1

1 まだ何もない時、神様は天と地をお造りになりました。

2 地球はまだ形が定まらず、やみにおおわれた水の上を、さらに神様の霊がおおっていました。

3 「光よ、輝け」と神様が命じました。すると光がさっと輝いたのです。

4 それを見て、神様は大いに満足し、光とやみとを区別しました。しばらくのあいだ光はそのまま輝き続け、やがて、もう一度やみに閉ざされました。神様は光を「昼」、やみを「夜」と名づけました。昼と夜ができて、一日目は終わりです。

5 -

6 「ガスは上下に分かれ、空と海になれ」と、神様が命じました。

7 そのとおり水蒸気が二つに分かれ、空ができました。これで二日目も終わりです。

8 -

9 「空の下の水は集まって海となり、かわいた地が現われよ。」こう神様が命じると、そのとおりになりました。神様はかわいた地を「陸地」、水の部分を「海」と名づけました。そのできばえに満足すると、

10 -

11 神様はまた命じました。「陸地には、あらゆる種類の草、種のある植物、実のなる木が生えよ。それぞれの種から同じ種類の草や木が生えるようにするのだ。」そのとおりになり、神様は心から満足なさいました。

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13 三日目はこれで全部です。

14 神様の命令はさらに続きます。「空に光が輝き、地を照らせ。その光で、昼と夜の区別、季節の変化、一日や一年の区切りをつけるのだ。」そのとおりになりました。

15 -

16 こうして、地を照らす太陽と月ができました。太陽は月よりも大きく明るいので昼を、月は夜を受け持ちます。この二つのほかにも、無数の星が造られました。

17 神様はそれをみな空にちりばめ、地を照らさせたのです。

18 こうして昼と夜の分担を決め、光とやみとを区別し終えると、神様は満足なさいました。

19 ここまでが四日目の出来事です。

20 神様はまた命じました。「海は魚やその他の生き物であふれ、空はあらゆる種類の鳥でいっぱいになれ。」

21 神様は海に住む大きな哺乳動物をはじめ、あらゆる種類の魚と鳥を造りました。みなすばらしいものばかりです。神様はそれを見て、「海いっぱいにあふれるようになれ。地をおおうまでに増えよ」と祝福なさいました。

22 -

23 五日目はこれで終わりです。

24 次に神様は命じました。「地は、家畜、爬虫類、野獣など、あらゆる種類の動物を生み出せ。」そのとおりになりました。

25 神様が造った動物は、どれもこれも満足のいくものばかりでした。

26 そして最後に、神様はこう言いました。「さあ、人間を造ろう。地と空と海のあらゆる生き物を支配させるために、われわれに最も近い、われわれに似た人間を造ろう。」

27 このように、人間は、天地を造った神様に似た者として造られました。神様はご自分に似せて人間を造り、男と女とに造ったのです。

28 神様は人間を祝福なさいました。「地に増え広がり、大地を支配せよ。おまえたちは、魚と鳥とすべての動物の主人なのだ。

29 全地に生える種のある植物を見るがいい。みなおまえたちのものだ。実のなる木もまたおまえたちに与えるから、好きなように食べるがいい。

30 また、動物や鳥にも、あらゆる草と植物をえさとして与える。」

31 神様はでき上がった世界を隅から隅まで見渡しましたが、どこから見ても非の打ちどころがありません。こうして六日目も終わりました。

2

1 ついに全世界は完全にでき上がりました。

2 何もかも造り終えると、神様は七日目には仕事を休み、

3 この日を祝福して、聖なる日と定めました。この日に天地創造の働きが完了したからです。

4 ところで、神様が全世界を造った時のいきさつは、次のとおりです。

5 初めのうち、地には穀物はおろか、一本の植物さえ生えていませんでした。神様が雨を降らせなかったからです。それに、土地を耕す人もいませんでした。

6 しかし、地のあちこちから泉がわき出て、全地を潤していました。

7 やがて神様が人間を造る時がきました。まず、地のちりで体を造り上げ、それにいのちの息を吹き込んだのです。そこで人は、生きた人格をもつ者となりました。

8 それから神様は、東の方のエデンに園をつくり、そこに人を住まわせました。

9 園には、あらゆる種類の美しい木が植えられています。どれもこれも、おいしい実をつける木ばかりです。園の中央には、「いのちの木」と、善悪を判断する力のつく「良心の木」とがありました。

10 さて、エデンの地からは一つの川が流れ出て園を潤し、それはやがて四つの流れに分かれるのでした。

11 その一つピション川は、ハビラ地方全域を蛇行していました。その地方からは、純度の高い金と美しいブドラフ(香りのよい樹脂を出す木)や、しまめのうが採れます。

12 -

13 第二の川はギホンと呼ばれ、クシュの全域を流れる川です。

14 第三がティグリス川で、アシュルの町の東側を流れていました。そして第四がユーフラテス川です。

15 神様は、人をエデンの園の番人にし、その管理を任せました。

16 ただし、一つだけきびしい注意がありました。「園の果物はどれでも食べてかまわない。だが『良心の木』の実だけは絶対にいけない。それを食べると、正しいこととまちがったこと、よいことと悪いことの区別について、自分勝手な判断を下すようになるからだ。そんなことになったら、必ず死ぬ。」

17 -

18 ところで、神様はこう考えました。「どうも人が一人でいるのはよくない。彼を助ける者がいなくては。」

19 そこで、土からあらゆる種類の動物と鳥を造り、アダムのところへ連れて来て、名前をつけさせました。それぞれみな、アダムがつけたとおりの名前をもらいましたが、アダムの助けになるようなものは見あたりません。

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21 そこでアダムをぐっすり眠らせ、その体から肋骨を一本取り出すことにしました。取ったあとをきちんとふさぐと、

22 その骨で女を造り、彼のところへ連れて来ました。

23 「ああ、これならぴったりです!」アダムは思わず叫びました。「まさに私の半身です。そうだ、『男』から造ったのだから、『女』と呼ぶことにしますよ(一種の語呂合わせ。ヘブル語では男をイーシュ、女をイシャーと言う)。」

24 人が両親のもとを離れて妻と結ばれ、二人が一体となるのは、こうした背景があるからです。

25 ところで、この時にはまだ、二人とも裸でした。それでも別に気まずい思いもせず、恥ずかしくもありませんでした。

3

1 さて、神様が造ったものの中で、蛇が一番ずる賢い動物でした。蛇は女に、ことば巧みに話をもちかけました。「ほんとうにそのとおりなんですかねえ?いえね、ほかでもない、園の果物はどれも食べちゃいけないって話ですよ。なんでも神様は、これっぽっちも食べちゃいけないと言ったっていうじゃないですか。」

2 「そんなことないわ。食べるのはちっともかまわないのよ。ただね、園の中央にある木の実だけは、食べちゃいけないの。そればかりか、さわってもいけないんですって。さもないと、死んでしまうって、神様がおっしゃったわ。」

3 -

4 「へえーっ、でも、そいつは嘘っぱちですぜ。死ぬだなんて、でたらめもいいところだ。

5 神様も意地が悪いね。その実を食べたら、善と悪の見わけがつき、神様のようになっちまうもんだから、脅しをかけるなんてさ。」

6 言われてみれば、そう思えないこともありません。それに、その実はとてもきれいで、おいしそうなのです。「あれを食べたら、何でもよくわかるようになるんだわ。」そう思いながら見ていると、もう矢も盾もたまらなくなり、とうとう実をもいで、食べてしまいました。ちょうどそばにいたアダムにも分けてやり、いっしょに食べたのです。

7 はっと気がついたら、二人とも裸ではありませんか。急に恥ずかしくてたまらなくなりました。何とかしなければなりません。間に合わせに、いちじくの葉をつなぎ合わせ、腰の回りをおおいました。

8 その日の夕方のことです。神様が園の中を歩いておられる気配がしたので、二人はあわてて木陰に隠れました。

9 神様の呼ぶ声が聞こえます。「アダム、なぜ隠れるのだ。」

10 「神様がおいでになるのに裸だったからです。こんな姿はお見せできません。」

11 「なにっ、裸だということを、いったいだれが教えた?さては、あれほど食べるなと言ったのに、あの木の実を食べたのだな。」

12 「は、はい。で、でも、神様が下さった女がくれたもんで、つい......。」

13 そこで神様は女に尋ねました。「いったいどうして、こんなことをしたのだね。」「蛇、蛇がいけないのです。私はただ、だまされただけです。」

14 それを聞いて、神様は蛇に言い渡しました。「悪いやつめ、そんなことをした罰だ。いいか、あらゆる家畜、野生の動物の中で、おまえだけがのろわれるのだ。生きている間ちりの中をはいつくばうがいい。

15 以後おまえと女はかたき同士、おまえの子孫と女の子孫も同じだ。女はおまえを恐れるだろう。子孫同士も、互いに相手をこわがるようになる。おまえは彼のかかとにかみついて傷を負わせるが、結局は彼に頭を踏み砕かれてしまうのだ。」

16 次は女の番です。「おまえは苦しみ抜いて子供を産む。それでもなお、ひたすら夫の愛を求め、彼についていく。」

17 最後はアダムです。「あれほど食べてはいけないと言ったのに、おまえは食べた。わたしよりも、妻の言うことを聞いたのだ。そのため土地はのろわれる。生きるためには、一生あくせく働かなければならない。

18 土地には、いばらとあざみが生え、おまえは野草を食べる。

19 死ぬまで汗水流して土地を耕し、働いて糧を得なければならない。そしてついに死に、また土に帰る。土から造られたのだから、また土に帰る。」

20 アダムは妻をエバ〔「いのちを与える者」の意〕と呼びました。彼女は全人類の母となるからです。

21 神様はアダムと妻エバに、動物の皮で作った服を着せました。

22 それからこう考えました。「人間は、われわれと同じように、善悪の区別がわかるようになってしまった。この先、万一『いのちの木』にまで手を出し、永遠に生きるようにでもなったら大へんだ。」

23 そうならないうちに、手を打たなければなりません。結局、人をエデンの園から永久に追放し、土地を耕させることに決めました。

24 こうして人を追放すると、エデンの園の東に炎の剣を置き、力ある天使とともにいのちの木を守らせました。

4

1 そののち、アダムは妻エバと交わり、エバはカイン〔「私は得た」の意〕を産みました。この名がついたのは、エバが「神様のおかげでこの子ができたのだわ」と言ったからです。

2 続いてエバは、弟のアベルを産みました。やがて、カインは農夫になり、アベルは羊飼いになりました。

3 収穫の時になると、カインは作物の中から神様に供え物をささげました。

4 アベルは一番いい子羊の最上の肉を、自分で神様にささげました。神様はアベルのささげ物を受け取りましたが、

5 カインのは受け取りません。カインはがっかりするやら腹が立つやらで顔をしかめました。

6 神様はそれを見とがめ、「なぜ腹を立てるのだ」と質しました。「何が気に入らないで、そんなに腹を立て、しかめっ面をしているのだ。

7 やるべき事をきちんとやってさえいれば、顔は喜びで輝くものだ。もし、わたしの言うことが聞けないなら、気をつけるのだな。おまえを滅ぼそうと、罪が待ちかまえているぞ。だが、その力を抑えることはできるはずだ。」

8 ある日、カインは、「野原へ行かないか」と弟をさそいました。そして、野原で不意に襲いかかり、殺してしまったのです。

9 そのことがあってから、神様はカインに尋ねました。「弟はどこにいる?アベルはどうしたのだ。」「そんなこと、なぜおれが知ってなきゃいけないんです?弟の行く先をいつも見張れとでもおっしゃるんですか。」

10 「おまえの弟の血が大地からわたしを呼んでいる。全く大それたことをしでかしてくれたものだ。

11 弟の血で大地を汚すとは、なんということだ。おまえはもう、ここには住めない。追放だ。

12 これからは、いくら汗水流して働いても、大地はおまえのために作物を実らせない。この先おまえは放浪者となり、当てもなくさすらい歩くのだ。」

13 「そんな罰は重すぎて、とても負いきれません。

14 農場からも追い出され、神様の前からも追っ払われて、放浪者に落ちぶれるなんて。おれを見たら、どんなやつだって殺そうとするに決まってます。」

15 「心配するな。おまえを殺させたりはしない。そんなことをしでかす者には、おまえの受けた罰の七倍の仕返しをしてやろう。」こう約束すると、神様はだれにも殺されないように、カインに一つのしるしをつけました。

16 こうして、カインは神様のもとを去り、エデンの東、ノデの地に住みついたのです。

17 そのあと、カインの妻は男の子を産みました。それがエノクです。その時、カインは町を建てていたので、子供の名にちなんで、町の名もエノクとしました。

18 エノクはイラデの父、イラデはメフヤエルの父、メフヤエルはメトシャエルの父、メトシャエルはレメクの父

19 レメクにはアダとツィラという二人の妻がいました。

20 アダの子ヤバルは、初めて牧畜を手がけ、テント生活を始めました。

21 弟はユバルといい、最初の音楽家になりました。竪琴と笛を作ったのは、この人です。

22 レメクのもう一人の妻ツィラには、トバル・カインが生まれました。彼は最初の鍛冶屋になって、青銅や鉄の道具を作った人です。トバル・カインにはナアマという妹もいました。

23 ある日、レメクはアダとツィラに言いました。「おまえたち、よーく聞けよ。身のほど知らずにわしを襲い、傷を負わせた若僧がいたのさ。で、そいつを殺してやった。

24 カインを殺す者は七倍もの罰を受けるんだったな。だが、わしの場合はそんなもんじゃない。あの若僧のかたきを討とうなんてやつは、七十七倍の罰を受けねばならんぞ。」

25 さて、エバは男の子をもう一人産み、セツ〔「授けられた者」の意〕と名づけました。エバが言うように、「カインに殺された子の代わりに、神様がまた男の子を授けてくださった」のです。

26 セツは成人し、息子ができると、その子をエノシュと名づけました。このころから人々は、神様の名によって祈るようになったのです。

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1 神様に似た者として初めに造られたアダムの子孫は、次のとおりです。

2 神様はまず男と女を造り、彼らを祝福しました。そして彼らを「人」と呼んだのです。

3 アダム――百三十歳で息子セツが生まれる。セツは父親にそっくりだった。セツが生まれてからさらに八百年生き、息子と娘に恵まれ、九百三十歳で没。

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6 セツ――百五歳で息子エノシュが生まれる。そのあと八百七年生き、息子と娘に恵まれ、九百十二歳で没。

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9 エノシュ――九十歳で息子ケナンが生まれる。その後さらに八百十五年生き、息子と娘に恵まれ、九百五歳で没。

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12 ケナン――七十歳で息子マハラルエルが生まれる。その後さらに八百四十年生き、息子と娘に恵まれ、九百十歳で没。

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15 マハラルエル――六十五歳で息子エレデが生まれる。その後さらに八百三十年生き、息子と娘に恵まれ、八百九十五歳で没。

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18 エレデ――百六十二歳で息子エノクが生まれる。その後さらに八百年生き、息子と娘に恵まれ、九百六十二歳で没。

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21 エノク――六十五歳で息子メトシェラが生まれる。その後さらに三百年のあいだ敬虔な生活を送り、息子と娘に恵まれる。三百六十五歳の時、信仰あつい人として惜しまれつつ姿を消す。神様が彼を取り去られたのである。

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25 メトシェラ――百八十七歳で息子レメクが生まれる。その後さらに七百八十二年生き、息子と娘に恵まれ、九百六十九歳で没。

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28 レメク――百八十二歳で息子ノア〔「休息」の意〕が生まれる。「神様にのろわれたこの地を耕す仕事はつらいが、この子が休ませてくれるだろう」と考え、この名をつけたのである。レメクはその後さらに五百九十五年生き、息子と娘に恵まれ、七百七十七歳で没。

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32 ノア――ノアは五百歳で息子が三人あった。セム、ハム、ヤペテである。

6

1 さて地上では、人々がどんどん増えてきました。その頃のことです。霊の世界に住む者たちが、地上に住む美しい女を見そめ、それぞれ気に入った女を妻にしてしまったのです。

2 -

3 その有様を見て、神様が言いました。「わたしの霊が人間のために汚されるのを放っておけない。人間はすっかり悪に染まっている。反省して、正しい道に戻れるように百二十年の猶予を与えよう。」

4 ところで、霊の世界の悪い者たちが人間の女との間に子供をもうけていたころ、またその後も、地上にはネフィリムという巨人がいました。彼らは大へんな勇士で、今でもたくさんの伝説にうたわれています。

5 神様は、人間の悪が目もあてられないほどひどく、ますます悪くなっていく一方なのを知って、

6 人間を造ったことを残念に思うのでした。心がかきむしられるようなつらさです。

7 「せっかく造った人間だが、こうなった以上は一人残らず滅ぼすしかないな。人間ばかりじゃない、動物もだ。爬虫類も、それから鳥も。いっそ何も造らなければよかったのだ。」神様は悔やみました。

8 しかしノアは別でした。彼だけは、神様に喜ばれる生き方をしていたのです。ここでノアのことを話しましょう。

9 そのころ地上に生きていた人のなかで、ただ一人ほんとうに正しい人が、ノアでした。いつも、神様のおこころにかなう事をしようと心がけていたのです。彼にはセム、ハム、ヤペテという三人の息子がいました。

10 -

11 一方、世界はどうでしょう。どこでも犯罪は増えるばかりで、とどまる所を知りません。神様の目から見ると、この世界は芯まで腐りきっていました。

12 どうにも手のつけられない状態です。人類全体が罪にまみれ、どんどん堕落していくのを見て、神様はノアに言いました。「わたしは人類を滅ぼすことにした。人間のおかげで世界中が犯罪で満ちあふれてしまった。だから、一人残らず滅ぼそうと思う。

13 -

14 ただ、おまえだけは助けてやろう。いいか、樹脂の多い木で船を造り、タールで防水を施すのだ。船には甲板を張り、仕切りをつける。

15 全体の大きさは、長さ百五十メートル、幅二十五メートル、高さ十五メートルにする。

16 周囲には、屋根から五十センチ下がった所に天窓をつける。中の甲板は上中下と三層にし、船腹には扉をつける。

17 さて、よく聞くのだ。わたしは世界に洪水を起こし、生き物を滅ぼす。いのちの息のあるものは、みな死に絶える。

18 だが約束しよう。おまえは、妻や息子夫婦といっしょに船に乗れば安全だ。

19 動物を一つがいずつ連れて入ることも忘れるな。洪水から守ってやるのだ。いいか、あらゆる種類の鳥と動物と爬虫類を、一つがいずつだぞ。

20 -

21 それから食糧だが、おまえたちと動物が十分食べられるだけたくわえるのだ。」

22 ノアは、何もかも神様から命じられたとおりにしました。

7

1 とうとうその日がきました。神様がノアに命じました。「さあ、家族全員と船に入りなさい。この地上で正しい人間と言えるのは、おまえだけだ。

2 動物も一つがいずつ連れて入りなさい。ただし、食用といけにえ用に、特別に選んだ動物は、それぞれ七つがいずつだ。

3 ほかに、鳥も七つがいずつ入れなさい。こうしておけば、洪水が終わってから、もう一度生き物が繁殖できる。

4 あと一週間たつと、雨が降り始め、四十日のあいだ昼も夜も降り続く。わたしが造った動物と鳥と爬虫類はみな死に絶えるだろう。」

5 ノアは、何もかも命じられたとおりにしました。

6 洪水が襲ってきた時、彼は六百歳でした。

7 水から逃れるため、彼は急いで妻と息子夫婦を連れ、船に乗り込みました。

8 各種の動物もみないっしょです。食用といけにえ用の動物も、そうでない動物も、それから鳥も爬虫類もです。みな神様がノアに命じたとおり、雄と雌のつがいで乗り込みました。

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10 一週間後、ノアが生まれて六百年と二か月十七日たった日のことです。どしゃぶりの雨が降り始め、地下水までが勢いよく吹き出したではありませんか。四十日のあいだ昼も夜も、そんな状態が続きました。

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13 しかし、まさにその日に、ノアは妻と息子セム、ハム、ヤペテとその嫁たちを連れて、船に乗り込みました。

14 家畜と言わず野生のものと言わず、あらゆる種類の動物、爬虫類、鳥もいっしょでした。

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16 神様の命令どおり、雄と雌のつがいで乗り込んだのです。そのあと神様が扉を閉じ、もう心配はなくなりました。

17 四十日のあいだ、水はすさまじい勢いで荒れ狂いました。世界中がすっかり水でおおわれ、船は水に浮かびました。

18 みるみる水嵩が増していきますが、船は水に浮いているので安全です。

19 とうとう、世界中の高い山という山が、すべて水をかぶってしまいました。

20 いちばん高いいただきでさえ、水面から七メートルも下に沈んだほどです。

21 地上の生き物は、みな死に絶えました。鳥、家畜と野生の動物、爬虫類、そして全人類が......。

22 かつて、かわいた地の上で生き、呼吸していたものは、絶滅したのです。

23 人間、動物、爬虫類、鳥といった地上の全生物が姿を消しました。神様が全滅させたのです。かろうじて生き残ったのは、ノアといっしょに船に乗っていたものだけでした。

24 水は地上を百五十日の間おおいました。

8

1 船の中のノアと動物のことを、神様は決して忘れませんでした。やがて神様が風を吹きつけると、水はしだいに引き始めました。

2 地下水も止まり、滝のように降っていた雨足も、おさまってきたのです。

3 水は少しずつ引き、降り始めてから百五十日目に、とうとう船はアララテ山のいただきに止まりました。

4 -

5 くる日もくる日も水位は下がり続け、三か月後には、ようやくほかの山々も姿を現わし始めました。

6 水が引き始めてから四十日目、ノアは天窓を開け、

7 からすを放しました。からすは、地面がかわくまであちこち飛び回っていました。

8 しばらくして今度は鳩を放し、かわいた土地を捜させました。

9 けれども鳩は下り立つ所が見つからず、ノアのもとへ帰って来ました。水はまだ、かなり深かったのです。ノアは腕を伸ばし、鳩を船の中に引き入れました。

10 それから七日後、ノアはまた鳩を飛ばしてみました。

11 夕方ごろ戻ったのを見ると、オリーブの葉をくわえています。それで水がそうとう引いたことがわかりました。

12 一週間してもう一度放ってみると、今度は、それきり戻りませんでした。

13 そのあと、さらに二十九日たちました。いよいよ扉を開け、外を見渡すと、水は引いています。

14 もうじきです。しんぼう強く、さらに八週間待つうちに、とうとう地面はすっかりかわきました。

15 神様のお許しも出ました。「さあ、みんな外に出なさい。

16 -

17 動物も鳥も爬虫類もみな出してやりなさい。それぞれ繁殖して、どんどん増えるようにするのだ。」

18 それを待っていたように、ノアと妻と息子夫婦、それに動物たちが、いっせいに外へ出、船はたちまち空っぽです。みなそれぞれのグループごとに、一組ずつ船から出ました。

19 -

20 ノアはそこに祭壇を築き、神様から特別に指定された動物や鳥を、いけにえとしてささげました。

21 神様はそのささげ物を喜び、こう心に誓われました。「もう二度とこんなことはすまい。人間は子供の時から悪い性質をもっていて、実際ひどく悪いことをするものだ。しかしもう、大地をのろって生き物を全滅させるようなことは絶対にしない。

22 大地がある限り、春の種まきと秋の収穫、暑さと寒さ、冬と夏、昼と夜とが、年ごとにくり返されるだろう。」

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1 神様は、ノアと息子たちを祝福なさいました。子供がたくさんでき、全地に増え広がるようにと命じたのです。

2 「野獣と鳥と魚はみな、おまえたちを恐れるようになるだろう。おまえたちは動物を治めるのだ。穀物と野菜のほかに動物も食用としてかまわない。

3 -

4 だが、いのちの源である血をすっかり抜き取ったあとでなければ、食べてはいけない。

5 殺人は禁止する。人を殺した動物は生かしておくな。同じように、殺人者も死刑だ。人殺しは、神に似せて造られた者を殺すことだからだ。

6 -

7 さあ、子供をたくさん生みなさい。どんどん増え広がって、世界を治めるのだ。」

8 それから、ノアと息子たちに約束なさいました。

9 「おまえたちとおまえたちの子孫、それに生き残った鳥、家畜、野生の動物ぜんぶに、おごそかに誓う。もう二度と洪水で世界を滅ぼしたりはしない。

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12 その約束のしるしに、

13 虹を雲にかけよう。この約束は、おまえたちと全世界に対し、この世の終わりまで効力をもつ。

14 雲が大地をおおう時、虹が雲の中に輝くだろう。

15 その時わたしは、いのちあるものを二度と洪水で滅ぼさないと、堅く約束したことを思い出そう。

16 雲間にかかる虹が、地上のすべての生き物に対する永遠の約束を思い出させるからだ。」

17 -

18 ノアの三人の息子はセム、ハム、ヤペテといいました。このうちハムがカナン人の先祖にあたります。

19 この三人から世界のあらゆる国民が出ているのです。

20 さて、ノアは農夫となり、ぶどうを栽培して、ぶどう酒をつくるようになりました。ある日、彼はぐでんぐでんに酔っ払い、裸のままテントの中で寝込んでしまいました。

21 -

22 ところが、それをカナンの父ハムが見たのです。彼はあわてて外に飛び出し、二人の兄に、父親が裸で寝ていると話しました。

23 話を聞いたセムとヤペテは父の服を取りに行きました。その服を自分たちの肩にかけ、二人並んでうしろ向きのままそろそろテントに入りました。そして、父親の裸を見ないように注意しながら、服をずり落とし、体にかけたのです。

24 ノアは酔いがさめて起き上がると、とっさに何があったのか悟りました。末息子のハムがしたことを知った時、彼はのろいのことばを吐きました。「カナン人〔ハムの息子カナンから出た民族〕はのろわれよ。セムとヤペテの奴隷になり下がれ。」

25 -

26 次にこう言いました。「神様がセムを祝福なさいますように。カナンは彼の奴隷となれ。神様がヤペテを祝福し、セムの繁栄にあずかる者としてくださいますように。カナンは彼の奴隷となれ。」

27 -

28 ノアは、洪水のあとさらに三百五十年生き、九百五十歳で死にました。

29 -

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1 ノアの三人の息子セム、ハム、ヤペテの家系は次のとおりです。以下は、洪水のあと三人に生まれた子供たちです。

