなさい。
29 なぜなら、子どもを持たない女のほうが幸いと思う日が、すぐにでも来るのです。
30 その時、人々は山に向かって、『私たちの上に倒れて、押しつぶしてくれ!』と叫び、丘に向かって、『私たちを埋めてくれ!』と頼むでしょう。
31 生木のわたしさえ、こんな目に会うとしたら、枯れ木同然の人たちには、いったい、どんなことが起こるでしょう。」
32 イエスだけでなく、ほかに二人の犯罪人が、「どくろ」と呼ばれる場所で処刑されるために、引いて行かれました。刑場に着くと、三人は十字架につけられました。イエスが真ん中に、二人はその両側に。
33 -
34 その時、イエスはこう言われました。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、自分たちが何をしているのかわかっていないのです。」兵士たちがさいころを投げて、イエスの着物を分け合うのを、
35 民衆はそばに立ってながめていました。一方、ユダヤ人の指導者たちもイエスをあざけり、「他人ばかり助けて、このざまは何だ。ほんとうに神に選ばれたメシヤなら、自分を救ってみろ!」と言いました。
36 兵士たちは、酸っぱいぶどう酒を差し出しながら、
37 「ユダヤ人の王様なら、自分を救ったらどうだ!」とからかいました。
38 十字架のイエスの頭上には、「これはユダヤ人の王」と書いた罪状書きが掲げてありました。
39 イエスの横で十字架につけられていた犯罪人の一人が、「あんたはメシヤなんだってなあ。だったら、自分とおれたちを救ってもよさそうなもんだ。どうなんだ」とののしりました。
40 しかし、もう一人の犯罪人は、それをたしなめました。「この期に及んで、まだ神を恐れないのか!おれたちは悪事を働いたんだから、報いを受けるのはあたりまえだ。だが、このお方は悪いことは何もしなかったのだ。」
41 -
42 そして、イエスにこう頼みました。「イエス様。御国に入る時、どうぞ私を思い出してください。」
43 イエスはお答えになりました。「あなたは今日、わたしといっしょにパラダイス(天国)に入ります。」
44 その時です。正午だというのに、突然、あたりが暗くなり、午後三時までそんな状態が続きました。
45 太陽は光を失い、神殿の幕が、なんと真っ二つに裂けたのです。
46 その時イエスは、大声で、「父よ。わたしの霊を御手におゆだねします!」と叫んで、息を引き取られました。
47 刑を執行していたローマ軍の隊長は、不思議な出来事を見て、神への恐れに打たれ、「確かに、この人は正しい方だった」と言いました。
48 また、十字架刑を見に来ていた群衆も、このイエスの最期を見て、みな深い悲しみに沈んで、家へ帰って行きました。
49 一方、ガリラヤからイエスに従って来た女たちやイエスの知人たちは、遠くからじっと様子を見守っていました。
50 そのころ、ユダヤの最高議会の議員で、アリマタヤ出身のヨセフという人が、ピラトのもとに行き、イエスの遺体を引き取りたいと願い出ました。彼はメシヤが来るのをひたすら待ち望んでいた神を敬う人物で、他の議員たちの決議や行動には同意していませんでした。
51 -
52 -
53 ヨセフはイエスの遺体を十字架から降ろし、長い亜麻布に包んで、まだだれも葬ったことのない、岩をくり抜いた新しい墓に納めました。
54 それは、安息日の準備の日にあたる金曜日の、午後遅いころのことでした。
55 遺体が十字架から降ろされた時、ガリラヤから従って来た女たちは、ヨセフのあとについて行き、イエスが墓に納められるのを見届けました。
56 それから家に戻り、遺体に塗る香料と香油とを用意しましたが、すぐに安息日になったので、ユダヤのおきてに従って休みました。
1 日曜日の明け方早く、待ちかねた女たちは香油を持って墓に急ぎました。
2 着いてみると、どうしたことでしょう。墓の入口をふさいであった大きな石が、わきへ転がしてありました。
3 中へ入って見ると、主イエスの体は影も形もありません。
4 「いったい、どうなってるのかしら。」女たちは途方にくれました。すると突然、まばゆいばかりに輝く衣をまとった人が二人、目の前に現れました。
5 女たちはもう恐ろしくて、地に伏したまま顔も上げられず、わなわな震えていました。その人たちは言いました。「なぜ生きておられる方を、墓の中で捜しているのです。
6 あの方はここにはおられません。復活なさったのです。まだガリラヤにおられたころ、何と言われましたか。メシヤは悪者たちの手に売り渡され、十字架につけられ、それから三日目に復活する、と言われたではありませんか。」
7 -
8 そう言われて女たちは、はっと思いあたりました。
9 そして、すぐさまエルサレムに取って返し、十一人の弟子やほかの人たちに一部始終を話しました。
10 そのとき墓へ行った女たちは、マグダラのマリヤとヨハンナ、ヤコブの母マリヤ、そのほか数人でした。
11 ところが、男たちには、この話がまるで物語のようで、とても現実のこととは思えません。だれも、まともに信じようとしませんでした。
12 しかしペテロは、それでも一応は確認しなければと墓へ行き、身をかがめて中をのぞき込みました。すると、どうでしょう。亜麻布のほかに何も見あたりません。それで、この出来事に驚いて家に戻りました。