2 ヤペテの子供はゴメル、マゴグ、マダイ、ヤワン、トバル、メシェク、ティラス。

3 ゴメルの子供はアシュケナズ、リファテ、トガルマ。

4 ヤワンの子供はエリシャ、タルシシュ、キティム、ドダニム。

5 この人たちの子孫は各地に散らばり、それぞれの国語をもつ海洋国をつくりました。

6 ハムの子供はクシュ、ミツライム、プテ、カナン。

7 クシュの子供はセバ、ハビラ、サブタ、ラマ、サブテカ。ラマの子供はシェバ、デダン。

8 クシュの子孫の一人に、ニムロデという人がいました。最初の王になった人です。

9 神様に祝福された強い狩猟家で、名が知れ渡っていました。「神様に祝福された強い狩猟家ニムロデのような人」などという、ほめことばもはやったくらいです。

10 彼は帝国をシヌアルの地に建て、バベル、エレク、アカデ、カルネなどを中心に栄えました。

11 領土はやがてアッシリヤまで広がりました。ニネベ、レホボテ・イル、ケラフ、ニネベとケラフの間にあるレセンなどは、みな彼が建てた町です。特にレセンは、帝国の中でも重要な町でした。

12 -

13 ミツライムは、次の地域に住みついた人たちの先祖です。ルデ、アナミム、レハビム、ナフトヒム、パテロス、ペリシテ人が出たカスルヒム、カフトル。

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15 カナンの長男はシドンで、ヘテも彼の子です。カナンの子孫には次の国々があります。エブス人、エモリ人、ギルガシ人、ヒビ人、アルキ人、シニ人、アルワデ人、ツェマリ人、ハマテ人。カナンの子孫は、やがてシドンからガザ地区のゲラルに至る一帯に進出し、さらにソドム、ゴモラ、アデマ、ツェボイム、そしてレシャの近くまで広がりました。

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20 以上がハムの子孫で、たくさんの国や地方に散らばり、たくさんの国語を話すようになりました。

21 ヤペテの兄セムからはエベルが出ました。

22 セムのほかの子孫は次のとおりです。エラム、アシュル、アルパクシャデ、ルデ、アラム。

23 アラムの子孫はウツ、フル、ゲテル、マシュ。

24 アルパクシャデの息子はシェラフで、シェラフの息子がエベルでした。

25 エベルには息子が二人生まれました。ペレグ〔「分裂」の意〕とヨクタンです。ペレグという名の由来は、彼の時代に世界が分裂し、人々が散らされたからです。

26 ヨクタンの子孫はアルモダデ、シェレフ、ハツァルマベテ、エラフ、ハドラム、ウザル、ディクラ、オバル、アビマエル、シェバ、オフィル、ハビラ、ヨバブ。ヨクタンの子孫はみな、メシャからセファルに至る東部の丘陵地帯に住みつきました。

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31 以上がセムの子孫です。それぞれを政治区分、国語、地理的な位置などによって分けると、こうなります。

32 以上の人々はみなノアの子孫で、彼らから洪水のあと何世代にもわたって、いろいろな国が発展してきたのです。

11

1 そのころ、人類はみな同じことばを話していました。

2 人口がしだいに増えると、人々は東の方に移って行きました。こうしてバビロンの地に平原を見つけ、大ぜいの人がそこに住みついたのです。

3 やがて大都市を建設しようという話が持ち上がりました。永遠に残る記念碑として、天にも届くような塔の神殿を造り、自分たちの力を見せてやろうというのです。「こうやって一致団結すれば、あちこちに散らされる心配もなくなるというものだ。」そう豪語すると、人々はよく焼いた堅いれんがをうずたかく積み上げ、アスファルトを集めてモルタル代わりにしました。

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5 神様は降りて来て、人間どもが造っている町と塔をご覧になりました。

6 「いやはや、なんということだ。同じことばを使い、政治的にも一致して事にあたれば、人間はこれだけの事をやすやすとやり遂げてしまう。この分だと、あとでどんな事をしでかすか、わかったものじゃない。何でもやってのけるだろう。

7 こうなったら地上へ降りて行って、彼らが違ったことばを話すようにしてしまおう。そうすれば、互いに何を言っているかわからなくなる。」

8 こうして、神様は人間を世界の各地に散らしました。もう都市建設はできません。

9 この都の名がバベル〔「混乱」の意〕と呼ばれたのは、このためです。つまり、神様がたくさんの国語を与えて人間を混乱させ、各地に広く散らしたのが、このバベルの地だったのです。

10 さて、セムの家系に、アルパクシャデという人がいました。洪水の二年後、セムが百歳のときに生まれた息子です。セムはそのあとも五百年生き、大ぜいの息子、娘に恵まれました。

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12 アルパクシャデは三十五歳のとき息子のシェラフをもうけ、そのあと四百三年生きたのですが、ほかにも息子と娘がたくさんいました。

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14 シェラフは息子のエベルが生まれたとき三十歳でした。そのあと四百三年生き、大ぜいの息子、娘に恵まれました。

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16 エベルは息子のペレグが生まれたとき三十四歳で、そのあとも四百三十年生き、息子、娘が大ぜい生まれました。

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18 ペレグは息子のレウが生まれたとき三十歳で、さらに二百九年生き、息子、娘が大ぜい生まれました。

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20 レウはセルグが生まれたとき三十二歳で、その後も大ぜいの息子、娘に恵まれて、二百七年生き長らえました。

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22 セルグは息子のナホルが生まれたとき三十歳で、その後も大ぜいの息子、娘に恵まれて、二百年生き長らえました。

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24 ナホルは息子テラが生まれたとき二十九歳で、その後も百十九年生き、大ぜいの息子、娘に恵まれました。

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26 テラが七十歳のとき息子が三人いました。アブラム、ナホル、ハランです。

27 ハランにはロトという息子ができました。

28 しかしハランは、若くして生まれ故郷のカルデヤのウルで死に、あとには父親のテラが残されました。

29 一方アブラムは、腹違いの妹サライと結婚し、ナホルも、孤児となった姪のミルカを妻にしました。ミルカにはイスカという兄弟がいましたが、二人ともハランの子です。

30 ところでサライは、子供ができない体質でした。

31 テラは息子のアブラムと嫁のサライ、ハランの息子で孫にあたるロトを連れて、カルデヤのウルを出発し、カナンの地へ向かいました。しかし途中、カランの町に立ち寄ったまま、そこに住みついてしまったのです。

32 テラはそこで死にました。二百五歳でした。

12

1 父親が死んだ時、神様はアブラムに命じました。「これから旅に出なさい。親類縁者も国も捨てて出かけるのだ。行く先はわたしが教えるから、ただ言われたとおりにすればよい。

2 そうすれば、おまえを偉大な国民の父にしてやろう。おまえを祝福し、おまえの名を広めて、だれ知らぬ者がないようにしてやろう。おまえのおかげで、ほかの多くの者も祝福される。

3 わたしは、おまえを祝福する者を祝福し、おまえをのろう者をのろう。おまえによって、全世界が祝福されるのだ。」

4 アブラムは神様の命令どおり出発しました。ロトもいっしょです。その時アブラムは七十五歳でした。

5 妻のサライと甥のロトのほか、カランで得た家畜や奴隷などを連れて旅をし、とうとうカナンに着きました。

6 そのまま旅を続け、シェケムの近くまで来ると、モレの樫の木のそばで野営することにしました。当時この地方には、カナン人が住んでいたのです。

7 さて神様はアブラムに現われ、「この地をおまえの子孫に与えよう」と約束なさいました。アブラムが喜んだのは言うまでもありません。神様とお会いした記念に、さっそくそこに祭壇を築きました。

8 それからさらに南へ向かい、丘陵地帯に来ました。西のベテルと東のアイにはさまれた地域です。アブラムは野営をし、神様のために祭壇を築いて祈りました。

9 そのあとまた、時々休みながら、ゆっくり南のネゲブへ旅を続けました。

10 ちょうどそのころ、この地方一帯がひどいききんに見舞われたのです。何とかしなければなりません。ひとまずエジプトへ行き、難を逃れることにしました。

11 エジプトの国境に近づくと、彼は妻のサライに、人には私の妹だと言ってくれ、と頼みました。「おまえはきれいだからな、エジプト人はきっと目をつけるだろう。『たいした女だが、亭主がじゃまだ。やつを殺して女を奪おう』と考えるかもしれない。だがな、妹ということにしておけば、おまえのことで私を大事にしてくれるだろう。それで、無事に生きのびることができるじゃないか。」

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14 エジプトへ着くと、案の定サライの美しさはうわさの的です。

15 宮殿の役人までが、王の前で彼女のことをほめそやしたので、王はとうとうサライを後宮に召し入れました。

16 おかげでアブラムは、王から羊、牛、ろば、男女の奴隷、らくだなど、たくさんの贈り物をもらいました。

17 しかし、それで事はすみません。王がサライを召し入れたために、神様は宮廷に、恐ろしい伝染病をはやらせたのです。

18 王はアブラムを呼びつけ、激しい非難をあびせました。「いったい、なんということをしてくれたのだっ!あれがおまえの妻だということを、どうして隠し立てしたのかっ!

19 妹だなどと嘘をつきおって。妻がわしのものになるのを平気で見ていたとは、全くもってけしからん。さあ、あの女を連れて、とっととこの国から出て行ってもらおう。」

20 王は兵士にアブラムたちを護送させ、エジプトから追放しました。アブラムの縁者は一人残らずです。さいわい財産は没収されずにすみました。

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1 一行はエジプトを出て北へ向かい、ネゲブまで来ました。アブラムと妻とロト、それに全財産という一行です。アブラムは金持ちで、家畜と金銀をたくさん持っていました。

2 -

3 そこからさらに、北のベテルに向かい、やがて、ベテルとアイにはさまれた、前に野営したことのある所まで来ました。この前のとき祭壇を築いた場所です。アブラムは、もう一度ここで神様を礼拝しました。

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5 ロトも、羊や牛をはじめ、大ぜいの使用人を持っていて、非常に裕福でした。

6 ところで、たくさんの家畜の群れを持つアブラム家とロト家の両方が住むには、この土地は狭すぎます。牧草地に比べて家畜の数が多すぎるのです。

7 当然のこと、アブラムの羊飼いとロトの羊飼いとの間に、争いが起きました。しかも、その地には、カナン人やペリジ人の部族も住んでおり、いつ襲われるかわからない、危険な状態だったのです。

8 アブラムはロトと話し合うことにしました。「なあ、ロト、お互いの使用人同士のけんかは、なんとしてもやめさせなきゃなるまい。身内同士でけんかをしても始まらん。伯父、甥の仲じゃないか。これからも仲よくやっていくに、こしたことはない。

9 で、こうしようと思うんだが、おまえの意見はどうだ。まずおまえが、どこでも好きな所を選ぶのだ。そして、私たちはここで別れる。おまえが東の方が欲しければ、私はここへ残るし、ここがいいと言うなら、東へ移ることにしよう。」

10 ロトは、ヨルダン川周辺の水に恵まれた肥沃な平野をじーっと見つめました。まだソドムとゴモラの町が神様に滅ぼされる前だったので、そこは、まるでエデンの園のように見えました。エジプトやツォアル近辺の美しい田園にも似ています。

11 ロトはその土地を選びました。東部一帯に広がるヨルダン渓谷の地です。彼は家畜と使用人を連れ、そこへ行くことにしました。二人はこうして別れました。

12 アブラムはカナンの地に残り、ロトは平野に下って、ソドムの町の近くに住みついたのです。

13 ただ困ったことに、この地方の住民はひどく質が悪く、神様に背くようなことばかりしていました。

14 ロトが行ってしまうと、神様はアブラムに言いました。「さあ、四方をぐるっと見渡しなさい。目の届く限り、遠くまでよく見るのだ。

15 その土地をすべて、おまえとおまえの子孫に与えよう。

16 また、おまえの子孫をふやそう。砂のように数えきれないほど大ぜいにな。

17 どこへでも出かけて行って、やがておまえのものになる、この新しい土地をよく調べるのだ。」

18 アブラムはヘブロンに近いマムレの樫の木の所に移り、そこでも、神様のために祭壇を築きました。

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1 折りも折り、この地方に戦争が起こりました。シヌアルの王アムラフェル、エラサルの王アルヨク、エラムの王ケドルラオメル、ゴイムの王ティデアルの同盟軍が、ソドムの王ベラ、ゴモラの王ビルシャ、アデマの王シヌアブ、ツェボイムの王シェムエベル、のちにツォアルと呼ばれたベラの王の連合軍と戦ったのです。

2 -

3 ソドム、ゴモラ、アデマ、ツェボイム、ベラの王たちは、今は塩の海と言われるシディムの谷に全軍を集めました。

4 この五人の王は、十二年間ケドルラオメル王に支配されていたのですが、十三年目に反乱を起こしたのです。

5 一年後、ケドルラオメル王の率いる同盟軍が討伐にのり出し、むごたらしい戦いが始まりました。同盟軍は、アシュテロテ・カルナイムのレファイム人、ハムのズジム人、キルヤタイムの平原にいたエミム人、セイルの山のホリ人を打ち破り、その勢いをかって、砂漠との境にあるエル・パランまで進軍しました。

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7 そこから引き返し、今のカデシュにあたるエン・ミシュパテでアマレク人を破り、さらにハツァツォン・タマルのエモリ人をも負かしました。

8 ソドム、ゴモラ、アデマ、ツェボイム、ベラ〔ツォアル〕の連合軍は、ケドルラオメル王の同盟軍に塩の海で戦いをいどんだのですが、敗れてしまいました。

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10 そのころ、谷にはアスファルトの穴がいっぱいありました。退却する時、ソドムの王とゴモラの王はその穴に落ち、残りは山へ逃げ込みました。

11 同盟軍は勝利の余勢をかってソドムとゴモラを略奪し、町中の財産と食糧を洗いざらい奪って、ようようと引き揚げたのです。

12 その時アブラムの甥ロトもソドムに住んでいたので、捕虜にされ、全財産を奪われました。

13 一人の男がうまく逃げ出し、ヘブル人のアブラムのところへ駆け込み、一部始終を報告しました。アブラムはそのころ、エモリ人マムレの所有地にある樫の木立の中に野営していたのです。マムレは、アブラムと同盟を結んでいたエシュコルとアネルの兄弟でした。

14 ロトが捕虜にされたことを聞くと、アブラムは総勢三百十八人の、家の子郎党を引き連れ、引き揚げる同盟軍をダンまで追いかけました。

15 そしてその夜、奇襲作戦をしかけたのです。作戦はまんまと成功し、敗走する軍隊をダマスコの北、ホバまで追いました。

16 略奪された物はぜんぶ取り返しました。親類のロトとその全財産、それに捕虜になっていた人々です。

17 ケドルラオメル王を打ち破り、現在の「王の谷」にあたるシャベの谷まで引き揚げると、ソドムの王がアブラムを出迎えました。

18 またシャレム〔エルサレム〕の王、いと高き天の神様の祭司メルキゼデクも、パンとぶどう酒を持って来ました。

19 その時、メルキゼデクはアブラムを祝福したのです。「全宇宙を造られた、いと高き神様の祝福が、アブラムよ、あなたにあるように。あなたを敵に勝たせてくださった神様が、あがめられるように。」アブラムはメルキゼデクに戦利品の十分の一を贈りました。

20 -

21 ところがソドムの王は、戦利品をもらうことを辞退しました。「捕虜にされていた国民を返してくださるだけで十分です。町から盗まれた物は、どうぞそのままお手もとに置いてください。」

22 しかしアブラムは、きっぱり答えました。「私はいと高き神、世界を造られた神様に堅く誓いました。

23 ですから、ひも一本いただくわけにはまいりません。『アブラムは私が物をやったから豊かになった』などと言われたくないのです。

24 ただ、追跡に加わった私の手の者が食べた分までは、お返ししませんが。それ以外は、いっさいいただけません。戦利品の分け前は、私と同盟を結んでいたアネル、エシュコル、マムレにやってください。」

15

1 そののち神様は、幻の中でアブラムに現われ、こう語りかけました。「アブラムよ、心配することはない。わたしがおまえを守り、大いに祝福してやろう。」

2 「ああ神様、私に息子がないのはご存じでしょう。それでは、どんなに祝福していただいても、何の役にも立ちません。息子がいなければ、全財産は一族のだれかほかの者が相続するのです。」

3 -

4 「いや、そんなことはない。ほかの者がおまえの跡継ぎになることは決してない。おまえの財産を相続する息子が必ず生まれるのだ。」

5 それから神様はアブラムを外へ連れ出し、満天の星空の下に立たせました。「空を見なさい。あの星をぜんぶ数えられるか?おまえの子孫はちょうどあの星のようになる。とても数えきれないほど大ぜいにな。」

6 アブラムは神様を信じました。神様はその信仰を認め、アブラムを正しい者とみなしました。

7 「カルデヤのウルの町からおまえを導き出したのは、このわたしだ。それは、この土地を永遠におまえのものとするためだ。」

8 「神様、できれば、その確かな証拠を見せていただけるとうれしいのですが。」

9 すると、次のようにせよと言われました。それぞれ三歳の雌牛と雌やぎと雄羊、それに山鳩とそのひなを連れて来て、

10 殺し、真ん中から引き裂いて二つに分けよ、というのです。ただし、鳥は裂いてはいけない、と注意されました。

11 アブラムは言われたとおりにしました。そして、はげたかが死体の上に舞い下りて来そうになると、追い払うのでした。

12 やがて夕方になり、日が西に沈みかかります。アブラムは眠くて、どうにも我慢できなくなりました。何か恐ろしいことが起きる前兆のような、深いやみが忍び寄ってきたのです。

13 その時、神様の声がしました。「おまえの子孫は四百年のあいだ外国で奴隷にされ、苦しめられるだろう。

14 だが、その国をわたしは罰する。そしてついには、あり余るほどの富を携えて、彼らはその国から脱出することになるのだ。

15 おまえは天寿を全うし、安らかにこの世を去るだろう。

16 四世代ののち、彼らはこの地に帰る。今ここに住んでいるエモリ人の国々の悪行は、まだ大したことはない。だがその時がきたら、きびしい刑罰を受けるのだ。」

17 もう日はすっかり沈み、あたりは真っ暗です。見ると、煙のたち込めるかまどと燃えるたいまつが現われ、二つに引き裂かれた動物と鳥の死体の間を通り抜けたのです。

18 こうしてその日、神様はアブラムと契約を結ばれました。「わたしはこの地をおまえの子孫に与える。ワディ・エル・アリシュ〔エジプト川〕からユーフラテス川に至る地だ。

19 また、ケニ人、ケナズ人、カデモニ人、ヘテ人、ペリジ人、レファイム人、エモリ人、カナン人、ギルガシ人、エブス人の国々をも与えよう。」

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1 神様の約束にもかかわらず、サライとアブラムには、なかなか子供ができません。そこでサライは、ハガルというエジプト人の召使を、

2 アブラムのそばめにしました。「神様は、いつまでたっても子供を授けてくださらないわ。こうなったら、あなたが私の召使といっしょになるしかないと思うの。それで、もし子供が生まれたら、私の子ということにしてくださいな。」こう言われて、アブラムも同意しました。カナンの地に来てから、かれこれ十年たっていました。

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4 アブラムはハガルといっしょになり、やがて彼女は妊娠しました。ところが、そのことがわかると、とたんに傲慢になり、女主人のサライに横柄な態度をとるようになったのです。

5 サライはアブラムに食ってかかりました。「みんなあなたが悪いんですよ。召使ふぜいにまでばかにされちゃ、私の立場がないわ。いったいだれのおかげで、あなたといっしょになれたと思ってるのかしら。元はと言えば、あなたのせいよ。こうなったら、どちらの言い分が正しいか、神様に決めていただきましょう。」

6 「まあまあ、そこまでしなくても、あの娘はおまえの好きなように罰したらいいじゃないか。」それならと、サライはハガルを気のすむまでいじめ抜きました。もうとても我慢できません。ハガルは逃げ出しました。

7 ようやく、シュルへ通じる道路わきにある砂漠の泉のそばまでたどり着いた時、神様の使いが彼女を見つけました。

8 「サライの召使ハガルよ、どこから来て、これからどこへ行くつもりなのだ。」「女主人のところから逃げ出して来たのです。」

9 「それはいけない。戻って、務めをきちんと果たしなさい。心配はいらない。おまえの子孫は大きな国になるのだ。今、おまえのお腹には子供がいるね。男の子が生まれるから、イシュマエル〔「神は聞いてくださる」の意〕と名づけなさい。神様はおまえの苦しみを聞き届けられたからだ。息子は野生のろばのように荒々しく、思うままに振る舞う暴れ者となるだろう。すべての人を敵に回し、ほかの人たちも彼に敵意をいだく。彼はまた、親族の者とも敵対するだろう。」

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13 そののちハガルは、神様のことを「私を顧みてくださる神様」と呼ぶようになりました。彼女に現われたのは、実は神様ご自身だったのです。「私は神様を見たのに死にもせず、こうして、そのことを人に話すこともできるわ」と、彼女は言いました。

14 のちにその井戸は、「私を顧みてくださる生けるお方の井戸」と名がつきました。それはカデシュとベレデの間にあります。

15 やがて、ハガルはアブラムの子供を産み、アブラムはその子をイシュマエルと名づけました。

16 その時、アブラムは八十六歳でした。

17

1 アブラムが九十九歳になった時、神様が彼に現われました。「わたしは全能の神である。わたしの命令に従って正しく生きなさい。

2 わたしはおまえと契約を結ぶ。おまえが大きな国民になることを保証する契約だ。事実、おまえは一つの国民だけでなく、たくさんの国の先祖となるのだ。」神様が話すのを、アブラムは地にひれ伏し、顔をすりつけんばかりにして聞いていました。

3 -

4 -

5 「もう一つある。わたしはおまえの名前を変えようと思う。これからは『アブラム』〔「地位の高い父」の意〕ではなく、『アブラハム』〔「国々の父」の意〕と名のりなさい。実際そうなるからだ。宣言してもかまわない。

6 子孫を数えきれないほどふやそう。たくさんの国ができることだろう。おまえの子孫からは王も出る。

7 この契約を、わたしは何世代にもわたって永遠に守り続ける。おまえだけでなく、おまえの子孫との間の契約でもあるからだ。わたしがおまえの神となり、また、おまえの子孫の神となるという契約なのだ。このカナンの全土は永久におまえとおまえの子孫のものだ。そして、わたしがおまえたちの神となる。

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9 おまえは契約の条件を忠実に守らなければならない。おまえもおまえの子孫も一人残らずだ。その条件というのは、男はみな割礼を受けるということだ。

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11 つまり、生殖器の包皮を切り取る。これが、おまえたちがこの契約を受け入れたしるしとなる。

12 男の子はみな、生まれて八日目に割礼を受けなければならない。おまえの家の子だけでなく、外国人の奴隷も、男はみな受ける。この条件は永遠に変わらない。おまえの子孫全員に適用すべきものだ。

13 例外は一人も認められない。割礼は、おまえたちの体そのものが、永遠の契約にあずかっていることのしるしだからだ。

14 これを拒否する者はだれでも、部族の一員とはみなされないことになる。わたしの契約を無視した罰だ。」

15 神様はさらに続けました。「おまえの妻サライだが、これからは『サライ』ではなく、『サラ』〔「王女」の意〕にしなさい。

16 わたしは彼女を祝福する。彼女はおまえの息子を産むだろう。すばらしい祝福を与えて、彼女を国々の母とする。おまえの子孫からは大ぜいの王が出ることだろう。」

17 これを聞いたアブラハムは、地にひれ伏して神様を礼拝しました。しかし、とても信じられないことなので、心の中では笑っていました。「この私が父親になるんだって?百歳の老いぼれが?それにサラだってもう九十だ。赤ん坊なんかできるはずがない。」

18 アブラハムは神様に申し上げました。「それはありがたいことです。どうぞ、イシュマエルを祝福してくださいますように。」

19 「いいや、わたしはそうは言っていない。サラが、おまえの息子を産むのだ。その子をイサク〔「笑い声」の意〕と名づけなさい。わたしは永遠の契約を、彼と彼の子孫との間に結ぶ。

20 イシュマエルのことはわかった。あの子も祝福しよう。願いどおり彼の子孫をふやし、大きな国にする。十二人の王子が彼の子孫から出る。

21 しかし、契約を結ぶのはイサクとだ。来年の今ごろ、サラはイサクを産む。」

22 こう言い終えると、神様は、アブラハムのもとを去りました。

23 その日アブラハムは、直ちに息子イシュマエルをはじめ男性全員を集めました。彼の家で生まれた者も外部から買い入れた者もみんなです。そして、神様から命じられたとおり、一人残らず生殖器の包皮を切り取る儀式を行ないました。

24 その時アブラハムは九十九歳、イシュマエルは十三歳でした。二人とも同じ日に割礼を受けました。家の中の男性は、そこで生まれた者も奴隷として買い取られた者も、一人残らず同じように割礼を受けました。

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1 アブラハムがマムレの樫の木のそばにテントを張っていた時、神様は再び彼に現われました。そのいきさつは次のとおりです。夏のある暑い日の午後でした。アブラハムはテントの入口に座っていました。

2 ふと目を上げると、三人の男がこちらに来ます。すぐさま立ち上がり、走って行って、喜んで出迎えました。

3 「まあまあ、そんなに先を急がないで、どうぞごゆっくり。この木陰で少しお休みください。水をお持ちしますから、足を洗ってさっぱりなさるといいですな。

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5 何もありませんが、食事でもいかがですか。元気がつきますよ。しばらく休んで、それから旅を続けられたらよろしいでしょう。」「ありがとう。おことばに甘えて、おっしゃるとおりにさせていただきましょう。」

6 アブラハムはさっそく、テントの中のサラのところへ駆け戻りました。「さあさあ、大急ぎでパンケーキを作ってくれ。いちばん上等の粉でな。お客さんが三人お見えだ。」

7 次は家畜のところです。走って行って、群れの中から太った子牛を選ぶと、召使に急いで料理するよう言いつけました。

8 まもなく、チーズとミルクと子牛のあぶり肉が運ばれ、食卓が整えられました。客が食事をしている間、アブラハムはそばの木の下に立っていました。

9 「ところで、奥さんはどちらに?」と三人が尋ねるので、「テントの中です」と答えました。

10 三人のうちの一人、神様が言いました。「来年の今ごろわたしがまた来る時、おまえとサラの間に、男の子が生まれているだろう。」サラはうしろのテントの入口で一部始終を聞いていました。

11 この時にはアブラハムもサラもすっかり年をとり、サラは、子供ができる時期はとうの昔に過ぎていたのです。

12 あまりばかばかしくて、サラは笑いをかみ殺すのがやっとでした。「私みたいなおばあさんが、赤ん坊を産むだなんて」と、彼女は自分をあざけるようにつぶやきました。「それにあの人だってもう年だし......。」

13 神様はそれを聞きとがめ、アブラハムに言いました。「なぜサラは笑ったのか。なぜ『私みたいなおばあさんは赤ん坊なんか産めない』などとつぶやくのか。

14 神にできない事は何もない。おまえに言ったとおり、来年の今ごろまた来る時には、必ずサラに子供が生まれるようにしよう。」

15 サラはあわてて否定しました。「笑っただなんて、とんでもございません。」どうなることか、こわくてたまりません。必死の思いでごまかしましたが、神様はちゃんとご存じでした。

16 このあと三人は腰を上げ、ソドムに向かいました。アブラハムは見送りかたがた、途中までいっしょに歩いて行きました。

17 その時、神様は考えました。「わたしの計画を、アブラハムに隠しておいて、いいだろうか。

18 アブラハムの子孫は大きな国になるのだし、世界中の国々が彼のおかげで祝福を受ける。

19 それに、わたしがこの男を選んで、神を敬う、正しく善良な者たちを起こそうとしたのだ。約束は守らなければならない。」

20 そこで神様は、アブラハムに打ち明けました。「ソドムとゴモラの住民が、すっかり悪に染まってしまったそうだ。ずいぶんひどい事をしているという。

21 今、その知らせが本当かどうか調べに行くところなのだ。向こうに着けば、何もかもはっきりわかるだろう。」

22 ほかの二人は、そのままソドムへ向かいましたが、神様はしばらくの間、アブラハムといっしょにあとに残りました。アブラハムは恐る恐る神様に近づきました。「ちょっとお伺いしてよろしいでしょうか。神様は正しい人も悪人も同じように殺してしまうおつもりですか。

23 -

24 もしあの町に正しい人が五十人いたとしても、それでも町を滅ぼされますか。その人たちのために町を救おうとはなさらないのですか。

25 だとしたら、正義はどこにあるのでしょう。悪人も正しい人もいっしょに殺してしまうなんてことを、神様がなさるはずはありません。もしも、もしもそんなことをしたら、正しい人も悪人も全く同じ取り扱いをすることになってしまいます。決してそんなことはなさらないでしょうね。全地をさばかれるお方は、公平でなければならないのですから。」

26 「わかった。正しい人が五十人見つかったら、彼らのために町全体を救うことにしよう。」

27 「ありがとうございます。ですが、あともう少しお伺いしてよろしいでしょうか。こう申し上げる私自身が、ちりや灰にすぎない者だということは、よく承知しております。

28 しかし、もし正しい人が四十五人しかいない時はどうでしょう。五人足りないだけで、町を滅ぼされますか。」「四十五人いれば滅ぼすまい。」

29 「では、四十人しかいなかったら?」「四十人でも。」

30 「どうぞお怒りにならないでください。あえてお聞きするのです。三十人ではいかがでしょう。」「やはり滅ぼすまい。」

31 「私の気持ちを察して、もう少し続けさせてください。もし二十人だけでしたら?」「よろしい。その二十人のために滅ぼさない。」

32 「神様、お怒りにならないでください。もうひと言だけ、これが最後です。もしも、たった十人だったら、いかがでしょう。」「もうよい。その場合も、その十人のために町を滅ぼすまい。」

33 神様はアブラハムと話し終えると、先を急ぐように行ってしまわれました。アブラハムはテントに帰りました。

19

1 その日の夕方、二人の御使いがソドムの町の入口へやって来ました。ちょうどそこに、ロトが座っていました。ロトは二人を見ると立ち上がって出迎え、あいさつしました。

2 「どうぞ私の家にお泊まりください。あすの朝、お好きな時間にお発ちになればよろしいでしょう。」「いいえ、けっこうです。一晩くらいこの広場で休みますから。」

3 けれども、ロトはあとへ引きません。とうとう二人はロトの家について行きました。彼は客のためにイースト菌を入れない焼きたてのパンを出し、ごちそうを並べました。食事が終わり、

4 床の用意にかかろうとしていると、町中の男たちが、若者から年寄りまで、ぐるりと家を取り囲み、

5 大声でわめき散らしました。「やいやい、あの二人を外に出せっ。うーんとかわいがってやるぜっ。」

6 ロトは連中をなだめようと外へ出、うしろの戸を閉めました。

7 「お願いだ。乱暴はやめてくれ。

8 うちには結婚前の娘が二人いるから、好きなようにしてかまわない。だがな、客人に手出しをすることだけは、やめてくれないか。私が責任をもってお泊めしたんだから。」

9 「うるせえ、引っ込んでろっ!」暴徒どもは口々に叫びました。「だいたい自分を何様だと思ってやがるんだ。お情けでこの町に住ませてもらってるのに、おれたちに命令しようってのか?こうなったら、あの二人のことなんかどうでもいいぜ。それより、おまえの生意気な面の皮をひっぱがしてやらあ」と言うが早いか、連中はどっとロトに飛びかかり、戸をこわし始めました。

10 絶体絶命です。ところが、もうだめだと思った時、客の二人がさっと腕を伸ばしてロトをつかみ、家の中に引きずり込むと、がっちり戸にかんぬきをかけてしまったのです。

11 そして男たちの目をしばらく見えなくしたので、戸がどこにあるのかわからなくなってしまいました。

12 客というのは、実は神様の使いだったのです。二人はロトに言いました。「ところで、この町に親戚がありますか。家族の皆さんも、それからもし親戚があれば、その人たちもみな、ここから逃げなさい。

13 われわれは今から町を滅ぼします。ここの腐敗した有様は天にまで知れ渡り、神様が、『そんな町は滅ぼせ』と言われたのです。」

14 ロトは急いで表へ飛び出し、娘のいいなずけのところへ駆けつけました。「すぐ町から出るんだ。神様がこの町、この町を滅ぼそうとしておられる!」ところが若者たちには、ロトが気が狂ってしまったとしか思えません。あっけにとられて彼を見つめるだけでした。

15 翌朝、夜が明けるころ、御使いたちはしきりにロトをせかせます。「さあさあ、ぐずぐずしないで。奥さんと、ここにいる二人の娘さんを連れて、今のうちに逃げるのです。大急ぎですよ。さもないと町もろとも滅ぼされてしまいます。」

16 それでもまだ、ロトがぐずぐずしているので、御使いはロト夫婦と二人の娘の手を取り、町の外の安全な場所へせきたてました。神様はほんとうに思いやりのある方だからです。

17 「いのちが惜しかったら一目散に逃げなさい。絶対うしろを振り返ってはいけません。山の中へ逃れるのです。いつまでもこの低地にいると、死んでしまいますよ。」

18 「どうぞ、そんなことになりませんように。これほどまでして、いのちを助けてくださるご親切には、お礼の申しようもございません。そのついでと言っては何ですが、山の中ではなく、あそこに見える、小さな村に逃げ込んではいけないでしょうか。山の中では、どんな危険な目に会うかわかりません。けれども、あの村ならそんなに遠くないし......、それにほんの小さな村ではありませんか。お願いです。あそこへ行かせてください。どんなに小さい村か、見ておわかりでしょう。あそこなら、私どもも助かります。」

19 -

20 -

21 「よろしい。言うとおりにしてあげましょう。あの小さな村は滅ぼさないことにします。

22 だが急ぐのですよ。急がなければだめですよ。あなたが向こうに着くまで、私は何もしないから。」この時から、その村はツォアルと呼ばれるようになりました。「小さな村」という意味です。

23 ロトが村に着くと、ちょうど太陽がのぼったところでした。

24 その時、天から、火と燃えるタールが、ソドムとゴモラの上に雨あられと降りかかりました。

25 そして、平野に点在するほかの町や村といっしょに、ソドムとゴモラをすっかり焼き尽くしてしまったのです。人間も植物も動物も、いのちあるものはみな死に絶えました。

26 ロトの妻も、夫のあとからついて行ったのですが、警告に背いてうしろを振り返ったので、塩の柱になってしまいました。

27 その日、アブラハムは早く起きて、神様と話をした場所に急ぎました。

28 ソドムとゴモラのあった平野を見渡すと、まるでかまどのように熱気がたちこめ、煙の柱が町のあちこちに立っているのが見えます。

29 しかし神様は、アブラハムの願いを聞き入れ、ロトのいのちを救ってくださいました。町をおおい尽くした死の災いから、彼を救い出してくださったのです。

30 のちにロトはツォアルの人々を恐れて山へ逃げ、二人の娘といっしょにほら穴で暮らしました。

31 そんなある日、姉が妹に言いました。「このあたりには男の人がいないし、お父さんも私たちを結婚させることなんかできないわ。それにお父さんだってすぐ年をとって、子供をつくれなくなってしまうのよ。

32 だから、お父さんをぶどう酒で酔いつぶして、いっしょに寝ましょうよ。うちの家系が絶えないようにするには、そうするしかないわ。」

33 相談がまとまり、二人はその夜、父親に酒を飲ませ、まず姉が父親のところに行きました。しかしロトは、娘と寝たことはおろか、何一つ覚えていませんでした。

34 あくる朝、彼女は妹に言いました。「ゆうべお父さんと寝たわ。今夜また、お酒を飲ませましょう。今度はあなたの番よ。」

35 二人はその夜もまた父親に酒を飲ませ、妹が父親といっしょに寝ました。前の晩と同じように、父親は、娘がそばに来たことなど全く気がつきませんでした。

36 こうして、娘は二人とも父親の子供を宿したのです。

37 姉の子供はモアブと名づけられ、モアブ人の先祖となりました。

38 妹の子供はベン・アミで、アモン人の先祖です。

20

1 さて、アブラハムは南のネゲブの地へ移り、カデシュとシュルの間に住みました。ゲラルの町にいた時、

2 彼はサラを妹だと言ったので、アビメレク王は彼女を王宮に召し入れました。

3 ところがその夜、神様が夢で王に現われました。「おまえは夫のある女を召し入れた。いのちはないものと思え。」

4 しかしアビメレクは、まだ彼女と床を共にしてはいませんでした。「神様、それはとんだぬれ衣です。

5 妹だと言ったのは、あの男のほうですよ。それに彼女自身も、『ええ、彼は兄です』と言ったんです。私にはやましい気持ちなどみじんもありませんでした。」

6 「それはよくわかっている。だから、おまえが罪を犯さないようにしてやったのだ。彼女に指一本ふれさせないように、わたしが仕向けたのだ。

7 さあ、彼女を夫のもとに返しなさい。彼は預言者だから、おまえのために祈ってくれるだろう。そうすればおまえは助かる。だが、彼女を返さなければ、おまえも家族の者も、いのちはないぞ。」

8 翌朝、王は早々と起き、宮殿で働く人々全員を集めました。王から事のいきさつを聞いた人々はみな、恐ろしさに震え上がりました。

9 このあと、王はアブラハムを呼びつけました。「いったいなんということをしてくれたのか。こんな仕打ちを受ける覚えはさらさらありませんぞ。もう少しで、私も国も、たいへんな罪を犯すところだった。全く、あなたがこんなことをするとは......。どうして、こんなひどいことを考えついたのか?」

10 -

11 アブラハムは答えました。「実を言いますと、てっきりこの町は神様を恐れない町だと思ったのです。『きっと、私を殺して妻を奪うだろう。』そう思いました。それに、あれが妹だというのはまんざら嘘でもありません。腹違いの妹なのです。私たちは兄弟で結婚したのです。

12 -

13 そんなわけで、神様の命令で故郷を発つ時、あれに『これからどこへ行っても、おまえは私の妹だということにしてほしい』と頼んでおいたのです。」

14 アビメレク王は、羊と牛と男女の奴隷をアブラハムに与え、妻のサラを返しました。

15 「さあ、私の国をご覧なさい。どこが気に入りましたかな。どこでもお好きな所に住んでかまいませんぞ。」王はアブラハムにこう言うと、

16 サラの方を向いて続けました。「あなたの『お兄さん』に、弁償金として銀貨一千枚を差し上げることにしよう。それで万事まるく収めてもらえないだろうか。こういうことは、きちんと片をつけておきたいのでね。」

17 アブラハムは神様に、王と王妃をはじめ、一族のすべての女性の病いが治るようにと祈ったので、彼女たちはまた子供ができるようになりました。

18 というのは、アビメレクがアブラハムの妻を召し入れた罰で、みな子供ができないようにされていたのです。

21

1 さて神様は、約束どおりのことをなさいました。サラに子供ができて、年老いたアブラハムの息子を産んだのです。その時期も、神様が言われたとおりでした。

2 -

3 アブラハムはその子をイサク〔「笑い声」の意〕と名づけました。

4 そして、生まれて八日目に、神様から命じられたとおり、割礼を受けさせました。この時、アブラハムは百歳でした。

5 -

6 サラは大喜びです。「神様のおかげで、私もようやく笑えるようになったわ。私に赤ちゃんができたと知ったら、皆さんがいっしょに喜んでくれるでしょうよ。

7 まるで夢のようだわ。年老いた主人のために、赤ちゃんを産んだのですもの。」

8 子供は日を追って大きくなり、やがて乳離れする時になりました。アブラハムはうれしくてたまりません。子供の成長を祝ってパーティーを開きました。

9 ところが、エジプト人の女ハガルが産んだイシュマエルが、弟イサクをからかい半分にいじめたのです。それを目ざとく見つけたサラは、

10 アブラハムにせがみました。「ねえ、あなた、あの女奴隷と子供を追い払ってくださいな。跡継ぎはイサクに決まってるし、あの子に財産の分け前をやるなんて、私は絶対いやですわ。」

11 アブラハムは困り果てました。なんと言っても、イシュマエルだって自分の子供なのです。

12 しかし神様は、アブラハムを力づけました。「あの子と女奴隷のことは、あまり心配してはいけない。サラの言うとおりにしなさい。わたしの約束はまちがいなくイサクによって成就するのだ。

13 だが、ハガルの子もおまえの息子だ。必ずその子孫の国を大きくしてやろう。」

14 翌朝、アブラハムは早く起きました。さっそく旅行用の弁当を用意し、水を入れた袋をハガルに背負わせると、息子といっしょに送り出しました。二人はベエル・シェバの荒野まで来ましたが、どこといって行く先はありません。ただあてもなくさまようばかりです。

15 やがて水も底をつきました。もう絶望です。彼女は子供を灌木の下に置き、

16 自分は百メートルほど離れた所に座りました。「とても、あの子が死ぬのを見ていられないわ。」そう言うと、わっと泣きくずれました。

17 その時、天から神様の使いの声が響きました。神様が子供の泣き声を聞きつけたのです。「ハガルよ、どうしたのだ。何も恐れることはないのだよ。あそこで泣いているあの子の声を、神様はちゃんと聞いてくださった。

18 さあ早く行って子供をしっかり抱きしめ、慰めてやりなさい。必ずあの子の子孫を大きな国にすると約束しよう。」

19 こう言われて、はっと気がついてみると、なんと井戸があるではありませんか。大喜びで水を袋の口までいっぱいにし、子供にも飲ませました。

20 神様に祝福されて、少年はパランの荒野でたくましく成長し、やがて弓矢の達人になりました。そして、母親がエジプトから迎えた娘と結婚しました。

21 -

22 この頃のことです。アビメレク王と軍の司令官ピコルとが、アブラハムのところへ来て言いました。「あなたは何をしても神様に守られておいでだ。それは、だれが見てもはっきりしていますな。

23 そこで、折り入ってお願いしたい。私や息子、孫たちをだましたりせず、今後もわが国と友好関係を保っていくことを、神様の名にかけて誓ってくれないだろうか。あなたにはこれまで、ずいぶんよくしてきたはずだが。」

24 「いいですとも、誓いましょう。」

25 しかし、その時アブラハムは、王の召使がアブラハムの召使を脅して井戸を奪い取ったことで、不服を申し立てました。

26 「はて、それは初耳ですな。いったいだれが、そんなことを......。その時すぐ言ってくださればよかったのに。」

27 こうして契約を結ぶことになり、アブラハムはそのしるしに、羊と牛を王に与えて、いけにえとしました。

28 ところが、彼が雌の子羊を七頭別にとっておいたのを見て、王は尋ねました。「これは、どういうわけかね。」

29 -

30 「実は、この子羊は王様への贈り物です。これで、この井戸が私のものだということを、はっきりさせようと思いまして。」

31 そののち、この井戸はベエル・シェバ〔「誓いの井戸」の意〕と呼ばれるようになりました。王とアブラハムが、そこで契約を結んだからです。

32 そのあと、王と司令官ピコルは、国へ帰りました。

33 アブラハムは井戸のそばに柳を一本植え、そこで神様に祈りました。永遠の神様に〔契約の証人となっていただくため〕です。

34 こうしてアブラハムは、ペリシテ人の国に長いあいだ住むことになりました。

22

1 しばらくすると、神様はアブラハムの信仰と従順をテストなさいました。「アブラハム。」「はい、神様。」

2 「ひとり息子を連れてモリヤへ行きなさい。そうだ、愛するイサクを連れて行くのだ。そしてわたしが指定する山の上で、完全に焼き尽くすいけにえとしてささげなさい。」

3 アブラハムは明くる朝はやく起きると、祭壇で燃やすたき木を割り、ろばに鞍をつけて出かけました。息子イサクと若い召使二人もいっしょです。

4 三日目、指定された場所が遠くに見える所まで来ました。

5 「おまえたち二人はろばと、ここで待っていなさい。わしと息子はあそこへ行き、神様を礼拝してすぐ戻る」と、アブラハムは召使に言いつけました。

6 アブラハムは、完全に焼き尽くすいけにえ用のたき木をイサクに背負わせ、自分は刀と火打ち石を持ちました。二人はいっしょに歩いて行きました。

7 「お父さん、たき木もあるし、火打ち石もあるけれど、いけにえにする子羊はどこ?」

8 「だいじょうぶ、神様がちゃんと用意してくださるよ。」二人はどんどん先へ進みます。

9 やがて、命じられた場所に着きました。アブラハムはさっそく祭壇を築き、たき木を並べました。あとは火をつけるばかりです。いよいよイサクをささげる時がきたのです。イサクを縛り上げ、祭壇のたき木の上に横たえました。

10 アブラハムは刀をぎゅっと握りしめ、その手を頭上高く振りかざします。息子の心臓めがけて刀を振り下ろそうとした、その時です。神様の使いの声が天から響きました。「アブラハム!アブラハム!」「はい、神様。」

11 -

12 「刀を置け。その子に手をかけてはならない。もうわかった。おまえが何よりも神をたいせつに思っていることが、よくわかった。最愛の息子でさえ、ささげようとしたのだから。」

13 こう言われてふと見ると、雄羊が一頭、木の枝に角を引っかけ、もがいているではありませんか。「これこそ神様が用意してくださったいけにえだ。」そう思ったアブラハムは、羊をつかまえ、息子の代わりに、完全に焼き尽くすいけにえとしてささげました。

14 この事があってから、アブラハムはそこをアドナイ・イルエ〔「神様は用意してくださる」の意〕と呼びました。現在でも、そう呼ばれています。

15 このあと、神様の使いがもう一度、天から呼びかけました。

16 「おまえはよくわたしの言うことを聞いた。愛する息子をさえ、わたしにささげようとしたのだ。神としてわたしは誓う。

17 とても信じられないほどにおまえを祝福し、おまえの子孫をふやそう。空の星、海辺の砂のように、数えきれないほど大ぜいにな。おまえの子孫は敵を征服し、

18 世界中の国々に祝福をもたらす。それはみな、おまえがわたしの言うことを聞いたからだ。」

19 こうして二人は召使のところへ戻り、ベエル・シェバにあるわが家へ向かいました。

20 このあと、兄弟ナホルの妻ミルカにも子供が八人できたという便りが、アブラハムに届きました。子供たちの名前は次のとおりです。長男ウツ、次男ブズ、アラムの父ケムエル、ケセデ、ハゾ、ピルダシュ、イデラフ、それに、リベカの父ベトエル

21 -

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24 ナホルにはまた、レウマというそばめの子が四人いました。テバフ、ガハム、タハシュ、マアカです。

23

1 さて、サラはカナンの地、ヘブロンにいた時、百二十七歳で死にました。アブラハムが泣き悲しんだことは言うまでもありません。

2 -

3 思うさま男泣きに泣くと、やがて静かに立ち上がり、妻のなきがらを前に、居合わせたヘテ人に頼みました。

4 「ご存じのように、私はこの国ではよそ者です。家内が死んでも、いったいどこに葬ったらよいのか......。ほんのちょっとでけっこうですから、墓地にする土地を売っていただくわけにはまいりませんか。」

5 「どうぞ、どうぞ、遠慮はいりませんよ。この辺でいちばん上等の墓地を選んでください。あなたは信仰心のあつい、ご立派な方だ。その奥様を葬るお役に立てるなら、私たちにとっても名誉というものです。」

6 -

7 なんというありがたい申し出でしょう。アブラハムは深々と頭を下げました。

8 「ご親切に言ってくださり、お礼の申しようもありません。おことばに甘えて、もしよろしかったら、ツォハルの息子さんのエフロンに、お口添え願えないでしょうか。

9 あの人の畑のはずれにある、マクペラのほら穴を売っていただきたいのです。もちろん、相場どおりの代金をお払いします。そうすれば、家代々の墓地ができます。」

10 うまいぐあいに、エフロンもそこに居合わせました。アブラハムの願いを聞くと、彼はさっと立ち上がり、一同の前で言いました。町中の人々の前で、はっきり申し出たのです。

11 「わかりました。あのほら穴と畑地は、ただで差し上げましょう。さあ、みんなも聞いただろう。お金はけっこうです。ご自由に奥様を葬ってください。」

12 アブラハムはもう一度人々におじぎをし、

13 一同の前でエフロンに答えました。「ただだなんて、それはいけませんよ。ぜひ売ってください。代金は耳をそろえてお払いします。埋葬はそれからにさせてください。」

14 「そんなにおっしゃるなら......、ざっと見積もって銀貨四百枚ほどの値打はあると思いますが。ま、そのくらいの金額なら、友だち同士の間じゃ、どうってこともないでしょう。それでよろしければ、どうぞ奥様を葬ってください。」

15 -

16 アブラハムは言い値どおり、銀貨四百枚を払いました。それが当時の相場でした。

17 これでもう、マムレに近いマクペラにあったエフロンの畑地とそのはずれのほら穴は、アブラハムのものです。もちろん、そこに生えている木も全部です。町の門で、ヘテ人の証人を前に正式に契約を交わし、アブラハムの財産と認められたのです。

18 -

19 こうして、その土地の所有権はヘテ人からアブラハムに移り、彼はその墓地にサラを葬りました。

20 -

24

1 アブラハムは神様の祝福を一身に集め、何不自由なく暮らしていましたが、もうかなりの老人になりました。

2 そんなある日、アブラハムは家を管理させていた最年長の召使に言いました。

3 「天と地を治める神様にかけて誓ってくれ。わしの息子はカナン人の娘と結婚させてはならん。

4 わしの故郷に住む親類のところへ行き、嫁を見つけて来てくれないか。」

5 「そうおっしゃいましても、なにせ、あまりにも遠い所でございます。ここまで嫁に来ようという娘さんが、いますかどうか......。もし見つからなかったら、どういたしましょう。イサク様をあちらへお連れ申して、ご親類の方たちといっしょに住むようにいたしましょうか。」

6 「いいや、だめだ。どんなことがあっても、それだけはできない。

7 天の神様から、わしはご命令を受けたのだ。あの土地と親族から離れるようにとな。それに、わしと子孫にこの土地を与えるというお約束もある。そう言われる以上、神様が御使いを遣わし、どうすればよいか教えてくださるはずだ。息子の嫁はきっと見つかる。

8 だが、どうしてもうまくいかない場合は......、しかたがない、その時は一人で帰って来なさい。ただ、どんなことがあっても、息子をあそこへ連れて行くことだけはいかん。」

9 召使は、指示どおりにすると誓いました。

10 さっそく、旅行の準備にかからなければなりません。まず、らくだを十頭選びました。贈り物には、それぞれ最上の物を幾つかより分けました。それを全部らくだに積み終わると、一行はナホルの住むイラクへ向かったのです。

11 いよいよ目的地に着くという時、アブラハムの召使は、町はずれの泉のそばにらくだを座らせました。ちょうど夕方で、女たちが水くみに来るところでした。

12 彼は祈りました。「主人の信じる神様、どうぞ主人アブラハムに恵みをお与えください。また、私がこの旅の目的を首尾よく果たせますよう、お助けください。

13 いま私は、この泉のかたわらで、娘たちが水をくみに来るのを待っています。

14 そこで、こうしていただけないでしょうか。娘さんに水をくださいと頼むつもりですが、その時もし、『ええ、どうぞ。らくだにも飲ませましょうね』と言ってくれたら、その娘さんこそイサク様の妻となるべき女だ、ということにしてください。そうすれば、神様のお恵みを知ることができます。」

15 このように祈っていると、リベカという美しい娘が水がめを肩にのせ、泉のほとりへやって来ました。そして、水がめに水をいっぱい入れました。彼女の父親はベトエルと言い、アブラハムの兄弟ナホルと妻ミルカの息子でした。

16 -

17 アブラハムの召使はさっそく走り寄り、水を飲ませてくれと頼みました。

18 「どうぞ、どうぞ」と、彼女はすぐに水がめを下ろしましたが、彼が飲み終わるのを見はからって、

19 こう言いました。「そうそう、らくだにもたっぷり飲ませてあげましょうね。」

20 彼女は水を水槽にあけると、また小走りでくみに行き、

21 らくだに飲ませるのでした。召使は無言のまま、じっと彼女のかいがいしい仕事ぶりを見守っています。はたして彼女が捜していた女なのかどうか、見きわめなければなりません。

22 そこで、らくだが水を飲み終わる頃合に、七グラムの金のイヤリングと百四十グラムの金の腕輪を二つ、彼女に与えました。

23 「つかぬことを伺いますが、お父様のお名前は何とおっしゃるのですか。それに、できれば、今夜お宅に泊めていただくわけには、まいりませんでしょうか。」

24 「父はベトエルですの。ナホルとミルカの息子です。もちろん、ご遠慮はいりませんわ。どうぞお泊まりください。

25 らくだのためのわらや餌も十分ありますし、お客様用のお部屋もございます。」

26 老召使は立ったまま頭を垂れ、その場で神様を礼拝しました。

27 「主人アブラハムの信じる神様、ありがとうございます。なんというお恵みでしょう。主人への約束を、こんなにもすばらしい方法でかなえてくださるとは。全く、主人の親類の方にいきなり会えるとは、思ってもみませんでした。何もかも神様のお引き合わせです。ほんとうにありがとうございます。」