13 この同じ日曜日のことです。二人の弟子が、エルサレムから十一キロほど離れたエマオという村へ急いでいました。
14 二人が道々話し合っていたのは、イエスの死のことでした。
15 そこへ突然、当のイエスが近づき、彼らと連れ立って歩き始めました。
16 しかし二人には、イエスだとはわかりません。神がそうなさったのです。
17 イエスが尋ねました。「何やら熱心にお話しのようですね。いったい何がそんなに問題なのですか。」すると二人は、急に顔をくもらせ、思わず足を止めました。
18 クレオパというほうの弟子があきれたように、「エルサレムにいながら、先週起こった、あの恐ろしい出来事を知らないとは。そんな人は、あなたぐらいのものでしょう」と言いました。
19 「どんなことでしょうか?」「ナザレ出身のイエス様のことをご存じないのですか。この方は、信じられないような奇跡を幾つもなさった預言者で、すばらしい教師でもあったのです。神からも人からも重んじられていたのですが、
20 祭司長やほかの宗教的指導者たちは、理不尽にもこの方をつかまえて、ローマ政府に引き渡し、十字架につけてしまったのです。
21 私たちは、この方こそ栄光に輝くメシヤで、イスラエルを救うために来られたに違いないと考えていたのですが。ところが、話はそれで終わらないのです。弟子仲間の女たちが、なんとも奇妙なことを言いだしたのです。処刑があった日から、今日で三日目になりますが、今朝がた早く、その女たちが墓へ行ったところ、イエス様のお体は影も形もなかったというではありませんか。しかもその場に天使が現れて、イエス様は生きておられると語ったとか……。
22 -
23 -
24 その話を聞いて、仲間のある者たちが墓へ駆けつけて確認したのですが、彼らも口をそろえて、墓は空っぽだったと証言しているのです。」
25 「ああ、どうしてそんなに、心が鈍いのですか。預言者たちが聖書に書いていることを信じられないのですか。
26 キリストは栄光の時を迎える前に、必ずこのような苦しみを受けるはずだと、預言者たちははっきり語ったではありませんか。」
27 それからイエスは、創世記から始めて、聖書(旧約)全体にわたって次々と預言者のことばを引用しては、救い主についての教えを説き明かされました。
28 そうこうするうち、エマオに近づきましたが、イエスはまだ旅を続ける様子です。
29 二人は、じきに暗くなるから、今晩はここでいっしょに泊まってくださいと熱心に頼みました。それでイエスもいっしょに家に入りました。
30 食卓に着くと、イエスはパンを取り、神に祝福を祈り求め、ちぎって二人に渡しました。
31 その瞬間、二人の目が開かれ、その人がイエスだとわかりました。と同時に、イエスの姿はかき消すように見えなくなりました。
32 二人はあっけにとられながらも、「そう言えば、あの方が歩きながら語りかけてくださった時も、聖書のことばを説明してくださった時も、不思議なほど私たちの心が燃えていたではないか」と語り合いました。
33 そして、すぐエルサレムへ取って返しました。戻ってみると、十一人の弟子たちやほかの弟子たちが迎え、「主は、ほんとうに復活された。ペテロがお会いしたのだからまちがいない」と話していました。
34 -
35 そこで二人も、エマオへ行く途中イエスと出会ったことや、パンをちぎられた時にはっきりイエスだとわかったことなどを話しました。
36 これらの話をしている時、突然イエスが現れ、みんなの真ん中に立たれたのです。
37 彼らは幽霊を見ているのだと勘違いし、ぶるぶる震えました。
38 「なぜそんなに驚くのですか。どうしてそんなに疑うのですか。
39 さあ、この手を、この足を、よくごらんなさい。わたしにまちがいないでしょう。さあ、さわってみなさい。これでも幽霊でしょうか。幽霊だったら、体などないはずです。」
40 イエスはそう言いながら、手を差し出して釘の跡を見せ、また、足の傷もお示しになりました。
41 弟子たちは、うれしいけれども、まだ半信半疑です。心を決めかねて、ぼう然としていました。それでイエスは、「何か食べ物がありますか」とお尋ねになりました。
42 焼き魚を一切れ差し上げると、
43 イエスはみんなの見ている前で召し上がりました。
44 イエスは言われました。「以前、いっしょにいた時、モーセや預言者の書いたこと、それに聖書の詩篇にあることは、必ずそのとおりになると話して聞かせたはずです。忘れてしまったのですか。」
45 イエスが弟子たちの心の目を開いてくださったので、彼らはやっと理解しました。
46 イエスは、さらに続けられました。「キリストは苦しめられ、殺され、そして三日目に復活することが、ずっと昔から記されていたのです。
47 悔い改めてわたしのもとに立ち返る人は、だれでも罪が赦されます。この救いの知らせは、エルサレムから始まり、世界中に伝えられるのです。
48 あなたがたはこのことの証人です。初めから何もかも見てきたのですから。
49 わたしは、父が約束してくださった聖霊をあなたがたに送ります。しかし、聖霊が来て、天からの力で満たしてくださるまでは、都にとどまっていなさい。」
50 それからイエスは、彼らをベタニヤまで連れて行き、手を上げて祝福してから、
51 彼らから離れて行かれました。
52 彼らは喜びに胸を躍らせて、エルサレムに戻り、
53 いつも宮にいて神を賛美していました。