28 一方、娘は家へ駆け戻り、家族に客のことを話しました。

29 話を聞いた兄のラバンは、イヤリングと腕輪を見ると、大急ぎで泉に駆けつけました。老人はまだそこにいて、らくだのそばに立っています。

30 -

31 「ここにおいででしたか。お話は伺いましたよ。これも、神様の特別のおぼし召しに違いありません。さあさあ、こんな町はずれに立っていないで、どうぞ家へおいでください。部屋はお越しを待つばかりになっていますし、らくだを休ませる場所もあります。」

32 勧めに従い、老人はラバンについて行きました。ラバンはらくだにわらと餌を与え、供の者たちにも足を洗う水を出しました。

33 やがて夕食の時間になりました。いよいよ話を切り出す時です。「お食事をいただく前に、ぜひともお聞き願いたいことがあります。どういうわけで私がここにまいったか、その用向きをお話ししなければなりません。」「かまいませんとも、そのご用向きとやらを伺いましょう」と、ラバンが促します。

34 「実は、私の主人はアブラハムと申しまして、

35 神様に特別目をかけていただいております。土地の人々からも大いに尊敬される立派な人です。家畜も多く、金銀をはじめ、ばく大な財産もあります。奴隷も大ぜいかかえ、らくだやろばもたくさんいます。

36 奥様は大へん年をとってからお子さんに恵まれまして、主人は全財産をこの息子さんに譲りました。

37 ところで、主人が申しますには、そのイサク様を土地の女と結婚させてはならない、というのでございます。

38 どうしてもこの遠い国まで来て、ご兄弟の家族の中から花嫁を連れ帰れと、それはもう、きびしいご命令で......。

39 私は万一の時を考えまして、『もしいっしょに来るという娘さんが見つからなかったらどういたしましょう』と尋ねました。

40 すると主人は、そんな心配はいらない、と申します。『いや、必ず見つかる。これまでわしは神様のおこころに背いたことはない。大丈夫、神様が御使いを遣わして、必ずうまくいくようにしてくださる。だから、わしの親類から嫁を見つけて来い。

41 必ずそうすると誓ってもらうぞ。それでも万一、娘さんをこんな遠くにはよこせない、と断わられたら、その時はしかたがない。そのまま帰って来てもいい』とまあ、そう申すのでございます。

42 そんなわけでして、きょうの午後、泉にたどり着いた時、私はこう祈りました。『主人アブラハムの神様、もしも私が使命を無事はたせるようにお助けくださるのでしたら、どうぞこのようにしてください。

43 ちょうど泉のそばにおりますから、水をくみに来る娘さんに、「水を飲ませてください」と頼みましょう。

44 そして、もし娘さんが、「ええ、どうぞ。らくだにも飲ませましょうね」と答えたら、その娘さんこそ、神様が若だんな様の嫁として選んだ女だ、ということにしてください。』

45 こうお祈りしている最中に、リベカさんがいらしたのです。水がめを肩にのせ、泉に降りると、口までいっぱいに水をくんでいらしたので、『すみませんが、水を飲ませてください』とお願いしました。

46 うれしいことに、リベカさんはすぐ水がめを下ろして、飲ませてくださるじゃありませんか。そればかりじゃありません。『そうそう、らくだにもたっぷり飲ませましょうね』と言って、そのとおりなさったのです。

47 はやる気持ちをぐっと抑え、私は尋ねました。『失礼ですが、どちらのご家族で?』『ナホル家の者ですの。父はベトエルといい、ナホルとミルカの息子ですわ』とおっしゃるのを聞いて、もうまちがいないと思いました。それでさっそく、イヤリングと腕輪を差し上げたわけです。

48 そして頭を垂れ、主人アブラハムの神様のすばらしいお引き合わせに、心からお礼を申し上げました。こんなにも早く、主人のご兄弟と縁続きの娘さんにお会いできるとは、思いもよらなかったものですから......。

49 とまあ、こういうわけなのです。いかがなものでしょう。率直にお気持ちをおっしゃっていただけないでしょうか。主人の願いをお聞き届けいただければ、願ってもないことです。いずれにしましても、ご返事をいただかないことには、どうしようもありません。」

50 ラバンとベトエルは答えました。「確かに、神様のお引き合わせに違いありませんな。とすれば、お断わりするわけにもまいりますまい。

51 どうぞ娘を連れて行ってください。神様のおぼし召しどおり、ご主人の息子さんの嫁にしてください。」

52 この答えを聞くと、アブラハムの召使はひざまずいて神様を礼拝しました。

53 それから、純金や純銀の台にはめ込んだ宝石や美しい衣装を取り出して、リベカに与え、母親と兄にも、たくさんのすばらしい贈り物をしたのです。

54 やっと一段落ついたところで夕食をとり、その晩、老召使は供の者たちといっしょに泊まりました。そして明くる朝はやく、彼は言いました。「どうもお世話になりました。そうゆっくりもできませんので、主人のところへ帰らせていただきたいのですが。」

55 「それはまた急なお話で......。せめて十日かそこらはよろしいではありませんか。リベカもいろいろ準備があることですし。これから先、もう会えないかもしれません。ゆっくり名残を惜しんでからにしていただくわけには、まいりますまいか。」母親と兄は、なんとか引き止めようというのです。

56 しかし召使は承知しません。「おことばを返すようですが、やはり帰らせてください。神様のおかげで用向きも無事はたせたことですし、一刻も早く主人に報告したいのです。」

57 「そうおっしゃられると、無理も言えませんが......。ではこうしたらどうでしょう。あの子を呼んで本人の気持ちを直接聞きましょう。」

58 二人はリベカを呼び、尋ねました。「どうだね、今すぐこの方といっしょに行くかね。それとも?」「はい、まいります。」

59 本人が承知した以上、断わる理由もありません。小さい時からの乳母をつけて送り出すことにしました。

60 別れる時、彼らはリベカを祝福しました。「妹よ、数えきれぬほど多くの国民の母となるように。おまえの子孫がすべての敵に打ち勝つように。」

61 こうしてリベカと小間使いの少女たちは、らくだに乗り、老召使といっしょに出発しました。

62 一方、この時イサクはネゲブに住んでいましたが、ちょうどベエル・ラハイ・ロイから帰って来たところでした。

63 夕暮れ、野原を散歩しながら物思いにふけっていた時です。ふと目を上げると、らくだの一行が来るのが見えます。

64 リベカも彼に気づき、すぐにらくだから降りました。

65 「あそこにいらっしゃる方はどなたですの?私たちを迎えにいらしたのかしら。」「おお、あれは若だんな様でございますよ。」そう言われて、彼女はあわててベールをかけました。

66 老召使はイサクに一部始終を話しました。

67 イサクはリベカを、母親が使っていたテントに連れて来ました。こうして二人は結婚し、イサクは妻を心から愛しました。母親を亡くした悲しみも、妻を得たことで大いに慰められたのでした。

25

1 さて、アブラハムは再婚しました。ケトラというのが新しい奥さんの名で、子供も何人か生まれました。ジムラン、ヨクシャン、メダン、ミデヤン、イシュバク、シュアハです。

2 -

3 ヨクシャンには、シェバとデダンという二人の息子ができました。デダンの子孫は、のちにアシュル人、レトシム人、レウミム人となりました。

4 ミデヤンの子はエファ、エフェル、エノク、アビダ、エルダアです。

5 アブラハムは全財産をイサクに譲りました。

6 しかし、そばめの子供たちを放っておいたわけではありません。それぞれに贈り物を与えて東の国へ行かせ、イサクから遠く引き離したのです。

7 アブラハムの老後はしあわせでした。天寿を全うし、百七十五歳で死にました。

8 -

9 息子イサクとイシュマエルが、マムレに近いマクペラのほら穴に葬りました。アブラハムがヘテ人ツォハルの息子エフロンから買い求めた、あの土地、アブラハムの妻サラを葬った所です。

10 -

11 アブラハムの死後、神様の祝福はイサクに向けられました。イサクはネゲブのベエル・ラハイ・ロイの近くに移りました。

12 サラの女奴隷だったエジプト人ハガルとアブラハムとの子イシュマエルにも、子供ができました。生まれた順に名前をあげると、次のとおりです。ネバヨテ、ケダル、アデベエル、ミブサム、ミシュマ、ドマ、マサ、ハダデ、テマ、エトル、ナフィシュ、ケデマ

13 -

14 -

15 -

16 この十二人は十二部族の先祖となり、各部族には、めいめいの名がつけられました。

17 イシュマエルは百三十七歳で死に、先に死んだ者の仲間入りをしました。

18 イシュマエルの子供たちは、東はハビラから、西はエジプトとの国境を北東のアッシリヤ方面に少し行ったシュルに至る地域に住み、兄弟同士で戦争に明け暮れていました。

19 イサクの子供たちはどうでしょう。

20 イサクが、パダン・アラムに住むアラム人ベトエルの娘で、ラバンの妹リベカと結婚したのは、四十歳の時でした。

21 イサクは、リベカに子供ができるようにと、神様に祈りました。結婚して何年もたつのに、なかなか子供ができなかったからです。ようやく彼女は妊娠しました。

22 ところが、まるで二人の子供がお腹の中でけんかしているような痛さなのです。「とてもつらくて、我慢できないわ」と、リベカはこぼしました。あまりの痛さに、どうなることかと心配で、神様に祈ったほどです。

23 神様の答えはこうでした。「おまえのお腹にいる二人の子供は、二つの国となり、互いにライバルとなる。そして一方がより強くなり、兄は弟に仕える。」

24 言われたとおり、ふたごが生まれました。

25 最初の子は体中が赤い毛でおおわれ、まるで毛皮を着ているみたいだったので、エサウ〔「毛」の意〕と名づけました。

26 次に生まれた弟はエサウのかかとをつかんでいました。そこでヤコブ〔「つかむ人」の意〕と呼ばれました。ふたごが生まれた時、イサクは六十歳でした。

27 やがて子供たちは成長し、エサウは腕のいい猟師となりましたが、ヤコブのほうは穏やかな性格で、家にいるのが好きでした。

28 イサクのお気に入りはエサウです。鹿の肉をよく持って来たからです。リベカはヤコブのほうをかわいがりました。

29 ある日ヤコブがシチューを作っていると、エサウが疲れきった様子で猟から帰って来ました。

30 「あーあ、腹ぺこで死にそうだ。その赤いやつを一口くれよ。」このことから、エサウは「エドム」〔「赤い物」の意〕とあだ名されるようになりました。

31 「ああ、いいよ。兄さんの持ってる長男の権利と引き換えならな。」

32 「今にも飢え死にしそうなんだぜ。長男の権利なんか何の役に立つんだい。」

33 「そんなら兄さん、その権利をぼくに譲るって、神様の前で誓ってくれよ。」言われたとおりエサウは誓い、長男の権利を弟に売り渡しました。

34 わずかばかりのパンと豆のシチューと引き換えにです。エサウはお腹いっぱい食べることしか頭にありません。長男の権利のことなど、軽べつしていたのです。

26

1 ところで、そのころ、国中がひどいききんに見舞われました。アブラハムの時代にあったのと同じような、大ききんです。それでイサクは、ペリシテ人の王アビメレクが住むゲラルの町に移りました。

2 神様はそこでイサクに現われました。「エジプトへ行ってはいけない。

3 この国にとどまりなさい。わたしがついているから心配はない。おまえを祝福しよう。おまえの父アブラハムに約束したとおり、この地をおまえとおまえの子孫に与えよう。

4 おまえの子孫を空の星のようにふやし、この地を全部与える。彼らは世界中の国々の祝福のもととなる。

5 それもみな、アブラハムがわたしの命令とおきてに従ったからだ。」

6 イサクはゲラルに滞在することにしました。

7 それはいいのですが、リベカはどうしたものでしょう。町の男たちに何と説明したらいいでしょう。思案のあげく、「あれは妹ですよ」と言うことにしました。もし妻だと言えば、だれかが彼女に目をつけ、手に入れたいと思った時、自分が殺されるかもしれません。それほどリベカは美しかったのです。

8 それからしばらくしてのことです。ペリシテ人の王アビメレクは、たまたま、イサクがリベカを愛撫しているのを、窓越しに見てしまいました。

9 アビメレク王はすぐさまイサクを呼びつけました。「あの女はおまえの妻だな。なぜ妹だなどと嘘をついたっ!」「いのちが惜しかったのです。だれかが私を殺して妻を奪おうとするんじゃないかと、心配で心配で......。」

10 「全く、よくもあんな嘘がつけたものだ。もしだれかが暴行を加えでもしたら、どうするつもりだったのか。そうなったら、さばかれるのはわれわれのほうだからな。」

11 そこでアビメレク王は布告を出しました。「この者とその妻とに危害を加える者は死刑に処す。」

12 その年、イサクの畑は大豊作でした。まいた種の百倍も収穫があったのです。まさに神様の祝福のおかげです。

13 それからは裕福になる一方で、たちまち大金持ちになりました。

14 羊や山羊のおびただしい群れ、ばく大な数の牛、そして大ぜいの召使......、全部イサクのものです。ペリシテ人はおもしろくありません。

15 それで、いやがらせに、彼の井戸を片っぱしから埋めてしまいました。彼の父アブラハムの使用人たちが掘った井戸ぜんぶをです。

16 アビメレク王はイサクに、国から立ち去ってほしいと頼みました。「どこかよその土地に行ってくれないか。あなたは大へんな金持ちだ。今ではもう、われわれなど歯が立たないほどの力を持っている。」

17 イサクは町を引き払い、ゲラルの谷間に住みつきました。

18 そして父アブラハムの井戸、父の死後ペリシテ人が埋めてしまったあの井戸を、もう一度ほりました。井戸の名前も、父親が以前つけたのと同じにしました。

19 イサクの羊飼いたちも、ゲラルに新しい井戸を一つ掘り、勢いよく水があふれる泉を発見しました。

20 すると、土地の羊飼いたちが来て、自分たちのものだと主張しました。「ここはおれたちの土地だ。だから井戸もおれたちのものさ」と、イサクの羊飼いたちに言いがかりをつけたのです。イサクはその井戸を、「エセク」〔「言い争いの井戸」の意〕と名づけました。

21 イサクの羊飼いたちは別の井戸を掘りましたが、その井戸の所有権をめぐって、またまた争いが起きました。しかたがありません。それを「シテナ」〔「怒りの井戸」の意〕と名づけ、

22 あきらめて、また新しいのを掘りました。土地の人たちも、今度ばかりは文句のつけようがありません。そこで「レホボテ」〔「広々とした場所の井戸」の意〕と名づけ、こう言いました。「とうとう神様は、広々とした場所を与えてくださった。もう大丈夫だ。これからはうまくいくぞ。」

23 さて、イサクがベエル・シェバに行った時のことです。

24 その夜、神様が現われました。「わたしはおまえの父アブラハムの神である。恐れてはいけない。わたしはおまえと共にいておまえを祝福する。子孫をふやし、大きな国にしよう。わたしに聞き従ったアブラハムへの約束どおりにな。」

25 イサクは祭壇を築き、神様を礼拝しました。そして、そこに住むことにしたので、使用人たちは井戸を掘りました。

26 ある日、イサクのところにゲラルから客が来ました。アビメレク王が、顧問のアフザテと軍の司令官ピコルとを連れて来たのです。

27 「どういうご用向きですか。ま、あまりいい話じゃないでしょうがね。なにしろ、あんなひどい仕打ちをして、私を追っ払ったのですからな。」

28 「まあ、そうおっしゃらず......。いや、ほかでもありませんがね、あなたは実に恵まれた人だ。神様に祝福されていることがよくわかりますよ。それで、お互い条約を結んだらどうかと思ったわけです。

29 私たちに危害を加えないと約束してください。私たちも今まで、あなたに危害を加えなかったのですからな。むしろ好意的にやってきたつもりだが。あの時だって、武力をふるったわけでなし、納得ずくで国を出てもらったことだし......。それはそれとして、私たちも神様の名によってあなたを祝福しますよ。」

30 そこでイサクは、ごちそうを作って一行をもてなしました。食事を共にするのは、条約を結ぶ準備でもあったのです。

31 明くる朝起きるとすぐ、彼らは不可侵条約を結び、厳粛な誓いを交わしました。こうして一行は、イサクに見送られて国へ帰りました。

32 ちょうどその日、イサクの使用人たちが来て、「ようやく水が出ました」と報告しました。井戸を掘っているところだったのです。

33 そこでイサクは、その井戸を「シブア」〔「誓いの井戸」の意〕と名づけました。そこにできた町も「ベエル・シェバ」〔「誓い」の意〕と呼ばれることになり、今でもその名が通用しています。

34 ところで、話は飛びますが、エサウは四十歳でヘテ人ベエリの娘エフディテと結婚し、またヘテ人エロンの娘バセマテも妻にしました。

35 この結婚は、両親のイサクとリベカには悩みの種でした。

27

1 イサクは年をとり、目がほとんど見えなくなりました。そんなある日、長男のエサウを呼んだのです。「エサウかい?」「はい。何ですか、お父さん。」

2 「わしももう年だ。いつお迎えが来るかわからない。これから鹿を捕って来てくれないか。わしの好きな鹿肉料理、知ってるな。あの、実にうまい、何とも言えない味のやつだ。あれを作って持って来てくれ。死ぬ前に、長男のおまえを祝福したいのだ。」

3 -

4 -

5 ところが、二人の話をリベカが盗み聞きしていたのです。

6 エサウが鹿を捕りに出かけてしまうと、彼女はヤコブを呼び、一部始終を話しました。

7 -

8 「さあ、言うとおりにするんですよ。群れの中から子やぎを二頭引いておいで。お父さんの好きな料理を作らなくっちゃね。それをお父さんのところへ持ってお行き。食べ終わったら、お父さんは亡くなる前に、エサウではなく、おまえを祝福してくださるよ。」

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11 「だけどお母さん、そんなに簡単にだませやしませんよ。第一、兄さんは毛深いのに、ぼくの肌はこんなにすべすべだ。お父さんがさわったら、すぐばれてしまう。そのあげく、お父さんはばかにされたと思って、祝福するどころか、のろうに決まってますよ。」

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13 「もしそんなことになったら、私が代わりにのろいを受けます。今は言うとおりにすればいいのよ。さあ、何をぐずぐずしてるの。早く山羊を引いておいで。」

14 ヤコブは言われたとおりにしました。連れて来た子やぎで、リベカは夫の好物の料理を作りました。

15 それから、家の中に置いてあったエサウのいちばん良い服を出して、ヤコブに着せました。

16 また、山羊の毛皮で手袋を作って渡し、首の回りにも毛皮を巻きました。

17 あとは、おいしそうなにおいのしている肉と焼き立てのパンを渡して、準備完了です。

18 ヤコブは内心びくびくしながら、皿を持って父親の寝室に入りました。「お父さん。」「何だね。その声はエサウかい?それともヤコブかい?」

19 「長男のエサウですよ。お父さんのおっしゃるとおりにしました。ほら、お父さんが食べたがってたおいしい鹿の肉ですよ。床の上に座って食べてください。そのあとで、ぼくを祝福してください。」

20 「そりゃあまた、ずいぶん早く鹿をつかまえたもんだな。」「ええ、神様がすぐ見つかるようにしてくださったんですよ。」

21 「それはそうと、ちょっとこっちへおいで。ほんとうにエサウかどうか、さわって確かめるからな。」

22 そばへ行ったヤコブを、イサクは手でなで回しながら、ひとり言のようにつぶやきます。「声はヤコブそっくりだが、この手はどう考えてもエサウの手だ。」

23 まんまと計略にひっかかりました。もう祝福はこっちのものです。

24 「おまえ、ほんとうにエサウかい?」「ええ、もちろんですとも。」

25 「じゃあ鹿の肉を持っておいで。それを食べて、心からおまえを祝福しよう。」ヤコブが料理を持って来ると、イサクは喜んで食べ、いっしょに持って来たぶどう酒も飲みます。

26 「さあここへ来て、わしにキスしてくれ。」

27 ヤコブは父のそばへ行き、頬にキスをします。イサクは息子の服のにおいをかぎ、ついにエサウだと思い込むのです。「わが子の体は、神様の恵みをたっぷりいただいた大地と野原の快いにおいでいっぱいだ。神様がいつも十分な雨を降らせ、豊かな収穫と新しいぶどう酒を与えてくださいますように。たくさんの国がおまえの奴隷となるだろう。おまえは兄弟たちの主人となる。親類中がおまえに腰をかがめ、頭を下げる。おまえをのろう者はみなのろわれ、おまえを祝福する者はすべて祝福される。」

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30 イサクがヤコブを祝福し、ヤコブがまさに部屋を出ようとした時、エサウが狩りから戻りました。

31 彼もまた父の好物の料理を用意し、急いで持って来たのです。「さあさあ、お父さん、鹿の肉を持って来ましたよ。起き上がって食べてください。そのあとで、約束どおりぼくを祝福してください。」

32 「何だと、おまえはいったいだれだ。」「いやだなあ、ぼくですよ。長男のエサウですよ。」

33 なんということでしょう。イサクは見る間にぶるぶる震えだしました。「じゃあ、ついさっき鹿の肉を持って来たのはだれだったのだ。わしはそれを食べて、その男を祝福してしまった。いったん祝福した以上、今さら取り消すことはできない。」

34 あまりのショックに、エサウは気が動転してしまいました。わあわあ泣きわめくばかりです。「そんな、ひどいですよ、お父さん。ぼくを、ぼくを祝福してください。ね、後生だから。」

35 「かわいそうだが、聞いてやれないな。おまえの弟がわしをだましたのだ。そして、おまえの祝福を奪ってしまった。」

36 「ふん、ヤコブのやつめ、全く名前どおりだぜ。『だます者』〔ヤコブという名には、この意味もある〕とは、よく言ったもんだ。やつは長男の権利も奪った。それじゃ足りず、今度は祝福を盗んだってわけか。お父さん、念のため聞きますが、祝福し残したことは、一つもないんですか。」

37 「すまんが、わしはあれを、おまえの主人にしてしまった。おまえばかりじゃない。ほかの親類の者もみな、あれの召使になるようにと祈った。穀物やぶどう酒が豊かに与えられるとも保証してしまったし......、ほかにいったい何が残っているというのだ。」

38 「それじゃあ、ぼくにはもう何も祝福が残っていないとおっしゃるのですか。あんまりだ、お父さん。何とかならないんですか。ねえ、ぼくも祝福してくださいよ。」イサクは何と言ってよいかわかりません。エサウは泣き続けます。

39 「おまえは一生苦労が絶えないだろう。自分の道を剣で切り開いていかなければならないからな。しばらくは弟に仕えるが、結局はたもとを分かち、自由になるだろう。」

40 -

41 このことがあってから、エサウは、ヤコブの仕打ちを根に持つようになりました。「おやじも長いことはない。そうなったら見てろ、ヤコブのやつ、必ず殺してやるからなっ!」

42 ところが、このたくらみは感づかれてしまったのです。直ちに、リベカのところにその報告がきました。リベカは急いでヤコブを呼びにやり、エサウがいのちをねらっていることを教えました。

43 「いいね、カランのラバン伯父さんのところへ逃げるんだよ。

44 ほとぼりが冷めるまで、しばらくやっかいになるといいよ。

45 そのうち兄さんも、おまえのしたことを忘れるでしょう。そうなったら知らせるからね。一日のうちに息子を二人とも失うなんて、とても耐えられないわ。」

46 そして、夫のイサクにうまく話を持ちかけました。「このあたりの女には我慢なりませんの。もう見るのもうんざり。ヤコブがこの土地の娘と結婚するくらいなら、死んだほうがましですわ。」

28

1 そこで、イサクはヤコブを呼び寄せ、祝福して言いました。

2 「おまえはカナン人の女と結婚してはいけないよ。パダン・アラムに、ベトエルといってな、おまえのおじいさんの家がある。そこへすぐ行きなさい。ラバン伯父さんのところの娘と結婚するのだ。

3 全能の神様がおまえを祝福し、たくさんの子供を授けてくださるように。たくさんの部族を持つ大きな国にしてくださるように。

4 おじいさんのアブラハムに約束されたすばらしい祝福が、おまえと子孫に受け継がれるように。わしらは今ここでは外国人だが、おまえの代にこの地を手に入れることができるように祈る。神様がおじいさんに約束されたようにな。」

5 こうしてイサクは、ヤコブをパダン・アラムのラバンのもとへやりました。アラム人ベトエルの息子ラバンは、リベカの兄で、ヤコブには伯父にあたります。

6 エサウは、父親が土地の女を快く思っていないこと、そして両親が、ヤコブを祝福したうえでパダン・アラムへやったことを知りました。ヤコブの結婚相手をカナン人の女からではなく、パダン・アラムで見つけるためでした。ヤコブも両親の言いつけどおり出発したというのです。

7 -

8 -

9 それでエサウは、イシュマエル伯父の家へ行き、今いる妻のほかに、さらに妻をめとりました。その人は、アブラハムの息子イシュマエルの娘で、ネバヨテの妹マハラテでした。

10 さて、ヤコブはベエル・シェバを出発し、カランへ向かいました。

11 とある所まで来ると、日はとっぷり暮れ、野営しなければなりません。あたりに転がっている石を枕に、ごろっと横になりました。

12 その晩のことです。不思議な夢を見ました。天までも届く階段がそびえ、神様の使いが上ったり降りたりしているのです。

13 ふと見ると、神様がそばに立っておられます。「わたしは神、アブラハムの神、おまえの父イサクの神である。おまえがいま寝ている土地はおまえのものだ。それを、おまえとおまえの子孫に与えよう。

14 子孫は地のちりのように多くなり、東西南北、あらゆる方角へ増え広がり、この地全体に住みつくだろう。おまえとおまえの子孫によって、世界中の国々が祝福される。

15 おまえがどこへ行こうと、わたしはいつも共にいて、おまえを助ける。無事この地に帰れるように、必ず守ってやる。約束のものを全部わたすまで、いつでも共にいてやろう。」

16 そこで目が覚めました。「神様はここにもおられる。知らないうちに神様の家に入り込んでいたのだ。ここは恐れ多くも天国への入口なのだ。」ヤコブはこわくなって思わず叫びました。

17 -

18 明くる朝はやく起き、枕にした石を立てて記念の柱とし、オリーブ油を注ぎかけました。

19 そして、そこをベテル〔「神様の家」の意〕と名づけました。そのあたりは以前、ルズと呼ばれていたのです。

20 ヤコブは神様に誓いました。「神様、もし神様がこの旅行でわたしを助け、守ってくださり、衣食にも不自由させず、

21 無事に父の家に帰してくださるなら、神様を私の神といたします。

22 この記念の柱を礼拝の場所とし、神様からいただいた物の十分の一は、きちんとお返しいたします。」

29

1 ヤコブはさらに旅を続け、とうとう東の国へ着きました。

2 そこは広々した野原です。井戸のそばに羊の群れが三組寝そべっています。井戸の口には重い石のふたがかぶせてあります。

3 群れが全部そこに集まるまで石のふたははずさないのが、この地方の習慣でした。水をやったあとは、また元どおり石でふたをしておきます。

4 ヤコブは羊飼いたちに近づき、どこに住んでいるか尋ねました。「カランだよ。」

5 「では、ナホルの孫でラバンという人をご存じでは?」「ラバンだって?ああ、よく知ってるよ。」

6 「そうですか。で、その方はお元気ですか。」「元気だとも。何もかもうまくいってるしね。ああ、ちょうどよかった。ほら、あそこに羊を連れて来る娘、あれがお嬢さんのラケルだ。」

7 「いやー、助かりました。ところで余計なことかもしれませんが、羊に早く水をやって、草のある所へすぐ帰してやらなくていいんですか。こんなに早く草を食べさせるのをやめたら、腹をすかせませんかね。」

8 「羊や羊飼いがみな集まるまで、ふたは取らない決まりでね。それまで水はおあずけというわけですよ。」

9 話をしている間に、ラケルが父の羊を連れて来ました。彼女は羊飼いなのです。

10 彼女が伯父の娘で、従姉妹にあたり、羊はその伯父のものだとわかったので、ヤコブは井戸へ行き、石のふたをはずし、羊に水を飲ませました。

11 それから、ラケルにキスしました。あまりうれしくて気持ちが高ぶり、とうとう泣きだしたほどです。

12 そして、自分は彼女の叔母リベカの息子で、彼女には父方の従兄弟にあたる、と説明したのです。ラケルはすぐ家へ駆け戻り、父親に報告しました。ヤコブが来たのです。すぐ迎えに行かなければなりません。ラバンは取る物も取りあえず駆けつけ、大歓迎で家へ案内しました。ヤコブは伯父に、今までのことをいろいろ語り、話は尽きません。

13 -

14 「いやー、うれしいなあ。甥のおまえがはるばるやって来てくれたんだからな。」ラバンも喜びを隠せません。ヤコブが来てから、かれこれ一か月が過ぎたある日のこと、

15 ラバンが言いました。「甥だからって、ただで働いてくれることはないよ。遠慮するな。給料はどのくらいほしいかね。」

16 ところで、ラバンには二人の娘がありました。姉がレア、妹がラケルです。

17 レアは弱々しい目をしていましたが、ラケルのほうはスタイルもよく、なかなかの美人でした。

18 そんなわけで、ヤコブはラケルが好きになってしまったのです。そこでラバンに言いました。「もしラケルさんを妻にいただけるなら、七年間ただで働きます。」

19 「いいだろう。一族以外の者と結婚させるより、おまえにやるほうがいいからな。」

20 ヤコブは、ラケルと結婚したい一心で、七年間けんめいに働きました。心から深く愛していたので、七年などあっという間でした。

21 ついに、結婚できる時がきました。「さあ、やることはみなやりましたよ。約束どおりラケルをください。彼女といっしょにさせてください。」

22 ラバンは村中の人を招いて大そうな祝宴を開き、ヤコブと喜び合いました。

23 ところがその夜、暗いのをさいわい、ラバンはレアをヤコブのところに連れて行ったのです。ヤコブはそんなこととは露知らず、レアといっしょに寝ました。

24 ラバンはレアに、奴隷の少女ジルパを召使として付けてやりました。

25 朝になりました。ヤコブは目を覚まして隣を見ると、レアがいるではありませんか。びっくり仰天してしまいました。憤まんやる方ありません。ラバンのところへ行き、食ってかかりました。「なんてひどいことをするんですかっ!ラケルと結婚したいばっかりに、ぼくは七年も骨身を惜しまず働いたんですよ。そのぼくをだますなんて、いったい全体どういうことなんです、ええっ!」

26 「まあまあ、気を落ち着けて。悪かったが、私たちのところじゃ、姉より先に妹を嫁にやることはしないのだよ。

27 一週間このままで我慢してくれたら、ラケルもやろう。ただし、もう七年間ここで働いてもらうということにしてな。」こううまく言い抜けられては、しかたありません。

28 ヤコブはさらに七年働くことにしました。それでやっと、ラケルと結婚できたのです。

29 ラケルは奴隷の少女ビルハを召使として連れて来ました。

30 ヤコブはラケルと床を共にしました。やはり、レアよりも彼女のほうを愛していました。そのため、あと七年も余計に、ラバンのもとで働くはめになったのです。

31 ヤコブがレアに冷たくするので、神様は彼女に子供を授けてくださいました。ラケルには子供はありません。

32 最初の子は男の子でした。名前はルベン〔「私の息子を見てください」の意〕です。レアが、「神様は私の苦しみをわかってくださったわ。子供ができたんだから、あの人もきっと私を愛してくれるでしょう」と言ったからです。

33 次の子も男の子でした。名前はシメオン〔「神様は聞いてくださった」の意〕と言います。彼女が、「神様は私が愛されていないと知って、子供をもう一人与えてくださったのだわ」と言ったからです。

34 三人目の子供ができました。今度も男の子です。名前はレビ〔「結びつく」の意〕とつけました。彼女が、「三人も男の子を産んだのだから、今度こそ愛してもらえるに違いないわ」と言ったからです。

35 また子供ができました。男の子です。名前はユダ〔「ほめたたえる」の意〕としました。それは彼女が、「今こそ神様をほめたたえましょう」と言ったからです。そのあと、彼女には子供ができませんでした。

30

1 一方、ラケルは子供ができないので、姉に嫉妬するようになりました。そしてとうとう、「ねえ、なんとかしてくださいな。私も子供が欲しいのよ。でないと、死んでしまいそうだわ」と、ヤコブに泣きついたのです。

2 ヤコブはすっかり腹を立てました。「何だって?おれは神様じゃないぞ。おまえに子供ができないのは、神様がそうしておられるからだろう。」

3 「そう、じゃあ召使のビルハと寝てください。あの子にあなたの子供ができたら、私の子供にするわ。」

4 こうして、ヤコブはビルハをそばめとしました。

5 やがてビルハは男の子を産みました。

6 ラケルは、「神様は正義を行なってくださったわ。願いどおり息子を下さったのですもの」と言って、その子をダン〔「正義」の意〕と名づけました。

7 ラケルの召使ビルハは、二人目の男の子を産みました。

8 ラケルは、「死に物狂いの争いだったけど、とうとう姉さんに勝ったわ」と言って、その子をナフタリ〔「争い」の意〕と名づけました。

9 一方レアは、もう子供が産めなくなったので、召使のジルパをヤコブのそばめにしました。

10 やがて、ジルパは男の子を産み、レアはその子をガド〔「運が開ける」の意〕と名づけました。

11 -

12 ジルパはまた男の子を産み、

13 レアは、「私はしあわせ者だわ。ほかの女たちもきっとそう思うでしょうね」と言って、その子にアシェル〔「幸福」の意〕という名をつけました。

14 さて、麦の取り入れが始まったある日のこと、ルベンが野原で恋なすび〔果実に強い麻酔性のある薬用植物で、食べるとみごもると信じられていた〕を見つけ、母親のところへ持って来ました。ラケルは黙っていられません。レアに、少し分けてくれるよう頼みました。

15 それには、レアも腹を立てました。「夫を盗んだだけじゃ不足なの?息子が見つけて来た恋なすびまで取り上げるなんて、あんまりじゃない。」ラケルは複雑な気持ちです。「なら、こうしましょうよ。恋なすびをくれれば、今夜あの人といっしょに寝てもいいわ。」

16 夕方、畑から戻ったヤコブを、レアが出迎えました。「今夜は私のところへ来てくださいね。ルベンが見つけた恋なすびをラケルにやった交換条件ですから。」彼はそうしました。

17 神様はレアの祈りに答え、五人目の男の子を授けてくださいました。

18 彼女は、「夫に女奴隷を与えたので、神様が報いてくださったのだわ」と大喜びです。そこで、その子の名前はイッサカル〔「報酬」の意〕となりました。

19 その後また、六人目の男の子が生まれました。

20 名前はゼブルン〔「贈り物」の意〕にしました。彼女が、「神様はあの人がいちばん喜ぶ贈り物をくださったわ。六人も男の子を産んだのですもの、今度こそ、あの人も私をたいせつにしてくれるでしょう」と言ったからです。

21 そのあと、今度は女の子が生まれました。名前はディナです。

22 神様はラケルを忘れたわけではありません。ラケルの苦しみを見て、祈りに答え、男の子をお与えになりました。

23 男の子が生まれた時、彼女は、「神様は私の恥をすすいでくださったわ」と言い、ヨセフ〔「もう一人、子供が授かるように」の意〕と名づけました。「男の子をもう一人授けてください」と願ったからです。

24 -

25 ヨセフが生まれてしばらくすると、ヤコブは出し抜けにラバンに言いました。「そろそろ国へ帰りたいんですがね。

26 もちろん妻と子供たちもいっしょです。どんなものでしょう。それだけのことはしたつもりですよ。こんなに長い間、お義父さんのために身を粉にして働いたんですからね。」

27 「そんなこと言わず、ここにいてくれないか。実はな、占い師に見てもらったんだ。そしたら、わしがこんなに恵まれてるのは、全部おまえのおかげだと言うじゃないか。

28 給料が不足なら、上げてやってもいいぞ。いくら欲しい?ここにいてくれるなら、喜んで出そうじゃないか。」

29 「ご承知のように、私は長年お義父さんのために忠実に働きました。それで、ここの家畜がこんなに増えたんです。

30 私が来たばかりの時は、財産と言ってもほんの少ししかなかったのに、今は大したものじゃないですか。それというのも、神様が、私のすることは何もかも祝福してくださったからですよ。それなのに、当の私はどうでしょう。いつまでたっても財産なんかできやしません。」

31 「で?いくら欲しいのかね。」「条件は一つだけです。それさえのんでもらえれば、また喜んで働きますよ。きょう、お義父さんの群れの番をしますが、まだらや、ぶちのある山羊と、黒い羊は、ぜんぶ別にしますから、それを私に下さい。

32 -

33 あとで、もし私の群れの中に白い山羊や羊が一匹でもいれば、お義父さんのものを盗んだことになる、というわけです。」

34 「いいだろう。おまえの言うとおりにしよう。」

35 さっそく、ラバンは外に出て、ヤコブのために家畜の群れを分けました。雄でも雌でも、ぶちや、しまのある山羊、つまり黒の中に少しでも白い部分のある山羊と、黒い羊ばかりの群れができました。それがヤコブのものです。ラバンはヤコブの息子たちにその群れを飼わせることにして、三日ほどかかる所へ連れて行かせました。ヤコブはあとに残って、ラバンの群れの世話です。

36 -

37 彼はまず、ポプラ、アーモンド、プラタナスの若枝を切り、皮をむいて白い肌を出しました。

38 それを、群れが水を飲みに来たとき自然に見えるように、水飲み場のそばに置きました。家畜は水を飲みに来たとき交尾するので、

39 そうしておくと、白いすじのある枝を見ながら交尾することになります。その結果、ぶちや、すじのある子が生まれるのです。それはみな、ヤコブのものになりました。次に、ラバンの群れから雌羊を取り出し、自分の黒い雄羊とだけ交尾させるようにしました。ヤコブの群れは増える一方です。

40 -

41 そればかりではありません。彼は、力の強そうなのが交尾している時は、皮をむいた枝をそばに置き、

42 弱そうなのが来た時は、置かないようにしたのです。それで、あまり丈夫でない子羊はラバンのものとなり、丈夫なのはヤコブのものとなりました。

43 当然、ヤコブの群れはどんどん増え、彼は今や大金持ちです。召使も大ぜいかかえ、らくだやろばも増えました。

31

1 しかし、そのまますむわけはありません。ラバンの息子たちが不平を言いだしたのです。「あいつの財産は、元はと言えば家のおやじのものじゃないか。おやじが犠牲になって、あいつを金持ちにしたようなものだ。」

2 そうこうしているうちに、ラバンの態度も変によそよそしくなってきました。

3 神様がヤコブに国へ帰れと命じたのは、その時です。「おまえの先祖の国、親族のところへ帰りなさい。わたしがついているから心配はいらない。」

4 ヤコブはラケルとレアに使いをやり、自分がいま群れを飼っている所まで来るように言いました。

5 そこで相談するためです。「お義父さんの様子が近ごろどうも変なのだ。だが心配することはないぞ。きょう、ご先祖の神様のお告げがあったのだ。

6 おまえたちも知っているように、私はお義父さんのために、今まで一生けんめい働いてきた。

7 ところが、お義父さんのほうじゃ、私のことなどちっとも考えてくれない。給料のことだって、何度も何度も約束を破ったしな。これまで無事にやってこれたのは、ひとえに神様が助けてくださったおかげだと思うよ。

8 ぶちの群れを私にくれると言えば、ぶちの子ばかり生まれた。それを見て気が変わり、しまのついているのを取れと言うと、生まれる羊は全部しまがついていた。

9 ま、お義父さんには気の毒だったが、こういうふうに、神様が私を豊かにしてくださったのだ。

10 あれは、家畜の群れが交尾する時期だったな。夢を見たんだ。その中で交尾している雄やぎは、しま、ぶち、まだらのものばかりだった。

11 それから、神様の使いが言われたのだ。

12 しまや、ぶちのある雄やぎを白い雌といっしょにさせろ、とな。続いてこうも言われた。『ラバンがおまえにどんな仕打ちをしたか全部わかっている。

13 わたしはおまえとベテルで出会った神だ。そこでおまえは柱に油を注ぎ、わたしに仕えると約束した。さあ今この国を出て、生まれ故郷へ帰りなさい。』」

14 ラケルとレアは答えました。「私たちのことなら心配なさらないで。どうせここにいたって、自分のものなんかありませんもの。お父さんの財産だって分けてもらえないでしょうよ。

15 これじゃあまるで、外国人の女と変わりないわ。言ってみれば、お父さんは私たちを売ったのよ。あげくの果ては、売ってもうけたお金を、すっかり使い果たしてしまったというわけね。

16 神様がお父さんから取り上げ、あなたに下さった財産は、法律的にはもともと私たちのものですもの。どうぞ神様のご命令どおりにしてくださいな。遠慮はいりませんわ。」

17 それで、ある日、ラバンが野原で羊の毛を刈っていた時、ヤコブは妻と子供たちをらくだに乗せ、黙って出発してしまいました。その時、ラケルは、どさくさにまぎれて父親の守り神を盗み出しました。一行の先頭は、パダン・アラムで手に入れた、羊、山羊など家畜の群れです。そのほか全財産を持って、カナンの地にいる父イサクのもとへ帰ろうというのです。

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21 こうして、逃げるようにしてユーフラテス川を越え、ギルアデの地へ向かいました。

22 ラバンがそのことを知ったのは、三日後でした。

23 あわてて数名の男を連れ、あとを追いました。七日後、ようやく追いついた時は、ギルアデの山地まで来ていました。

24 その夜のことです。神様が夢の中でラバンに現われました。「ヤコブにものを言う時は気をつけなさい。かってに祝福したり、のろったりしてはいけない。」

25 ヤコブが山地で野営していた時、ラバンはようやく追いつき、自分たちもテントを張りました。

26 「こそこそ逃げ出すとは、いったいどういうことだね。それも、わしの娘たちまでこんなふうに追い立てるようにして。それとも何かね、娘を戦争で奪った捕虜だとでも思っているのか。」ラバンはヤコブをなじりました。

27 「別れの歌でもうたって名残を惜しみ、快く送り出すこともできたのに......。

28 孫たちに別れのキスさえさせてくれない。これじゃ、あんまりひどすぎる。こんなやり方はないぞ。

29 そうしようと思えば、お返しにおまえを痛めつけることだってできるんだ。だがな、ゆうべ、おまえの父親の神様のお告げがあった。『ヤコブにあまりつらく当たってはいけない』と言われるんだ。しかたがない。今度ばかりは大目に見てやろう。

30 それにしても合点がいかないんだが、いくら故郷に早く帰りたかったとしても、わしの守り神を盗むことはないだろうが、ええっ!」

31 「黙って家を出たのは、そうしないと、力ずくでも妻を奪い取られるんじゃないかと、心配でたまらなかったからですよ。

32 しかし、お義父さんの守り神のことなど、全く身に覚えがありませんね。もし盗んだやつがいたら、ただではおきませんよ。リンチにかけてやります。ほかにも、何か一つでも盗品が見つかったら......、皆の前で誓いますが、その場でお返ししますよ。」ヤコブは、ラケルが守り神を盗んだことを知らなかったのです。

33 ラバンは、まずヤコブのテントから、そこら中を捜し始めました。が、何もありません。そのあと、レアのテント、そばめたちの二つのテントと捜し回っても、やはり影も形もありません。とうとうラケルのテントを調べる番になりました。

34 盗んだ張本人ラケルのテントです。彼女はそれをらくだの鞍の下に押し入れ、その上に座りました。これでは、いくらしらみつぶしに捜し回っても、見つかるはずがありません。

35 「お父さん、座ったままで失礼させていただきますわ。いま女の月のもので立てないんです。」ラケルはすまして弁解しました。

36 何も出なかったので、ヤコブは腹を立てました。「どうでした。何か一つでも見つかりましたかね?全くぬれ衣もいいとこですよ。まるで私が犯人だと言わんばかりに追いかけて来て、そこいら中を捜し回ったりして。さあ、見せていただきましょう。盗んだ物はどこにありますか。みんなの目の前に並べてください。本当にお義父さんのものかどうか、とくと調べてもらいましょう。

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38 この二十年間というもの、私はお義父さんのために働き通しでした。雌羊や雌やぎの世話に明け暮れ、丈夫な子がたくさん生まれるようにしました。それでも、自分が食べるためには、雄羊一匹だって、お義父さんのものに手をつけたことはありません。

39 野獣に襲われて殺された時、証拠の死がいを見せ、数が減ったのを大目に見てください、などと頼んだことがありますか。もちろんありません。私が自分で弁償したんです。私の責任であろうがなかろうが、家畜を盗まれた時は、必ず私が弁償しなければならなかった。

40 昼は焼けつくような日ざしの中で、夜は夜で寒さに震えて眠ることもできないままに、働きました。

41 この二十年間、ずーっとですよ。十四年間は二人の娘さんをいただくため、六年間はあなたの群れの世話をして自分の群れを手に入れるため!おまけに、給料は十回も減らされたんですからね。

42 実際、祖父アブラハムや父イサクが信じる、すばらしい神様の恵みがなかったら、一文なしで追い出されていたことでしょうよ。幸い、神様は何もかもご存じだった。あなたのひどい仕打ちも、私が一生懸命に働いたことも見ておられた。それでゆうべ、あなたに現われなさったのです。」

43 「ここにいるのはわしの娘だし、子供たちはみな孫だ。家畜の群れにおまえの持ち物いっさいがっさい、わしのものと言っていいくらいだ。自分の娘や孫のためにならないことなど、どうしてできよう。

44 さあ、和平条約を結ぼう。これからは、お互いその条約をしっかり守っていこうじゃないか。」

45 そのしるしがいります。ヤコブは石を一つ立て、記念碑にしました。

46 また、召使に石を集めさせ、塚を築きました。そのそばで、ヤコブとラバンはいっしょに食事をしました。

47 それで塚の名は、「証拠の塚」となりました。ラバンの国のことばでは「エガル・サハドタ」、ヤコブの国のことばでは「ガルエデ」です。また、「これからは、どちらかが境界線を越えたら、この石塚が証拠となるだろう」とラバンが言ったので、

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49 ミツパ〔「見張りの塔」の意〕とも呼ばれました。ラバンが言ったのはこうです。「お互い遠く離れていても、この約束を守れるように、神様が見張ってくださる。

50 もしわしの娘たちにつらく当たったり、ほかの女と結婚したりするなら、神様はお見のがしになるまい。

51 お互いこの線を越えて攻撃をしかけたりしないよう、誓いを立てよう。この塚は誓いの証人だ。

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53 もしどちらかが誓いを破ったら、アブラハムとナホルの神様、そのご先祖の神様に訴えよう。その者は滅ぼされる。」そこでヤコブは、父親イサクの信じる偉大な神様の前で、境界線を尊重すると堅く約束しました。

54 そして、山の上で神様にも誓いを立て、一同といっしょに食事をしてから、そのまま夜を過ごしました。

55 翌朝はいよいよ別れなければなりません。ラバンは、早々と起きて娘たちと孫たちに別れのキスをし、祝福すると、家へ帰って行きました。

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1 ヤコブの一行は旅を続けました。すると神様の使いたちが現われたのです。

2 ヤコブはその姿を見ると、「神様はここにおられる」と叫び、そこを「神の領地」と名づけました。

3 さてヤコブは、セイルの地エドムにいる兄のエサウに使いをやり、こう言わせました。

4 「兄さん、おひさしぶりです。ヤコブです。長いことごぶさたしましたが、お変わりありませんか。私は最近までラバン伯父さんのもとに身を寄せていました。

5 ようやく、牛やろばや羊や奴隷を持てるようになったので、帰国することにしたのです。だれよりもまず兄さんに、そのことをお知らせいたします。どうか快く迎えてくださいますように。」

6 使いが戻りました。エサウは四百人の手勢を引き連れて、出迎えに来る途中だということです。

7 恐れていたとおりです。なんとか手を打たなければなりません。ヤコブは気が動転しながらも、窮余の一策を練りました。一行を二つに分けるのです。家畜の群れや、らくだも全部です。

8 「もしエサウが一方に攻撃をしかけても、もう一方はなんとか助かるだろう」というわけです。

9 やるだけのことはしました。あとは神様に祈るだけです。「祖父アブラハムも信じ、父イサクもお従いする神様、国へ帰れと私に命じ、必ず祝福すると約束してくださった神様、

10 神様はいつもお約束どおり、私によくしてくださいました。そんな資格は私には全くないのにです。家を出た時、私は杖しか持っていませんでした。しかし、今は違います。あの二つに分けた財産はみな、私のものです。

11 神様、どうかお助けください。兄はどんな手荒なことをするかわかりません。私たち一家を皆殺しにするかもしれないのです。考えただけでもぞっとします。

12 お約束では、私を祝福し、子孫を海辺の砂のように多くしてくださる、ということでした。今そのお約束を思い出してください。」

13 その夜はそこに泊まり、兄エサウへの贈り物を用意しました。雌やぎ二百頭、雄やぎ二十頭、雌羊二百頭、雄羊二十頭、乳らくだ三十頭とその子、雌牛四十頭、雄牛十頭、雌ろば二十頭、雄ろば十頭

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16 ヤコブは召使たちに、ひと足先に群れを追って行くように指示しました。また、それぞれの群れの間に距離を置くようにも言いました。

17 先頭の群れを追う男たちには、特に念を押しておかなければなりません。兄エサウと出会ったら、きっと「どこへ行くのか。主人はだれで、この家畜はだれのものだ」と聞かれるだろうから、

18 「エサウ様ですね。これはみな、あなた様の召使ヤコブのもので、ご主人のあなた様に差し上げる贈り物でございます。ヤコブもすぐあとからまいります」と答えるように、と言い含めました。

19 あとに続くグループにも同じようにし、同じことを言うよう指示しました。

20 顔を合わせる前にまず贈り物をして、なんとかエサウをなだめようというのです。「こうすれば、いくら兄さんでも手荒なことはしないだろう。」

21 もう贈り物は持って行かせたし、その夜はテントで寝ることにしました。

22 しかし、やはり心配でなかなか眠れません。まだ夜中だというのに起き出し、二人の妻と二人のそばめ、それに十一人の子供を起こしました。家族を連れてヨルダン川を越え、無事にヤボクの渡しを渡り終えるのを見届けると、もう一度テントに戻りました。もう全く一人きりです。と、そこへ一人の人が現われたではありませんか。二人は明け方まで格闘を続けました。

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25 なかなか勝負がつきません。その人はとうとう、ヤコブの腰を打って関節をはずしてしまいました。

26 「もう行かせてくれ。じきに夜が明ける。」その人が頼みました。しかしヤコブは、はあはあ息をはずませながら答えました。「私を祝福してくださるまでは絶対に離しません。」

27 「おまえの名前は何というのか。」「ヤコブと申します。」

28 「いや、もうヤコブではない。神と戦い、強さを示したのだから、イスラエルと変えるがいい。これからは人と戦っても勝つだろう。」

29 「よろしければ、お名前をお聞かせください。」「いや、それはできない。」そう答えると、その人はその場でヤコブを祝福しました。

30 ヤコブはそこをペヌエル〔「神様の顔」の意〕と名づけました。彼が、「神様とじきじきお会いしたのに、死なずにすんだ」と言ったからです。

31 さあ、出発です。日ものぼりました。しかし、腰の関節がはずれていたので、足を引きずらなければなりませんでした。

32 イスラエル人が今でも腰の肉を食べないのは、このためです。

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1 やがて、向こうから、エサウが四百人の手勢を引き連れて来るのが見えました。ヤコブは、今度は家族を幾つかのグループに分けました。二人のそばめとその子供たちは先頭に、レアとその子供たちが次、そしてラケルとヨセフを最後というふうにです。

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3 そして自分は、いちばん先頭に立ちました。距離はどんどん縮まります。ヤコブは、立ち止まっては深々と頭を下げ、またちょっと行ってはおじぎをするというぐあいに、七度もくり返しました。

4 それを見たエサウは走り寄って出迎え、弟をぎゅっと抱きしめると、愛情を込めてキスをしました。感激のあまり、二人は涙にくれるばかりです。

5 エサウは女と子供たちを見て尋ねました。「あの連れの者たちは?」「私の子供です。」

6 まず二人のそばめが子供たちといっしょに進み出て、ていねいにおじぎをしました。

7 次にレアと子供たち、最後にラケルとヨセフが、あいさつしました。

8 「ここへ来る途中、たくさんの家畜の群れを見たが、あれは何だ。」「私からの贈り物です。ほんの心ばかりのものですが、ごあいさつ代わりに......。」

9 「わっはっは、ヤコブ、おれは家畜なら十分持ってるよ。わざわざ贈り物をくれなくったってな。」

10 「そんなことを言わず、受け取ってください。兄さんのにこやかな笑顔を見てほっとしましたよ。ほんとうを言うと、兄さんに会うのがこわかったんです。神様の前に出る時のようにね。

11 遠慮するなんて水くさいですよ。気持ちよく納めてください。神様のおかげで、私もちょっとは財産を持てる身になったのですから。」ヤコブが言いはるので、とうとうエサウは贈り物を受け取りました。

12 「さあ、そろそろ出かけよう。道案内はおれたちが引き受けるぞ。」

13 「ありがとう、兄さん。でもせっかくですが、ご覧のとおり、小さな子供や生まれたばかりの家畜もいることですからね......、あまり急がせたら、群れは死んでしまうでしょう。

14 そんなわけですから、兄さんは先に行ってくださいよ。私たちはあとからゆっくり行きます。セイルでまたお目にかかりましょう。」

15 「ま、いいだろう。それじゃあ、手伝いに何人か残していくから、道案内にでも使ってくれ。」「それには及びませんよ。私たちだけでもなんとかなります。ここはひとつ、私の言うとおりにしてください。」

16 エサウはその日、セイルに向けて出発しました。

17 一方ヤコブの一家はスコテまで行くとテントを張り、家畜の群れには囲いを作りました。そこがスコテ〔「小屋」の意〕と呼ばれるのはそのためです。

18 それから、無事カナンのシェケムに到着し、町の外にテントを張りました。

19 その土地を、ヤコブはシェケムの父ハモルの家から銀貨百枚で買い取り、

20 そこに祭壇を築いて、エル・エロヘ・イスラエル〔「イスラエルの神様のための祭壇」の意〕と名づけました。

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1 ある日、レアの娘ディナは、近所の娘たちのところへ遊びに出かけました。

2 ところが、ヒビ人の部族長ハモルの息子シェケムは、ひと目見て彼女が好きになり、むりやり自分のものにしてしまいました。

3 恋心は募る一方です。なんとか彼女の愛を得ようと、手を尽くすのでした。

4 まず父親に頼みました。「あの娘といっしょになりたいんだ。結婚できるように話をまとめてください。」

5 事のいきさつはヤコブの耳にも入りましたが、その時、息子たちはみな群れの番をしに出かけていました。ヤコブは、彼らが戻るまで、そのままにしておくことにしました。

6 ところが、シェケムの父ハモルのほうから、わざわざ出向いて来たのです。ちょうどそこへ、ヤコブの息子たちも戻って来ました。彼らは話を聞いて、びっくりするやら、腹が立つやらで、どうにも気持ちがおさまりません。もちろん黙って見のがすわけにはいきません。こうなったら、妹ひとりの問題ではなく、家族全体に対する辱しめだといきり立ちました。

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8 ハモルの申し出はこうです。「今度のことは、いいかげんな気持ちからじゃありません。息子はほんとうにお宅の娘さんが好きなのですよ。妻にいただきたいと心から願っております。いかがなものでしょう。二人の結婚をお許し願えないでしょうか。

9 皆さんが私どもの土地に住み、お近づきになってくださったら幸いです。娘さんを嫁にいただければ、私どもの娘もお宅の若い人たちに差し上げましょう。どこでもお好きな所に住んでください。商売をなさってもけっこうです。きっともうかりますよ。」

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11 シェケムも、愛するディナの父親と兄弟たちに頼みました。「お願いです。どうぞディナさんをぼくに下さい。お望みのものは何でも差し上げます。贈り物でもお金でも。ですから、どうぞ結婚させてください。」

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13 兄たちは、シェケムとハモルをだます計画を考えました。シェケムが妹にひどい仕打ちをした仕返しをしようというのです。

14 「ちょっと待ってくださいよ。それはできない相談だな。あなたたちは割礼(男子が生まれて八日目にその生殖器の包皮を切り取る儀式)を受けていないからね、そういう人と妹を結婚させるのは一家の恥ですよ。

15 もっとも、あなたたちが一人残らず割礼を受けるというなら、話は別ですがね。

16 そうすれば、われわれもあなたたちの部族から嫁をもらうし、お互い親戚同士になれるというわけです。

17 いやなら、しかたありません。妹を連れてここから出て行きましょう。」

18 ハモルとシェケムは喜んで提案を受け入れ、すぐさま言われたとおりにすることにしました。シェケムはディナを深く愛していたので、この計画を町のほかの男たちに勧めるのは、少しも苦ではありませんでした。それに、彼は人気があり、町の人たちから尊敬されていたのです。

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20 ハモルとシェケムは町の議会で提案しました。

21 「あの人たちは味方だ。ここに住んでもらって、自由に商売してもらおうじゃないか。土地は十分あるから心配ない。彼らと親戚になったら、大いに有利だと思う。

22 ただ、そのためには一つだけ条件がある。男はみな、彼らと同じように割礼を受けなければならないというんだ。

23 簡単なことじゃないか。ただそれだけで彼らのものは全部われわれのものになり、この土地も豊かになる。どうだみんな、あの人たちがここに住めるように、この提案に賛成してくれないか。」

24 全員が賛成し、割礼を受けました。

25 ところが、それから三日後、傷がまだ治りきらず、少しでも動けば痛くてたまらないころ、ディナの兄シメオンとレビが、剣を振りかざして町に攻め込んで来たのです。何の反撃もできません。一人残らず殺されてしまいました。

26 ハモルもシェケムも殺されました。二人はディナをシェケムの家から取り返し、テントに連れ帰りました。

27 そのあと、ヤコブの息子が全員で町を略奪しました。妹がそこで辱しめられたからです。

28 町の中にある物も外にある物も、羊と言わず、牛と言わず、ろばと言わず何もかも奪い、

29 女子供は捕虜にし、全財産を取り上げてしまいました。

30 そのやり方のひどさにヤコブはあきれ、レビとシメオンを責めました。「おまえたちのおかげで、わしはすっかり憎まれ者になってしまった。付近に住むカナン人やペリジ人は、わしのことを、さぞかし血も涙もないやつだと噂するだろう。こんな小人数じゃ、連中に攻められたらひとたまりもない。」

31 「じゃあお父さんは、妹が売春婦のように扱われてもかまわないんですか?」二人も負けずにやり返します。

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1 さて、神様がヤコブに命じました。「ベテルへ行って、そこに住みなさい。祭壇を築くのも忘れないように。兄エサウのもとを逃げ出した時、あそこで会った神を礼拝するのだ。」

2 ヤコブは一族の者みんなに、手もとにある偶像を捨て、身を洗いきよめて新しい服を着るよう命じました。

3 そして、一同に言い渡しました。「これからベテルへ行く。これまで、どんなに苦しかった時も祈りに答えてくださった神様、旅の間、いつも共にいて守ってくださった神様のために、そこで祭壇を築くことにしたのだ。」

4 一同は、持っていた偶像とかイヤリングなどをヤコブに渡したので、彼は全部ひとまとめにして、シェケムのそばの樫の木の下に埋めました。

5 さあ、出発です。神様が行く先々の町の住民を恐れさせたので、旅の間だれからも攻撃されずにすみました。

6 ついにカナンのルズ〔別名ベテル〕に着きました。

7 ヤコブはそこに祭壇を築き、「ベテルでお会いした神様の祭壇」と名づけました。エサウのもとから逃げるとき神様と会ったのが、このベテルだったからです。

8 まもなく、リベカの年老いた乳母デボラが死に、ベテルのふもとの谷にあった樫の木の下に葬られました。その木はのちに、「嘆きの樫の木」と呼ばれるようになりました。

9 こうして、はるばるパダン・アラムからベテルまで戻ったヤコブに、神様は再び現われ、祝福なさいました。

10 「おまえの名はこれからヤコブ〔「つかむ者」の意〕ではなく、イスラエル〔「神に勝つ者」の意〕とするがいい。

11 わたしは全能の神だ。」また、こうも約束なさいました。「おまえに子供をたくさん与え、子孫をふやそう。彼らは大きな国となり、たくさんの国が分かれ出る。おまえの子孫から何人もの王が出る。

12 わたしがアブラハムとイサクに与えた土地はみな、おまえとおまえの子孫のものだ。」

13 そのあとヤコブは、神様が現われた場所に石の柱を立て、神様へのささげ物として柱にぶどう酒を注ぎ、オリーブ油を塗りました。

14 -

15 このことがあってから、ヤコブはそこをベテル〔「神様の家」の意〕と呼ぶようになりました。

16 やがてベテルを出発したヤコブの一族は、エフラテ〔ベツレヘム〕へと旅を続けました。ところが、目的地まではまだかなりあるというのに、ラケルが産気づいたのです。

17 たいへんな難産でした。気をもみながら待つうち、ようやく助産婦の叫び声が聞こえました。

18 「よかったわね。また男のお子さんですよ。」難産で息も絶え絶えのラケルは、最後の息の下から、その子を「ベン・オニ」〔「私の悲しみの子」の意〕と呼びました。しかし父親は、「ベニヤミン」〔「私の右手の子」の意〕と名づけました。

19 ラケルは死に、エフラテへ向かう道のそばに葬られました。

20 その墓石は、今でも残っています。

21 イスラエルは旅を続け、エデルの塔を越えた所にテントを張りました。

22 そこにいた時、ルベンが父親のそばめビルハと寝たのです。そのことはイスラエルの耳にも入りました。ところで、ヤコブの十二人の息子は次のとおりです。

23 レアの子は長男ルベン、シメオン、レビ、ユダ、イッサカル、ゼブルン。

24 ラケルの子はヨセフ、ベニヤミン。

25 ラケルの召使ビルハの子はダン、ナフタリ。

26 レアの召使ジルパの子はガド、アシェル。みなパダン・アラムで生まれた息子です。

27 こうして、ヤコブはようやく、今はヘブロンと呼ばれるキルヤテ・アルバのマムレにいた、父親イサクのところへ帰りました。昔アブラハムも住んだことのある所です。

28 その後まもなく、イサクは天寿を全うして百八十歳で死にました。エサウとヤコブは二人で父親を葬りました。

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1 エサウ、別名エドムの子孫は次のとおりです。

2 エサウには妻が三人いました。三人ともカナン人です。アダ〔ヘテ人エロンの娘〕、オホリバマ〔アナの娘、ヒビ人ツィブオンの孫娘〕、バセマテ〔イシュマエルの娘でネバヨテの妹、エサウにはいとこにあたる〕

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4 アダとの間にはエリファズという息子がいました。バセマテにはレウエルという息子が生まれました。

5 オホリバマにはエウシュ、ヤラム、コラという三人の息子が生まれました。以上はみな、カナンの地でエサウに生まれた息子です。

6 それからエサウは、妻子、召使、家畜の群れなど、カナンの地で手に入れた全財産を携え、セイルの山地に移りました。ヤコブといっしょでは、家畜の数に比べ土地が狭すぎたからです。

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9 セイルの山地へ移ってからは、エドム人として次の人々が生まれました。

10 アダの息子エリファズの子はテマン、オマル、ツェフォ、ガタム、ケナズ、そして、エリファズのそばめティムナが産んだアマレクです。

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13 もう一人の妻バセマテにも孫ができました。息子レウエルの子で、ナハテ、ゼラフ、シャマ、ミザです。オホリバマには孫はありません。

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15 エサウの孫はそれぞれの部族の長となりました。次のとおりです。テマン部族、オマル部族、ツェフォ部族、ケナズ部族、コラ部族、ガタム部族、アマレク部族、以上は、エサウの長男エリファズの子孫です。

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17 エサウとバセマテがカナンに住んでいたとき生まれたレウエルからは、次の部族が出ました。ナハテ部族、ゼラフ部族、シャマ部族、ミザ部族

18 アナの娘オホリバマにできた息子たちからは、次の部族が出ました。エウシュ部族、ヤラム部族、コラ部族

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20 もともとセイルの山地に住んでいたホリ人セイルから出た部族は、次のとおりです。ロタン部族、ショバル部族、ツィブオン部族、アナ部族、ディション部族、エツェル部族、ディシャン部族

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22 セイルの息子ロタンの子はホリとヘマムです。ロタンにはティムナという妹がいました。

23 ショバルの子アルワン、マナハテ、エバル、シェフォ、オナム

24 ツィブオンの子アヤ、アナ〔父親のろばに草を食べさせていた時、荒れ地で温泉を発見した少年〕

25 アナの子ディション、オホリバマ

26 ディションの子ヘムダン、エシュバン、イテラン、ケラン

27 エツェルの子ビルハン、ザアワン、アカン

28 ディシャンの子ウツ、アラン

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31 エドムの歴代の王は次のとおりです。当時イスラエルには、まだ王がいませんでした。エドムのディヌハバ出身のベラ王〔ベオルの息子〕、続いてボツラ出身のヨバブ王〔ゼラフの息子〕、続いてテマン人の出のフシャム王、続いてハダデ王〔ベダデの息子。ミデヤン人がモアブを侵略した際、これを撃退した指導者。出身地はアビテ〕、続いてマスレカ出身のサムラ王、続いて川のそばのレホボテ出身のサウル王、続いてバアル・ハナン王〔アクボルの息子〕、続いてパウ出身のハダル王、ハダル王の妻はマテレデの娘でメヘタブエルと言い、メ・ザハブの孫娘にあたります。

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40 エサウの氏族は次のとおりです。ティムナ氏族、アルワ氏族、エテテ氏族、オホリバマ氏族、エラ氏族、ピノン氏族、ケナズ氏族、テマン氏族、ミブツァル氏族、マグディエル氏族、イラム氏族、これらの氏族の名はまた、それぞれが住んでいた土地の名ともなりました。以上がエサウの子孫エドム人です。

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1 ヤコブはまた、カナンの地に住むことになりました。かつて父イサクが住んでいた所です。

2 この時、息子のヨセフは十七歳になっていました。腹違いの兄である、ビルハやジルパの息子たちといっしょに、父親の羊の群れの番をするのが、ヨセフの仕事でした。そんな時、兄たちが何か悪いことをすると、ヨセフはいちいち父親に知らせるのでした。

3 イスラエルはヨセフを、どの息子よりもかわいがっていました。年をとってからの子だからです。それで、飾りつきの特別製の服を作ってやりました。

4 こう、あからさまにえこひいきされては、兄たちもおもしろくありません。ヨセフが憎らしくて、やさしいことばなどかけられないのです。

5 そんなある晩、ヨセフは夢を見ました。その話をさっそく事細かに話したものですからたまりません。ますます兄たちにきらわれてしまいました。

6 「あのね、ぼく、こんな夢を見たんだ。」得意げに、ヨセフは言いました。

7 「みんなが畑で束をたばねていたんだ。そしたらぼくの束が、いきなりすっくと立ち上がった。それからどうなったと思う?兄さんたちの束が回りに集まって来て、ぼくの束におじぎをするんだ。」

8 「じゃあ何かい、おまえがおれたちの主人になるとでもいうのかい?」兄たちはせせら笑いました。「いつものことだが、なんて生意気なやつだ。だいいち、あの夢が気にくわない。」そう思うと、ますます憎らしくなるばかりです。

9 ヨセフはまた夢を見て、兄たちに話しました。「この前また夢を見たんだけどさ、太陽と月と十一の星が、ぼくにおじぎしたんだぜ。」

10 今度は父親にも話をしました。父親はさすがに彼をしかりとばしました。「いったいどういうことかね。母さんと兄さんたちだけでなく、わしまでが、おまえにおじぎをするのかね?」

11 兄たちはくやしくてたまりません。しかし、父親はいったいどういう意味なのかと、あれこれ考えあぐねるのでした。

12 ある日のこと、兄たちはシェケムへ出かけました。羊の群れに草を食べさせるのです。

13 数日後、イスラエルはヨセフを呼び寄せて言いました。「兄さんたちはシェケムで羊に草を食べさせている。ちょっと行って、ちゃんと仕事をしているかどうか、家畜の状態はどうか調べてくれないか。わかったら、戻って報告してくれ。」「わかりました、お父さん。」ヨセフはさっそくヘブロン谷の家を出て、シェケムへ向かいました。

14 -

15 ところが、なかなか兄たちが見つかりません。野原のあたりをうろうろしていると、一人の人に呼び止められました。「おまえさん、だれを捜してるのかね。」

16 「兄と羊の群れです。見かけませんでしたか?」

17 「ああ、あの人たちか。だったら、ここにはもういないよ。確かドタンに行くとか言ってたな。」ヨセフはドタンまであとを追って行き、ようやく彼らを見つけました。

18 兄たちも、まだ遠くにいるうちから、いち早く彼の姿を認めました。ヨセフが一人でやって来る。またとないチャンスです。そこで、大へんな相談を始めました。殺してしまおうというのです。

19 「あの大ぼらふきが来るぞ。あんなやつ、殺して井戸に投げ込んじまおう。おやじには獣に食われたとでも言えばいい。例のすばらしい夢がどうなるか見たいもんだ。」

20 -

21 けれども、ルベンはヨセフを助けたかったので、異議を唱えました。「殺すこともないじゃないか。血を流すのはよくないぜ。生きたまま井戸に投げ込んどけば、おれたちが手を下さなくても自然に死ぬさ。」こうしておけば、あとで井戸から出し、父のもとに帰してやれます。

22 -

23 そこへヨセフが来ました。彼らは、やにわに弟の派手な飾りつきの上着をはぎ取り、

24 空っぽの井戸に投げ込みました。

25 それから、腰をおろして夕食にしたのですが、ふと気がつくと、遠くから、らくだの一隊がやって来るところです。おそらく樹脂や香料、薬草類をギルアデからエジプトに運ぶ、イシュマエル人の隊商でしょう。

26 「おい、見ろよ。」ユダが叫びました。「イシュマエル人が来るぞ。ヨセフのやつを売り飛ばすってのはどうだい。殺すのは、何てったって気持ちのいいもんじゃない。自分たちの手で殺したりすれば、あとでいやな思いをするだろうよ。虫の好かないやつだけど、やっぱり弟なんだからな。」みな賛成です。

27 -

28 そこで隊商がそばまで来ると、ヨセフを井戸から引っ張り上げ、銀貨二十枚で売り飛ばしました。かわいそうに、ヨセフはエジプトへ連れて行かれるのです。

29 〔このとき居合わせなかった〕ルベンは、こんなことになっていようとは夢にも思いません。しばらくして戻ると、ヨセフを井戸から出そうとしました。ところが、ヨセフの影も形もありません。どうしたらいいのでしょう。あまりのことに服を引き裂き、嘆くばかりです。

30 「あの子がいなくなってしまった。いったいどこへ捜しに行ったらいいのだ。」ルベンは泣いて訴えるのでした。

31 さて、兄弟たちは山羊を殺し、その血をヨセフの上着に振りかけました。

32 それを何くわぬ顔で父親のところへ持って行き、だれのものか調べてほしいと頼みました。「これを野原で見つけたんです。ヨセフの上着みたいですが、違いますか。」

33 ひと目見れば、だれのものかはわかります。父親はすすり上げながら言いました。「ああ、まちがいない。ヨセフの上着だよ。あの子は野獣に食われてしまったんだ。ずたずたにかみ裂かれてな......。」

34 イスラエルは胸もつぶれる思いで服を引き裂き、麻布を着て、何週間ものあいだ息子の死を嘆き悲しむのでした。

35 家族みんなが慰めようとしても、耳を貸そうともしません。「あの子は死んでしまった。何もかもおしまいだ。わしもこのまま死んでしまいたい。」そう言っては、泣いてばかりいるのです。

36 一方、エジプトに着いた隊商は、ヨセフをエジプト王に仕える役人ポティファルに売りました。ポティファルは親衛隊の隊長で、刑執行の責任者でした。

38

1 そのころ、ユダは家を出てアドラムに移り、ヒラという男といっしょに住むことになりました。

2 そこでカナン人シュアの娘を見そめ、結婚したのです。

3 彼らはケジブに住み、エル、オナン、シェラという三人の息子をもうけました。子供たちの名前は母親がつけたものです。ただし、エルは別で、父親がつけました。

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6 長男エルが成人すると、ユダはタマルという娘と結婚させました。

7 ところが、エルはひねくれ者で神様の怒りを買い、いのちを落としてしまったのです。

8 ユダは弟のオナンに言いました。「おまえはタマルと結婚しなければいけない。それが、兄に先立たれた弟の義務なんだ。そうして子供ができたら、兄の跡を継がせるのだ。」

9 しかしオナンは、自分の子として育てられないような子供なら、いらないと思いました。それで、結婚はしましたが、いっしょに寝る時はいつも、子供ができないようにベッドの上に射精してしまうのです。兄のものになる子供を産ませたくなかったのです。

10 神様がそんなことをお赦しになるはずはありません。結局、彼もいのちを落としてしまいました。

11 もうお手上げです。ユダは嫁のタマルに、しばらく実家へ帰ることを勧めました。末息子のシェラが結婚できる年齢になったら必ず呼び戻す、という条件で、ひとまず両親のもとへ帰したのです。しかし、それは表向きで、ほんとうはシェラと結婚させる気はありませんでした。この子まで、二人の兄と同じように、神様に殺されてはたまりません。タマルは、言われたとおり両親のもとへ帰りました。

12 何年かして、ユダの妻が死にました。喪の期間が過ぎると、ユダは友だちのアドラム人ヒラと、ティムナへ行って羊の毛を刈る仕事を監督することにしました。

13 ある人がタマルに、そのことを教えました。

14 シェラはもう大人なのに、彼と結婚させてもらえないことを、タマルはこの時すでに感づいていました。そこで、未亡人の服を脱ぎ、ベールをかぶって、エナイムの村の入口の道路ぎわに座りました。エナイムはティムナへ行く途中にあります。

15 ユダはそこを通りかかった時、彼女を売春婦だと思ってしまいました。顔をベールで隠していたので、わからなかったのです。

16 彼は足を止め、いっしょに寝ようと誘いました。もちろん、義理の娘だとは夢にも思いません。「いくらで?」

17 「子やぎ一頭ではどうだ?あとできっと送ってやるから。」「送ってくれるったって、確かな保証がなきゃだめよ。」

18 「それはもっともだ。で、何が欲しいかね。」「そうね、印章と杖がいいわ。」ユダは言われたとおりの品物を渡しました。タマルは彼を家に引き入れ、一夜を共にしました。そして子供ができましたが、

19 そのあとはまた、いつものように未亡人の服を身につけました。

20 ユダは友だちのアドラム人ヒラに子やぎを届けてもらおうとしました。そして、預けた品を取り戻すのです。ところが、いくら捜しても、それらしい女は見つかりません。

21 ヒラは町の男たちの間を尋ねて回りました。「ちょっとお尋ねしますが、村の入口の道ばたで客を取っていた女は、どこに住んでいるのでしょう。」「さあね、この辺じゃ、そんな女がいるという話は聞いたこともないね。」同じ答えが返ってくるばかりです。

22 しかたありません。ユダのところへ帰り、八方手を尽くして捜したが、女は見つからず、だれも心あたりのある者はいなかった、と伝えました。

23 「それじゃあ、しかたがないな。あの品物は女にやったと思えばいい。できるだけのことはしたんだ。またあそこへ戻ったりすれば、町中のいい笑い者になるだけだ。」ユダもあきらめるしかありません。

24 さて、それから三か月ほどしたある日、義理の娘タマルに子供ができたという報告が届きました。未亡人の身でいながら、ふしだらなことをしたに違いないというのです。「けしからん。ここへ連れて来て焼き殺してしまえ。」ユダはかんかんになって叫びました。

25 人々はタマルの家へ押しかけ、外へ引きずり出そうとしました。このままでは殺されてしまいます。彼女は急いで義父にことづけを頼みました。「この印章と杖の持ち主が、生まれて来る子供の父親です。だれのものか、おわかりですね。」

26 ユダはひと目見て驚きました。なんと自分がやった品物ではありませんか。「私が悪かった。タマルを責めるわけにはいかない。こうなったのもみな、私が息子のシェラと結婚させると約束しながら、それを守らなかったからだ。」しかしユダは、彼女と結婚しませんでした。

27 月が満ちて、タマルはふたごの男の子を産みました。

28 生まれる時、助産婦は、最初に手を出した子の腕の回りに赤い糸を結びました。

29 ところが、その子は手を引っ込めてしまい、もう一人のほうが先に生まれたのです。「おやまあ、この子ったら、先に飛び出したりして」と、思わず助産婦は叫びました。それで、その子の名はペレツ〔「飛び出して来た者」の意〕となりました。

30 そのあとすぐ、腕に赤い糸をつけた子供が生まれました。彼はゼラフと名づけられました。

39

1 さて、イシュマエル人の隊商に売り飛ばされたヨセフに、話を戻しましょう。彼はエジプトに着くと、エジプト王に仕える役人の一人、ポティファルに買い取られました。このポティファルという人は、親衛隊の隊長で、刑執行の責任者でした。

2 ヨセフは主人の家の仕事をさせられましたが、いつも神様が助けてくださるので、何をしてもうまくいくのでした。

3 ポティファルの目にも、神様がヨセフに特別よくしておられることは明らかでした。

4 おかげで、ヨセフは主人の気に入り、家の管理、財政を任されるようになりました。

5 すると、どうでしょう。神様がヨセフによくなさるので、ポティファルの家も祝福され、仕事は万事スムーズに運び、収穫も、羊の群れも増える一方でした。

6 喜んだポティファルは、全財産の管理をヨセフに任せることにしました。ヨセフさえいれば、何の心配もありません。といっても、自分が何を食べるかまで、ヨセフに決めさせたわけではありませんが......。ところで、ヨセフはたいへんハンサムな青年でした。

7 そのころ、困ったことが持ち上がりました。事もあろうに、ポティファルの妻がヨセフに目をつけたのです。いっしょに寝ようと、うるさく誘いかけます。

8 しかし、ヨセフは耳も貸しません。「だんな様は家のこといっさいを私にお任せになりました。

9 家では、私のすることに、決して口出ししたり、指図したりなさいません。何もかも私の自由にさせてくださいます。ただ奥様だけは別ですが......。これほどまでにしていただいて、どうして、そんな大それたことができましょう。だんな様ばかりか、神様にまで背くことなんかできません。」

10 ところが、彼女はあきらめません。毎日毎日しつこく言い寄り、ヨセフが相手にしないと、なんとか彼の気を引こうとやっきになるのでした。

11 そんなある日のこと、ヨセフは家で仕事をしていました。たまたま回りにはだれもいません。この時とばかり彼女がやって来て、ヨセフの袖をつかみました。

12 「ねえ、ちょっと私の部屋に来てくださらない?」とんでもないと、その手を振り払って逃げようとしたとたん、上着が脱げてしまいました。ヨセフはそのまま家の外へ逃げ出しました。そのうしろ姿を、残された上着を手にしたまま、彼女はじっと見つめていましたが、

13 -

14 とつぜん叫び声をあげました。何事が起こったのかと、男たちが駆けつけると、彼女がヒステリックに泣いています。「うちの人があんなヘブル人(イスラエル人)の奴隷なんか連れて来るからいけないのよ。おかげで危ない目に会うところだったわ。とてもひどいことをしようとするんですもの。私、大声で叫んでやったわ。そうしたら、あわてて上着を置いたまま逃げ出したのよ。」

15 -

16 彼女は上着を手もとに置き、その夜、夫が家に帰ると、

17 昼間の出来事を話しました。「うちで仕事をさせていらっしゃる、あのヘブル人の奴隷ですけどね、きょう私にひどいことをしようとしたんですのよ。

18 大声をあげたから助かったものの、でなかったら、どうなったかわかりませんわ。あの男ったら、あわてて上着を残したまま逃げ出したりして......。これがその上着よ。」

19 夫がかんかんに腹を立てたのは、言うまでもありません。

20 真相をよく調べもせず、すぐさまヨセフを捕らえ、牢に放り込んでしまいました。王の囚人が入れられる牢です。

21 しかし、神様は牢の中でさえヨセフとともにいて、何かにつけてよくなさるのでした。それで、ヨセフは看守長のお気に入りになりました。

22 この男なら大丈夫と見抜いた看守長は、やがて、牢内の管理をいっさいヨセフに任せることにしました。囚人全員のめんどうをヨセフが見るのです。

23 それからというもの、看守長は何の心配もなくなりました。万事ヨセフが取り仕切ったからです。神様がついておられるので、何もかもスムーズに事が運ぶのでした。

40

1 その後しばらくして、王宮のコック長とぶどう酒の毒味役とが、王のきげんをそこね、牢に入れられました。親衛隊の隊長で刑執行の責任者ポティファルの邸内にあった牢、ヨセフが入っている、あの牢です。

2 -

3 -

4 しばらくの間、二人はそこに閉じ込められていました。ポティファルはヨセフに、彼らの世話をするよう命じました。

5 ある夜、二人は夢を見ました。

6 翌朝ヨセフが行くと、二人とも元気がなく、うなだれています。

7 「どうなさったのです。何か心配事でも?」

8 「実はゆうべ二人とも夢を見てね、その意味がさっぱりわからず、困っていたんだ。」「夢を解釈するのは神様です。で、どんな夢です?よろしければお聞かせください。」

9 ぶどう酒の毒味役が、初めに口を切りました。「私の夢はこうなんだ。ぶどうの木があって、見ると枝が三本ある。それにつぼみができ、花が咲き、実がなった。

10 -

11 私は片手に王様のワイングラスを持っていたので、その中にぶどうの汁を絞り出し、王様にささげると、それを飲んでくださった、というんだがね。」

12 「その夢の意味はこうですよ。ぶどうの三本の枝は三日間ということです。

13 三日したら、王様はあなたを牢から出し、前と同じ、ぶどう酒の毒味役に取り立ててくださいますよ。

14 その時は、私のこともよろしくお願いします。また王様のお気に入りの地位に戻るのですから、じきじきに私のあわれな身の上を話し、ここから出られるようお口添えください。

15 私はもともとヘブル人ですが、誘拐されてここへ来たのです。そして、無実の罪で、牢に入れられてしまったのです。」

16 最初の夢の解き明かしがよかったので、コック長は、わくわくしながら自分の夢を話しだしました。「わたしの夢では、頭にパンかごを三つ載せていた。

17 いちばん上のかごは、王様の召し上がるパンやケーキ類でいっぱいだった。ところがどうだろう。鳥が来て、片っぱしから食べてしまったんだ。」

18 「三つのかごは、やはり三日間のことですよ。ただ、あとがいけません。三日後、あなたは死刑になります。枝につるされ、鳥に肉をついばまれるのです。」

19 -

20 三日後は王の誕生日でした。それで、王宮の役人や使用人たちをみな招いて、宴会が開かれました。そのとき王が使いをやって、ぶどう酒の毒味役とコック長を呼んだので、二人は牢から出され、王のところへ連れて来られました。

21 王は、毒味役を前と同じ仕事に戻したのですが、

22 コック長のほうは死刑にして柱につるせ、と命じました。ヨセフの言ったとおりです。

23 ところが、毒味役はあまりうれしくて、ヨセフのことなどすっかり忘れ、王に口添えするどころではありませんでした。

41

1 それから二年後のある夜、今度は王が夢を見ました。ナイル川のほとりに立っていると、

2 とつぜん川から丸々と太った雌牛が七頭出て来て、あたりの草を食べ始めるのです。

3 次に、また別の雌牛が七頭出て来ます。骨と皮ばかりで、あばら骨が浮いて見えるような牛ばかりです。それが、歩いて行って太った牛の隣に立ったかと思うと、

4 その太った牛を食べてしまったのです。そこで目が覚めました。

5 やがて、またうとうと寝入ると、別の夢を見ました。今度は、一本の茎に穀物の穂が七つ出て来るのです。一つ一つはみな形も良く、実がいっぱいに詰まっています。

6 ところが突然、同じ茎にまた別の穂が七つ現われました。どれもこれも熱い東風にやられてちりちりに焼け、実がはいっていません。

7 なんと、このしなびた穂が、実のたっぷりはいった形の良い七つの穂を、のみ込んでしまったのです。そこでまた目が覚めました。ぜんぶ夢だったのです。

8 夜が明けると、王はあれこれ考えましたが、考えれば考えるほど、夢のことが気になってしかたありません。国中の魔術師や学者を呼び集め、夢の意味を説明させようとしました。しかし、だれにも何のことかわかりません。

9 その時、王の毒味役が口をはさみました。「実は、うっかりしておりましたが、とうに申し上げておかなければならないことがあったのです。

10 いつでしたか、王様がお怒りになって、私とコック長とが、親衛隊長の屋敷内の牢に入れられたことがございました。

11 ある夜、私どもは夢を見たのです。

12 その夢を、隊長の奴隷だったあるヘブル人の青年に話しましたところ、夢の意味をちゃんと説明してくれました。

13 そして何もかも、そのとおりになりました。私はお赦しを得てお毒味役に復帰できましたし、コック長は死刑にされ、柱につるされてしまいました。」

14 これは耳寄りな話です。王はすぐさまヨセフを呼びにやりました。さっそく地下牢から呼び出されたヨセフは、急いでひげをそり、服を着替えて王の前に出ました。

15 「わしはゆうべ夢を見たのだが、それがどういう意味か、ここにおる連中は一人もわからん。話によると、おまえはそういう事にくわしいそうだな。わざわざ呼び寄せたのはほかでもない、その夢の意味を説明してもらいたいのだ。」

16 「私が自分の力でそうするわけではございません。神様が教えてくださるのです。」

17 そこで、王は夢の話をしました。「わしはナイル川のほとりに立っていた。

18 すると、とつぜん川から丸々と太った健康そうな雌牛が七頭出て来て、川岸のあたりの草を食べ始めた。

19 ところが、別の雌牛が七頭また川から出て来た。やせて骨が浮いて見えるようなやつばかりだ。全く、あんなやせこけた牛は、エジプト中どこを捜してもいないだろう。

20 ところが、そのやせた牛が、最初の太った牛をぺろっとたいらげてしまった。

21 それなのに、まだやせたままなのだ。そのとき目が覚めた。

22 しばらくして、もう一つ夢を見た。今度は一本の茎に七つの穂が出て来たのだ。たっぷり実のはいった穂ばかりだった。

23 そのあと同じ茎から、やせた実のない穂が七つ出て来た。

24 そしてやせた穂が、実のはいったやつをのみ込んでしまった。この話を魔術師どもにしたのだが、満足に説明できる者は一人もおらん。」

25 「夢は二つとも同じ意味でございます。神様が、これからエジプトでなさろうとしていることを、お告げになったのです。

26 七頭の太った雌牛と、実のよくはいった七つの穂はどちらも、これから七年のあいだ豊作が続くということです。

27 七頭のやせた雌牛と七つのしおれた実のない穂は、その七年間の豊作のあと、七年間ききんが続くことを表わしています。

28 神様は、今からしようとしておられることを、そのように王様に示されたのです。

29 これから七年間は、エジプトの国中が豊かな繁栄を楽しむ時となりましょう。

30 しかしそのあと、七年間のききんに見舞われます。以前の繁栄がすっかり忘れられ、あとかたもなくなるほどの大ききんです。国土はすっかり荒れ果て、

31 あまりのひどさに、豊作の年があったことなど、信じられなくなるでしょう。

32 同じ夢を二度ご覧になったのは、今お話ししたことが間違いなく起こる証拠です。神様がそうお決めになったからには、すぐ夢のとおりになります。

33 あまり猶予はありません。さっそくエジプト一の人材を捜して、国全体の農業計画を管理させたらよろしいかと存じます。

34 エジプトを五つの管轄区に分けます。七年間は各地区の役人に命じて、余った穀物を王様の倉庫へ納めさせたらいかがでしょう。

35 -

36 そうすれば、大ききんになっても困りません。でないと、国中が災害にやられて、とんでもないことになるでしょう。」

37 ヨセフの提言に、王もお付の者たちもうなずきました。

38 では、この仕事の責任者をだれにしたらよいでしょう。一同が相談を始めると、王が言いました。「ヨセフがよい。彼は神様の特別の力をいただいておる。まさにうってつけではないか。」

39 そして、ヨセフの方に向き直り、こう続けました。「夢の意味を神様がおまえにお示しになったからには、おまえがわが国でいちばんの知恵者に違いない。

40 したがってわしは今、おまえをこの仕事全体の責任者に任命する。何でもおまえの命令どおりすることにしよう。この国でおまえの上に立つ者は、わしだけだ。」

41 王は自分の印の入った指輪を、権威のしるしとしてヨセフの指にはめ、美しい服を着せて、首には王様用の金のペンダントをかけてやりました。「おまえをエジプトの総理大臣に任命する。王の私がそう宣言する。」

42 -

43 王はまた、国で第二の地位にあることを示す車を、ヨセフに与えました。ヨセフがどこかへ出かける時は、必ずだれかが、「総理大臣閣下のお通りーっ!」と叫ぶのです。

44 王はヨセフに言いました。「エジプトの王であるわしが誓う。わが国を治める全責任をおまえにゆだねる。」

45 王はまた、ヨセフにエジプト名を与えました。「生死をつかさどる神様のような権力を持つ者」という意味の名です。また、ヘリオポリスの祭司〔当時の有力な宗教的・政治的指導者〕ポティ・フェラの娘アセナテを、妻として与えました。たちまち、ヨセフの名はエジプト中に知れ渡りました。

46 この時、彼は弱冠三十歳でした。王の前から下がると、さっそく国中の巡察を始めました。

47 ヨセフの言ったとおり、初めの七年間はどこでも豊作でした。

48 その間にヨセフは、収穫の一部を国が買い上げ、近くの町々にたくわえるようにしました。

49 七年たつと、倉庫はあふれ出るほどいっぱいになり、いったいどのくらいあるか見当もつきません。

50 ヘリオポリスの太陽神レーの祭司ポティ・フェラの娘アセナテは、男の子を二人産みました。ききんが来る前のことです。

51 ヨセフは長男をマナセ〔「忘れさせてくださった」の意〕と名づけました。自分の青年時代のいろいろな苦しみや、父の家から離れた悲しみなどを忘れるほどに、神様がよくしてくださったからです。

52 次男はエフライム〔「豊かな実り」の意〕としました。「以前は奴隷だったこの国で、神様は私を豊かにしてくださった」と、彼が言ったからです。

53 こうしてついに、七年の豊作は終わりました。

54 そのあと、予告どおり、七年間のききんが始まりました。近隣の国々でもひどい不作でした。しかし心配はいりません。エジプト中の倉庫にはたっぷり穀物がたくわえてあります。

55 飢える人が出始めました。王のもとには、食物を求める人たちが、ひっきりなしにやって来ます。すると、王は決まって、「総理大臣の指示どおりにするのだ」と命じ、ヨセフのところへ行かせるのです。

56 ききんはますますひどくなり、全世界をおおい尽くす勢いです。ヨセフは倉庫を開け、穀物をエジプト人に売ることにしました。また、ほかの国々から、ぞくぞくと買い出しに来る人々にも売りました。

57 -

42

1 ところで、ヤコブの一家はそのころどうしていたでしょう。やはり食べるに事欠く毎日でした。話によると、エジプトへ行けば穀物が手に入るということです。ヤコブは息子たちに言いました。「みんな、つっ立ったまま顔を見合わせてたって、しかたがないぞ。

2 エジプトへ行けば穀物があるという噂だ。さあ、ぐずぐずしている暇はない。すぐ買い出しに行ってくれ。このままじゃみな飢え死にだ。」

3 ヨセフの十人の兄は、こうして、エジプトへ穀物を買いに行くことになりました。

4 しかしヤコブは、ヨセフの弟ベニヤミンだけは、どうしても行かせませんでした。〔ヨセフの時のように〕ベニヤミンの身にも何か悪いことが起こるといけない、と思ったのです。

5 買い出しに行ったのは、イスラエルの息子たちばかりではありません。ほかの国からも、大ぜいの人がエジプトへ行きました。カナンのききんは、どこにも劣らないくらいひどかったのです。

6 兄たちは、エジプトの総理大臣で、穀物を売る責任者のところへ出かけました。まさかその人が弟のヨセフだとは思いもよりません。顔を地につけんばかりに深々と頭を下げました。

7 ヨセフはひと目で兄たちだとわかりましたが、わざとそ知らぬふりをし、きびしく問いただしました。「おまえたちはどこから来たのか。」「カナンの国からまいりました。穀物を少し分けていただきたいと思いまして......。」

8 兄たちはまだ気づきません。ヨセフはふっと少年時代の夢を思い出し、荒々しく問い詰めました。「おまえたちはスパイに違いない。わが国がききんでどんなに苦しんでいるか、調べに来たのだろう。」

9 -

10 「とんでもございません。ほんとうに食糧を買いにまいっただけでございます。

11 私どもはみな兄弟で、まっとうな人間です。スパイだなんてめっそうもありません。」

12 「いーや、スパイだ。そうに決まっている。われわれがどのくらい弱ったか見に来たのだ。」

13 「恐れながら申し上げます。私どもは十二人兄弟で、父親はカナンの地におります。末の弟は父のところに残りました。もう一人は死んでしまいましたが......。」

14 「それがどうしたっ!何の関係もないではないか。やはりスパイに違いない。

15 もしおまえたちの言うとおりなら、その末の弟を連れて来い。それまではエジプトから一歩たりとも出ることは許さん。

16 だれか一人が出かけて、弟を連れて来い。あとの者は全員、牢の中で待つがいい。そうすれば、おまえたちの申し立てがほんとうかどうかわかる。もし弟がいなければ、おまえたちは間違いなくスパイだ。」

17 ヨセフは一同を三日のあいだ牢に入れておきました。

18 三日目にヨセフは言いました。「私は神様を恐れる人間だ。もしおまえたちが潔白なら、それを証明する機会を与えてやろう。

19 一応おまえたちの申し立てを信じる。一人だけここに残れば、あとの者は穀物を持って帰ってよい。

20 ただし、末の弟を連れて来るのだ。おまえたちが正直かどうか、確かめなければならないからな。うそでないとわかれば、いのちは助けよう。」一同は言われたとおりにすることにしました。

21 彼らは互いに言いました。「昔、ヨセフにひどいことをしたからなあ。こんなことになったのも、罰があたったんだ。あいつはこわがって必死で助けを求めたっけなあ。なのにおれたちは、まるで知らん顔をして、耳を貸そうともしなかった。」

22 ルベンが口を開きました。「だからやめろと言ったんだ。それをおまえたちときたら、てんで聞こうともしなかった。おかげで今は、自分が死ぬはめになったというわけだ。」

23 もちろん彼らは、そばに立っているエジプトの総理大臣がヨセフで、話がつつ抜けになっているとは夢にも思いません。それまで通訳つきで話をしていたからです。

24 ヨセフはとてもいたたまれません。部屋を出て一人きりになれる場所を捜し、そこで泣きました。ひとしきり泣くと、また戻り、シメオンを選んで、みんなの見ている前で縛り上げました。

25 それから召使たちに、一同の袋に穀物をいっぱい詰めさせ、支払った代金を袋の口のところにこっそり戻しておくよう指示しました。そのうえ旅行に必要な食糧までとりそろえさせたのです。

26 一同はろばに穀物を背負わせ、帰途につきました。

27 その夜、一人がろばに餌をやろうと穀物の袋を開けてびっくり。口のところに、払ったはずの代金があるではありませんか。

28 「いったいどうなってるんだ?おれの袋に金が入ってるぞ。」一同は震え上がりました。「きっと神様がこうなさったんだ。だがどういう意味なんだろう。」

29 やがて、彼らはカナンの地の父ヤコブのもとへ帰り、一部始終を報告しました。

30 「総理大臣というのがとても恐ろしい人でね、われわれがスパイだと言ってきかないのです。

31 『とんでもありません。私どもはまじめな人間で、スパイなんかじゃありません。

32 全部で十二人兄弟ですが、一人は死に、末の弟はカナンの地で父といっしょにいます。』

33 こう説明すると、その人は言うんです。『うそをついているかどうか調べなきゃならん。一人だけここに残り、あとは穀物を持って家へ帰るがよかろう。

34 ただし、末の弟を連れて来なければならんぞ。そうすれば、おまえたちがスパイかそれとも正直な人間かがわかる。おまえたちの言ったとおりなら、人質も返してやるし、何度でも穀物を買いに来てよろしい』とね。」

35 彼らが袋の中味をあけようとすると、みんなの袋の口に、代金がそっくりそのまま入っています。だれもかれも背すじがぞっとしました。父親も同じです。

36 しばらくしてヤコブが叫びました。「おまえたちのおかげで、わしは子供をなくしてしまった。ヨセフは出かけたまま戻らず、シメオンも捕らわれてしまった。今度はベニヤミンも連れて行きたいだと?わしをどれだけ苦しめれば気がすむのだ!」

37 その時ルベンが言いました。「お父さん、もしベニヤミンが戻らなかったら、私の二人の子供を殺してかまいません。責任は私が負います。必ずベニヤミンを連れて帰ります。」

38 しかし、ヤコブは聞き入れません。「あの子は絶対エジプトへはやらない。兄のヨセフはすでに死に、同じ母親の子はあれしかいない。あの子に万一のことでもあれば、わしも死ぬ。」

43

1 しかし、ききんはひどくなる一方です。国中をおおい尽くし、少しも衰えを見せません。

2 エジプトから買って来た穀物も底をつきました。「ご苦労だが、また買い出しに行ってもらわなければならないな。」父親は息子たちに言いました。

3 しかし、ユダが口をはさみました。「忘れたんですか、お父さん。『弟といっしょでなければ来てはならない』ってあの人が言ったのは、決してただの脅しじゃないですよ。ベニヤミンがいっしょでなきゃ、あそこへは行けません。」

4 -

5 -

6 「ああ、なぜおまえたちは、弟がもう一人いるなどと言ってしまったのだ。わしをこんな目に会わせおって。」

7 「あの人が家族のことを根掘り葉掘り聞くので、しかたがなかったのです。お父さんが元気かどうか知りたがっていたし、ほかに弟がいないのかって尋ねるものだから、『いる』と答えたんです。『その弟を連れて来るように』なんて言われようとは、夢にも思わなかったですからね。」みんな口々に弁解します。

8 その時ユダが言いました。「ベニヤミンを連れて行かせてください。お願いしますよ。今、すぐ出かけなきゃ、家族みんな飢え死にだ。私たちばかりか、お父さんや子供たちまで......。

9 弟の安全は私が保証します。万一の事があったら責任をとります。

10 初めから、お願いしたとおりにしてくだされば、今ごろはもう、穀物を持ってエジプトから帰っているはずですよ。」

11 とうとうイスラエルも折れました。「どうしても連れて行くのなら、せめてこうしてくれ。ろばにこの国の最良の産物を積むんだ。その総理大臣とやらへの贈り物にな。香油、はち蜜、香料、没薬、くるみ、アーモンドなどを持って行くといい。

12 金は代金の二倍を持って行けよ。このまえ袋の口にあった分も、持って行って返せ。あれはきっと、何かのまちがいだったのだろう。

13 さあ、弟を連れて行きなさい。

14 その人の前に立つ時、全能の神様が守ってくださり、シメオンが自由にされ、ベニヤミンも無事に帰れますように。もしこの二人が死ぬことにでもなったら......、ま、それもしかたあるまい。ただじっと耐えるだけだ。」

15 彼らは贈り物と二倍の代金を持って、エジプトのヨセフのもとへ出かけました。

16 今度はベニヤミンもいっしょです。ヨセフはそれを見ると、家の執事に命じました。「この人たちは昼食を私といっしょにする。家へお連れして、盛大な宴会の用意をしなさい。」

17 執事は言われたとおり、一同をヨセフの屋敷へ案内しました。

18 びっくりしたのは兄弟たちです。まさか、ヨセフの屋敷へ連れて行かれようとは思ってもみませんでしたから、どうなることかと心配でなりません。思いあたることを、お互いにひそひそ話し合うばかりです。「こりゃあきっと、袋に返してあったあの金のせいだぞ。あの金を盗んだとでも言うつもりだろう。言いがかりをつけてわれわれを捕まえ、奴隷にしようってのさ。ろばから何から、ぜんぶ取り上げる魂胆だな。」

19 そうこうするうち屋敷の入口に着きました。ぐずぐずできません。一同はすぐ執事のところへ行きました。

20 「あのー、お話があるのですが。このまえ食糧を買いにこちらへまいりまして、

21 帰る途中、ある所で夜を過ごしたのです。ところが、袋を開けると、代金としてお払いしたはずの金が入っておりました。これがその代金です。お返ししようと持ってまいりました。

22 今回の分は、別にちゃんと用意してあります。あれ以来、どうしてこれが袋の中にまぎれ込んでしまったのかと、皆で首をひねっておりました。」

23 「ご心配には及びません。代金は確かにいただきましたよ。きっと、あなたがたの神様、つまりあなたがたのご先祖の神様が、入れておかれたのでしょう。不思議なこともあるものですね。」こう言うと、執事はシメオンを釈放し、兄弟たちのところへ連れて来ました。

24 一同は屋敷に招き入れられ、足を洗う水を与えられました。ろばも餌をもらいました。

25 お昼にはヨセフが来るということです。一同はすぐ贈り物を渡せるよう、抜かりなく用意しました。なんでも、昼食をいっしょにするらしいのです。

26 ヨセフが戻りました。一同はていねいにおじぎをし、贈り物を差し出しました。

27 ヨセフは皆にその後のことを尋ねました。「で、おまえたちの父親はどうしているかね。この前もちょっと聞いたが、まだ達者かな?」

28 「はい、おかげさまで元気でおります。」そう言って、もう一度おじぎをしました。

29 ヨセフは弟ベニヤミンの顔をじっと見つめました。「これが末の弟か。そうか、この子がなあ。どうだ、疲れてはいないか?神様がおまえに目をかけてくださるように。」

30 ここまで言うのがやっとでした。あまりのなつかしさに胸がいっぱいになり、涙がこみ上げてきたのです。あわてて部屋を出て寝室に駆け込み、思いきり泣きました。

31 泣くだけ泣くと、顔を洗い、何くわぬ顔で一同のところへ戻り、感情を押し殺して、「さあ食事にしよう」と言いました。

32 ヨセフは自分のテーブルで食事をし、兄弟たちは別のテーブルです。またもう一つのテーブルには、エジプト人が座りました。エジプト人はヘブル人(イスラエル人)を見くだして、いっしょに食事をしないのです。

33 ヨセフは一人一人に、どこへ座るか指示しました。いちばん上の兄から始まって末の弟まで、きちんと年の順になっています。皆はびっくりしました。

34 料理は主人のヨセフのテーブルから給仕されました。ベニヤミンは特別たくさんもらいました。ほかの兄弟の五倍はあります。冗談を飛ばし合い、ぶどう酒をくみ交わし、とても楽しい食事でした。

44

1 いつまでもそうしてはいられません。そろそろ出発の準備にかかる時です。ヨセフは執事に、それぞれの袋に穀物を詰められるだけ詰めるよう命じました。そのうえ袋の口には、また代金を戻しておいたのです。

2 ベニヤミンの袋には、代金のほかにヨセフの銀の杯も忍ばせました。

3 兄弟たちは朝はやく起き、荷物を積んだろばを連れて出発しました。

4 一行が町を出るころを見はからって、ヨセフは執事に命じました。「あの者たちのあとを追って捕まえろ。そして、あれほど親切にもてなしたのに、なぜひどいことをするのか、と問いつめるのだ。

5 『主人の銀の杯を盗むとはいったい何事か。あれは占い用でたいせつな物だ。恩知らずもはなはだしい!』とな。」

6 執事は一行に追いつき、そのとおりなじりました。

7 彼らも黙ってはいません。「ばかばかしい!ひどいじゃありませんか。とんでもない言いがかりですよ!われわれを何と思っているのですか。

8 この前の金だって、ちゃんと返しに来たんですよ。ご主人の家から銀や金を盗むはずがないじゃありませんか。

9 もしその杯が見つかったら、遠慮はいりません。犯人はどうぞ死刑にしてください。ほかの者も、一生涯ご主人の奴隷になりましょう。」

10 「それはけっこう。だがそれまでしなくても、盗みの張本人だけ奴隷になればすむことだ。ほかの者は帰ってよい。」

11 すぐさま袋をろばの背から下ろし、一つ一つ開けさせて、

12 調べ始めました。いちばん上の兄の袋から始めて、だんだん末の弟まで調べていきます。とうとうベニヤミンの番になりました。口を開けると、どうでしょう。信じられないことですが、杯が入っているのです。

13 一瞬、目の前が真っ暗になりました。もうだめです。皆は絶望のあまり服を引き裂きました。ろばにまた荷物を載せ、とぼとぼ引き返すよりしかたありません。

14 ユダと兄弟たちが戻ると、ヨセフはまだ家にいました。一同は地面にひれ伏しました。

15 「いったいどういう了見だっ!盗みをすれば、すぐわかるのだぞ。」

16 ユダが恐る恐る答えました。「ああ、どう申し上げたらよろしいのでしょう。申し開きもできません。私どもは無実でございます。ですが、どうすれば、それをわかっていただけますでしょう。きっと神様が私どもを罰しておられるのです。いくらなんでも、弟一人をおいて行くわけにはまいりません。兄弟みんなで戻ってまいりました。どうぞ私どもを奴隷にしてください。」

17 「それは許さん。杯を盗んだ者だけが奴隷になればよい。ほかの者は国の父のもとへ帰れ。」

18 その時、ユダが一歩前に進み出ました。「恐れながら、ひと言だけ申し上げます。なにとぞごしんぼうを......。閣下は王様と同じように、今すぐにでも私を処刑することができるお方だということは、よく承知しております。

19 この前の時、父親や弟がいるかとのお尋ねでしたので、

20 私どもは正直に申し上げました。『はい、おかげさまで父は健在です。それから年寄り子の弟がいます。末の弟です。その上にもう一人、母親が同じ兄もいたのですが、ずっと前に死んで、この子だけが残りました。そんなわけで、父はもう、目に入れても痛くないほど、かわいがっておるのです。』

21 それを聞いて閣下は、『ぜひその子に会いたい。ここへ連れて来るように』とおっしゃいました。

22 私たちは困って、『あの子は父親のもとを離れることはできません。そんなことをしたら、まるで父のいのちを縮めるようなものです』と申し上げましたが、

23 お聞き入れにならず、『いや、ならん。その末の弟を連れて来なければ、二度とここへは来るな』と言われたのです。

24 私どもは戻って、そのとおり父に申しました。

25 今度、『またエジプトへ買い出しに行ってくれ』、と言われた時も、

26 『弟もいっしょにやってください。でなければ行けません』と頼みました。

27 すると、父はこう申すのです。『おまえたちも知っているとおり、ラケルの息子は二人いた。

28 だが兄のほうは、ある日でかけたっきり帰って来ない。野獣にでもかみ殺されたに違いない。あの時が最後の見収めだったのだ。

29 それなのに、今度は、たった一人残った弟まで取り上げようというのか。万が一にもあれの身に何か起こったら、わしは悲しみのあまり死んでしまう。』

30 そこへ今度の出来事です。もし弟を連れ帰らなければ、どうなるでしょう。父は決して大げさに申しておるのではありません。

31 弟が戻らないと知ったら、ほんとうに死んでしまいます。老い先みじかい父を悲しませるにはしのびません。父が死んだら、責任は私どもにあるのです。

32 私は、必ず弟を守ると父に約束しました。『万一の事があったら責任をとります』とも言いました。

33 そこでお願いがございます。弟の代わりに私が奴隷になりますから、弟はほかの者といっしょに帰してください。

34 弟を連れずに、どうしておめおめ父のもとへ帰れましょう。嘆き悲しむとわかっているのですから。」

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1 ヨセフはもうこれ以上がまんできませんでした。「みんな下がっていろ!」大声でお付の者に命じました。あとには、兄弟たちとヨセフだけが残りました。

2 そのとたん、こらえきれなくなって、あたりはばからず男泣きに泣きだしました。泣き声は屋敷中に聞こえ、その知らせがすぐ王の宮殿にまで伝えられるほどでした。

3 「兄さん、ヨセフですよ。ほら、よく見てください。お父さんは元気ですか。」びっくりしたのは兄弟たちです。あっけにとられて、口をきくこともできません。

4 「さあさあ、そんな所にいないで、ここへ来てください。」そう言われて、一同はそばへ寄りました。「お忘れですか。ヨセフですよ。あの、エジプトへ売られた弟ですよ。

5 だけど、そのことで自分を責めないでください。何もかも神様のお取りはからいだったのです。私がここへ来るようにしたのも、ほんとうは兄さんたちでなく神様なのです。こんなふうに兄さんたちを助けることができるようにしてくださった。

6 もうこれで丸二年もききんが続きましたが、まだまだ収まりませんよ。あと五年はこのままです。その間は、種まきもできないし、収穫もありません。

7 それでも私たち一族が滅びず、やがて大きな国になることができるように、神様が私をここに遣わされたのです。

8 そうです。決して兄さんたちのせいではありません。神様のお導きです。神様は私を王の顧問にし、この国の総理大臣にしてくださいました。

9 さあ、急いでお父さんのところへ帰り、伝えてください。『ヨセフは無事で、こう申しております。「神様が私をエジプトの総理大臣にしてくださいました。すぐこちらへ来てください。

10 ゴシェンの地に住んでいただきます。子供や孫を引き連れ、家畜をはじめ全財産を持って来てください。そうすれば、また近くに住むことができます。

11 いっさいの面倒は私が見ます。まだききんは五年も続くのですから、もしエジプトに来なければ、一族は飢え死にするしかありません。」』私にお任せください。約束しますよ。兄さんたちが証人です。それにベニヤミンもな。

12 -

13 とにかくお父さんに、そう話してください。私がエジプトでどんな権力を持っているか、何でも命令ひとつで思いどおりにできるのだということを、伝えてください。お願いですよ。早くお父さんの顔が見たいんです。」

14 こう言うと、ヨセフはベニヤミンを抱きしめて涙にくれるのでした。ベニヤミンも泣きました。

15 彼はほかの兄弟一人一人にも同じようにしました。その時になって、ようやくみんなは口がきけるようになりました。

16 やがて王にも、「ヨセフ様のご兄弟がエジプトに来られたそうでございます」と知らされました。王も役人たちも大喜びです。

17 王はヨセフに言いました。「兄さんたちに伝えてくれ。荷物を家畜につけて早くカナンの家へ帰り、

18 改めてお父上と家族ともどもエジプトへ来るようにとな。ぜひエジプトに住んでもらわねばならん。『王がエジプト中で最良の土地を用意いたします。その土地の豊かな収穫で生活してください』と伝えるのだ。

19 兄さんたちには、エジプトから荷馬車を持って行ってもらおう。女、子供やご老体のお父上をお連れするのに役立つだろう。

20 財産の心配はいらない。エジプトの最良の土地が手に入るのだから、置いて来ても惜しくはないだろう。」

21 ヨセフは命じられたとおり、荷馬車と旅行に必要な食糧をすべて兄たちに与えました。

22 一人一人に新しい服を渡し、ベニヤミンには特に五着も渡したうえに、銀貨三百枚を与えました。

23 父親には、エジプトの珍しい産物をろば十頭分と、穀物や旅行中の食糧を雌ろば十頭分、贈り物としました。

24 これで、すっかり準備は整ったわけです。「途中でけんかなどしないでくださいよ。」別れぎわに釘をさすのも忘れません。

25 こうして一行は出発し、カナンの、父ヤコブのもとへ帰りました。

26 「ヨセフが、ヨセフが生きてますよ、お父さん!それも驚いたじゃありませんか、エジプトの総理大臣なんですからね!」真っ先に父のところへ飛んで行き、勢い込んで知らせたのに、ヤコブはうれしそうな顔ひとつしません。今さらそんなことが、どうして信じられましょう。

27 ところが、話を聞くと、どうもほんとうらしいのです。ヨセフのことづけも聞きました。それに、エジプトへ迎えるために送ってよこした荷馬車も、ちゃんとあります。夢ではないのです。そう思うと急に元気が出ました。

28 「ほんとうだ。まちがいない。ヨセフは生きている。わしは行くぞ。死ぬ前にどうしてもひと目会いたい。」

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1 イスラエルは全財産を持って出発し、ベエル・シェバまで来ると、そこで父イサクの信じる神様に、いけにえをささげました。

2 やがて夜になりました。幻の中で神様の語りかける声が聞こえます。「ヤコブ、ヤコブ。」「はい。」

3 「わたしは神、おまえの父の神だ。エジプトへ行くのを恐れてはならない。大きな国になるよう、おまえを守ってやろう。わたしもいっしょにエジプトへ下り、時がきたら、おまえの子孫を再びここへ連れ帰る。おまえはエジプトで、ヨセフに看取られながら死ぬだろう。」

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5 いよいよベエル・シェバを発つのです。息子たちはヤコブを、エジプト王からもらった荷馬車に乗せました。女子供もいっしょです。

6 家畜と、カナンの地で手に入れた全財産も持って行きました。ヤコブをはじめ、

7 息子、娘、孫と一族こぞってエジプトへ移ったのです。

8 ヤコブといっしょにエジプトへ行った息子と孫は、次のとおりです。長男ルベンとその息子エノク、パル、ヘツロン、カルミ、シメオンとその息子エムエル、ヤミン、オハデ、ヤキン、ツォハル、それから、カナン人の母親をもつサウル、レビとその息子ゲルション、ケハテ、メラリ、ユダとその息子エル、オナン、シェラ、ペレツ、ゼラフ〔エルとオナンはエジプトへ行く前にカナンで没〕、ペレツの息子ヘツロンとハムル、イッサカルとその息子トラ、プワ、ヨブ、シムロン、ゼブルンとその息子セレデ、エロン、ヤフレエル

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15 以上は、パダン・アラムでヤコブとレアの間にできた息子とその孫で、娘ディナを除いて総勢三十三人でした。

16 このほかに、ガドとその息子ツィフヨン、ハギ、シュニ、エツボン、エリ、アロディ、アルエリ、アシェルとその息子イムナ、イシュワ、イシュビ、ベリア、妹セラフ、ベリアの息子ヘベル、マルキエル

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18 以上十六人は、父ラバンがレアに与えた奴隷ジルパとヤコブの間にできた息子と孫です。

19 一族には、ヤコブとラケルにできた息子と孫、合わせて十四名も含まれます。ヨセフとベニヤミン、エジプトで生まれたヨセフの息子はマナセとエフライム〔母親はヘリオポリスの祭司ポティ・フェラの娘アセナテ〕、ベニヤミンの息子はベラ、ベケル、アシュベル、ゲラ、ナアマン、エヒ、ロシュ、ムピム、フピム、アルデ

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23 さらに、父ラバンがラケルに与えた奴隷ビルハとヤコブの間にできた息子と孫、合わせて七人も含まれています。ダンとその息子フシム、ナフタリとその息子ヤフツェエル、グニ、エツェル、シレム

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26 エジプトへ下ったヤコブの子孫は、女を除いて総勢六十六名でした。

27 ヨセフの二人の息子を数に入れると、エジプトでのヤコブの一族は七十名になります。

28 ヤコブはユダを先にやり、まもなくゴシェンに到着すると、ヨセフに伝えました。やがて、一行はゴシェンに着きました。

29 ヨセフは馬車で駆けつけ、父親を出迎えました。二人はしっかり抱き合ってただ泣くばかりです。

30 「こうしておまえの顔を見られるとは、夢にも思わなかったよ。無事でほんとうによかった......。もう思い残すことはない。これで安心して死ねる。」イスラエルは涙ながらに言いました。

31 ヨセフも一同に言いました。「これから王のところへあがります。一族の者がカナンから到着した、と報告しなければなりませんから。

32 その時、『一族の者はみな羊飼いで、羊や牛の群れを連れ、全財産を携えてまいりました』と申し上げておきます。

33 あとで王のお召しがあり、職業は何かと聞かれたら、

34 『先祖代々の羊飼いで、私どもも若い時からずっと羊を飼っております』と答えてください。そう申し上げれば、このゴシェンの地に住まわせてもらえるでしょう。エジプト人は羊飼いを軽べつし、きらってますからね、いっしょには住まないんです。」

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1 ヨセフはさっそく、王宮へ報告に出かけました。「父が一族を連れてカナンからまいりました。羊や牛の群れ、財産もいっしょです。お許し願えれば、ゴシェンの地に住みたいと申しております。」

2 そう言うと、同行した兄弟五人を王に紹介しました。

3 「して、おまえたちの職業は?」「先祖代々、ずっと羊飼いでございます。

4 このたびは、ありがたいおことばに甘え、お国に住まわせていただこうと、失礼も顧みずやってまいりました。カナンは不作続きで、もう牧草がございません。そのひどさと言ったら大へんなもので......。どうか、ゴシェンの地に住む許可をお与えください。」

5 王はヨセフに言いました。「ご一族の皆さんには、どこでも好きな所に住んでいただこう。万事おまえに任せる。エジプトのいちばん良い土地を見つけてあげたらいい。まあ、ゴシェンの地などはうってつけかもしれんな。もし兄弟に有能な者がおれば、遠慮はいらん。わしの家畜の管理責任者に取り立てるがよいぞ。」

6 -

7 次にヨセフは、父ヤコブを王に引き合わせました。ヤコブはていねいにあいさつしました。

8 「これはこれは、ヨセフの父上、だいぶお年のようだが、幾つにおなりかな?」

9 「おかげさまで百三十になります。苦労が多く、こんなに老いぼれてしまいました。先祖には、もっともっと長生きした者も大ぜいおります。」

10 こう言って、もう一度あいさつすると、ヤコブは王の前を下がりました。

11 ヨセフは王の命令どおり、一族にエジプトでも最上のラメセスの地を割り当てました。

12 それぞれの家族数に応じて、食物も与えました。

13 そうしている間も、ききんはますますひどくなり、カナンばかりか、エジプトでも飢える人がたくさん出てきたのです。

14 ヨセフはどんどん穀物を売り、エジプトとカナンに出回っていた金を、ほとんど全部と言っていいくらい吸い上げてしまいました。王の金庫には金がうなるほどたまる一方です。

15 すっからかんになった人々は、ヨセフに泣きつくしかありません。「穀物を売っていただこうにも、財布は空っぽです。かといってこのままじゃ、飢え死にするしかありません。後生ですから、食べ物をお恵みください。」

16 「わかった。それなら家畜を差し出すがいい。引き換えに食糧をやろう。」

17 背に腹はかえられません。人々は食べ物を買うために、家畜を連れて来ました。まもなく、エジプト中の馬、羊、牛、ろばが王のものになりました。

18 翌年になると、人々はまたやって来ました。「もう金はおろか、家畜もいません。全部あなた様に差し上げました。残っているものと言えば、自分の体と土地しかありません。

19 このままじゃ、死ぬのを待つだけです。どうぞ、私どもと土地を買ってください。王様の農奴となりますから、食糧と引き換えにしてください。そうすれば、なんとか生きのびられるし、土地を耕すことだってできますから。」

20 ヨセフはエジプト中の土地を買い上げました。エジプト人がみな自分の土地を手放さなければならないほど、ききんはひどかったのです。土地はぜんぶ、王のものになり、

21 国民もみな王の農奴になりました。

22 王が買い取らなかったのは祭司の土地だけです。祭司は王から食糧をあてがわれていたので、土地を売る必要がなかったのです。

23 ヨセフは人々に言いました。「今からは、おまえたちもおまえたちの土地も王様のものだ。さあ、種を渡すから、行ってまくがいい。

24 収穫の五分の一は王様に差し出すのだぞ。おまえたちの取り分は五分の四だ。それを、翌年まく種や家族の食糧にするのだ。」

25 「おかげさまで助かります。喜んで王様の奴隷になりましょう。」

26 ヨセフは法律をつくり、国中に公布しました。祭司が所有する土地の産物以外は、全収穫の二十パーセントを王が徴収するというものです。この法律は今でも効力を持っています。

27 さてイスラエルは、エジプトのゴシェンの地に住みつきました。そこで大いに繁栄し、人口も急激に増え続ける気配です。

28 ヤコブは、エジプトに着いてから十七年目に死にました。百四十七歳でした。

29 いよいよ死期が迫った時、ヤコブは息子のヨセフを呼んで言いました。「最後の願いだ。必ず守ると堅く誓ってくれ。いいな、決してわしをエジプトに葬ってはならんぞ。

30 わしが死んだらエジプトから運び出し、ご先祖のかたわらに葬ってくれ。」ヨセフが、約束しますよと答えると、

31 重ねて言うのです。「いや、必ずそうすると誓わなければいけない。」それでヨセフは誓いました。ヤコブは横になったままおじぎしましたが、やがてそのまま病床につく身となりました。

48

1 そんなある日、父親の容態が悪化したという知らせが届いたので、ヨセフはマナセとエフライムを連れて父を見舞いました。

2 ヨセフが来たとあっては寝てもいられません。ヤコブは力をふりしぼって起き上がり、彼を迎えました。

3 「全能の神様がカナンの地ルズでわしに現われ、祝福してくださった時のことは、今でもはっきり覚えている。

4 あのとき神様は、『わたしはおまえを大きな国とし、カナンの地を永遠におまえと子孫とに与えよう』と約束なさったのじゃ。

5 それはそうと、わしがここへ来る前に生まれたおまえの息子らのことだが、エフライムとマナセ、あの二人をわしは養子にしようと思うが、どうだ?ルベンやシメオンと同じように、あの二人にもわしの遺産を相続させたくてな。

6 なにも、おまえの息子をみんなわしのものにするとは言わん。ほかの子が生まれたら、その子におまえの跡を継がせればいいだろうが。

7 おまえの母さんのラケルは、パダン・アラムから帰る途中、エフラテの近くで死んだ......二人の子供を残してな。それでわしは泣く泣く、ベツレヘムへ行く道のかたわらに葬ったのじゃ。」

8 この時イスラエルは、二人の少年に気づきました。「もしや、この二人が?」

9 「そうです。神様が、エジプトで私に恵んでくださった息子です。」「そうか、そうか。ちょうどよかった。わしのそばに連れて来い。祝福してやろう。」

10 イスラエルは年老いて目がほとんど見えません。ヨセフが少年たちをそばに連れて行くと、二人をぎゅっと抱きしめてキスしました。

11 「わしはな、おまえの顔を二度と見ることはあるまいとあきらめておったのじゃ。それがどうだ。こうして、かわいい孫の顔まで見られるとはなあ......。」イスラエルはしみじみ言いました。

12 ヨセフはもう一度、二人の手をとり、ていねいにおじぎをしてから、二人を祖父の前に進ませました。イスラエルから見て、エフライムが左側、マナセが右側です。

13 -

14 ところが頭に手を置く時、イスラエルは伸ばした手をわざと交差させました。右手を弟エフライムの頭に、左手を兄マナセの頭に置いたのです。

15 「祖父アブラハム、父イサクの神様。羊飼いのように、私を生涯守ってくださった神様。

16 どうぞこの子供たちを大いに祝福してください。神様は私をあらゆる危険から守ってくださいました。この子供たちが、私やアブラハム、イサクの名を汚すことなく、一族の名をあげてくれますように。彼らが大きな国となりますように。」こう言って、イスラエルはヨセフを祝福しました。

17 しかし、父が右手をエフライムの頭に置いたのが、ヨセフにはおもしろくありません。それで、わざわざ父の手をとり、マナセの頭にのせようとしました。

18 「違いますよ、お父さん。手の置き方が反対です。こっちが長男です。右手はこの子に置いてください。」

19 「いや、ちゃんとわかっている。マナセも大きな国になる。だが弟のほうがもっと強くなるのだ。」

20 ヤコブはその日、二人の少年に次のような祝福を与えました。「イスラエル人は互いに祝福し合う時、これからは、『神様があなたがたを、エフライムとマナセのように栄えさせてくださいますように』と言うだろう。」この時も、エフライムの名をマナセの前にしています。

21 そのあとイスラエルは、またヨセフに言いました。「わしはもう長くはない。だがおまえには神様がついておられる。きっともう一度、先祖の国カナンへ帰れるだろう。

22 その時のために、シェケムの地をおまえにやろう。あれは、わしがエモリ人から苦労して戦い取った土地だ。ほかのだれにもやらん。おまえのものだ。」

49

1 いよいよ最期の時がきたようです。ヤコブは息子たちをみな呼び寄せました。「いいか、みんな、わしの回りに集まるんだ。一人一人の将来がどうなるか教えよう。

2 おまえたちはみな、わしの息子だ。これから言うことをよーく注意して聞くのだぞ。

3 長男のルベン、おまえはわしがまだ若く、血気盛んなころ生まれた子だ。長男として、あらゆる点で兄弟の上に立ってもいいはずだった。

4 だが実際は、海の荒波のような無法者だ。長男の資格はない。義理の母と関係するとは何事だ。わしの顔に泥を塗った報いを受けるがいい。

5 シメオンとレビは似た者同士だ。乱暴で手がつけられん。

6 くれぐれもこの二人には近づくな。その悪だくみに加担するな。彼らは怒りにまかせて人を殺し、おもしろ半分に牛を傷つけた。

7 彼らの怒りにのろいあれ。激しく残虐な怒りにのろいあれ。二人の子孫は、イスラエルの各地に散らしてしまおう。

8 ユダよ。兄弟はおまえをたたえる。おまえは敵を滅ぼし、兄弟はみなおまえにひざまずく。

9 ユダは、獲物をたいらげ、丸々と太った若いライオンだ。何ものをも恐れず、ゆうゆうと寝そべっている。だれも、これを起こすことはできない。あえてそんな危険を冒す者はいない。

10 その王位はシロが来る時まで続く。人々がみなシロに従うその時まで、ユダは安泰だ。

11 彼は大いに栄え、ろばをえり抜きのぶどうの木につなぎ、服をぶどう酒で洗う。

12 その目はぶどう酒より黒く、その歯はミルクより白い。

13 ゼブルンは海のそばに住む。港は船でにぎわい、境界線はシドンにまで及ぶ。

14 イッサカルはたくましいろばだ。鞍袋の間にうずくまって休む。

15 美しい田園、住みよい土地を見た時、彼は肩に食い込む重い荷をもいとわず、人に仕えることをも辞さない。

16 ダンはほかの部族と同じように、自分の部族を治める。

17 その数は少なくても、小道をはい回る蛇のように、馬のかかとにかみつき、乗り手を落とす。

18 神様の救いは確実だ。

19 ガドは強盗の一団に襲われる。だが奪い取るのはガドのほうで、敵をさんざんに追い散らす。

20 アシェルは実り豊かな地を耕す。その産物は王の食卓にものぼる。

21 ナフタリは解き放たれた鹿で、かわいらしい子鹿を生む。

22 ヨセフは泉のそばの実り豊かな木だ。その枝は伸びて垣根をおおう。

23 一度は、迫害する者に矢を射込まれ、ひどい手傷を負った。

24 だが、力あるヤコブの神様、イスラエルを守る羊飼い、また岩である方のおかげで、みごと敵を打ち負かした。

25 先祖代々お頼りしてきた全能の神様が、天の恵みと地の恵みをもって、おまえを祝福なさるように。大ぜいの子孫に恵まれ、

26 山々には穀物と花が満ち、永遠に変わらない祝福があるように。これが、かつて兄たちから追放されたヨセフの受ける祝福だ。

27 ベニヤミンはほえたける狼だ。明け方には敵を食い荒らし、夕べには戦利品を分け合う。」

28 こうして、十二人の息子全員に祝福を与えたのです。

29 それから、こうつけ加えました。「わしはじき死ぬ。そうしたら、カナンの地に葬ってくれ。マムレに面した、マクペラの野にあるほら穴を知っているだろう。おまえたちのひいおじいさんのアブラハムが、墓地にしようと、ヘテ人エフロンから買ったあの土地だ。

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31 それ以来、代々一族の墓として使われてきた。わしもレアをそこに葬った。

32 いいな。必ずあそこへ葬ってくれよ。」

33 もう思い残すことはありません。安心して床につくと、息を引き取りました。

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1 ヨセフは父に取りすがり、泣く泣く最後の別れをしました。

2 しかし、いつまでも嘆き悲しんでばかりはいられません。遺体をミイラにするよう医者に命じました。

3 それだけで、たっぷり四十日はかかります。そのうえエジプトの国をあげて、七十日の喪に服したのです。

4 喪が明けると、ヨセフは王のお付の者を訪ねました。王に口添えしてもらおうというのです。

5 「陛下にお伝えください。亡父のたっての願いで、遺体を、どうしてもカナンの地へ葬りに行かなければなりません。どうぞ出かけるお許しをください。埋葬がすみしだい、すぐ帰ってまいります。」

6 王は同意しました。「いいだろう。お父上との約束を心おきなく果たすがよい。」

7 いよいよ出発です。王の顧問をはじめ、エジプト中の高官たちも同行しました。

8 もちろん、ヨセフの兄弟とその家族も全員いっしょです。ただ、子供たちと家畜はあとに残りました。

9 そういうわけで、一行はたいへんな行列になりました。たくさんの戦車と騎兵が護衛にあたる大部隊です。

10 やがてヨルダン川を越え、アタデ〔「木いちごの打ち場」の意〕まで来ました。ひとまずそこで、盛大な葬式を行なうことにしました。七日間、ヨセフの父の死を嘆き悲しむのです。

11 土地のカナン人は、それからその場所を、アベル・ミツライム〔「エジプト人の嘆き」の意〕と呼ぶようになりました。葬式の有様を見て、「あのエジプト人たちには、この葬式はよっぽど悲しいものなんだなあ」と言い合ったからです。

12 こうしてイスラエルの息子たちは、父親の命令どおりにしました。遺体をカナンの地へ運び、マクペラのほら穴に葬ったのです。マムレの近くで、アブラハムがヘテ人エフロンから買った畑の中のほら穴です。

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14 そのあとヨセフは、兄弟や、葬儀のために同行した人たち全員と、エジプトへ帰りました。

15 ところが兄たちは、急に心配になってきました。父親が死んでしまった今、どんな仕返しをされるかわかりません。「ヨセフにはずいぶんひどいことをしたからな。今度こそ仕返しされるかもしれないぞ。」

16 そこで、ヨセフに手紙を出しました。「実は、父さんが死ぬ前に、言い残したことがあるのです。われわれとあなたの仲を心配して、過ぎたことは水に流すよう言ってくれ、それだけが気がかりだ、ともらしていました。われわれはあなたの父の神様に仕えるしもべです。どうぞ、昔のことは赦してください。」ヨセフは手紙を読むと激しく泣きました。

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18 兄たちも気が気ではなく、わざわざ出向いて来ました。「手紙でも申し上げたとおり、われわれはあなたの奴隷です。」そろってヨセフの前にひれ伏し、恐る恐る言いました。

19 ところが、ヨセフの返事は意外でした。「そんなにこわがらないでくださいよ、兄さん。私だって神様じゃないんですから、さばくの罰するのと大それたことなんかできません。

20 そりゃあ、あの時は、ずいぶんひどいことをするもんだって思いましたよ。でも、そのおかげで、家族みんなが助かったじゃありませんか。悪意から出たことでも、神様はちゃんと良いことに役立てられるんです。私のような者が今日あるのもみな、神様の深いお考えがあってのことだったのです。たくさんの人のいのちを救うためなんです。

21 だから、心配なんかしないでください。兄弟じゃありませんか。今後のことは万事お任せください。悪いようにはしませんよ。」なんというやさしいことばでしょう。もう心配はありません。

22 こうして、ヨセフと兄弟の一族は、そのままずっとエジプトに住みつきました。ヨセフは死んだとき百十歳でした。

23 長生きしたので、エフライムの子供たちばかりか、マナセの子マキルの子供たちの顔も見ることができました。かわいい曾孫たちが、よく彼の足もとで遊んでいたものです。

24 ヨセフは兄弟たちに遺言しました。「もうじき私は死にます。けれどもイスラエル人は、このままでは終わりません。必ずカナンへ帰れます。神様が、アブラハム、イサク、ヤコブの子孫に与えると約束した土地に、連れ帰ってくださるのです。」

25 このあと兄弟たちに、カナンへ帰るあかつきには、自分の遺体を必ず運び帰るように、と誓わせました。

26 こうして、ヨセフは百十歳で死にました。人人は遺体をミイラにし、棺に納めてエジプトに安置しました。